43赤舌ストアー
あれから先の話は全て、自分の九死に一生が過ぎた所で、バタンキューになったオレが目覚めてしばらくしてから聞いた後日談である。
こなくていいと言われたが、やっぱり心配になって駆け付た黒やんがここに辿り着いた時には、既に動いている仙山生は最初の半分程の数なっていた。
何が起こったのかは、まだ辛うじて息のある体格のいい一人の仙山生の腰の上に立つ坂本の姿が全てを物語っている。
「んふふ、この後どーする?」
「クソ、ころす・・」
「ジャンプしていー?」
「・・っヤメロ!!」
「オッケー」
坂本が男の腹の上を飛び、最後に何かを言いかける声も言葉になって響かないまま、また一人の戦力が殺伐とした空間に消えていった。
【赤舌ストアー】
地面に転がる仙山生、坂本も無傷なわけではない。
額は切れて、血が流れている、それでもそんな物ないかのようにタフに動く坂本。
黒やんはその光景を見て、ため息をつき、ケータイのボタンをプッシュした。
「アジト、警察は中止。下手すりゃこっちがパクられる。」
手短な会話で通話を終了し、まだ残ってる傷だらけの仙山生と血まみれの坂本に近づく。
「黒川!」
負傷したまま壁にもたれかかり、まだ坂本に挑もうとしていた一人の仙山生が、近づいてきた黒やんに気付き声をあらげる。
黒やんは無表情で少し眉をしかめながら、声の方を向いた。
「テメエの幼なじみ、坂本、あいつどっかイカレてんじゃねえのか・・!?」
「イカレてんに決まってんだろ」
筋違いに向けられてきた怒りに、黒やんは面倒臭そうな表情で相手を横目に見ながら、正反対の淡々とした声で呟いた。
「どういう事だ、調べたんだよ、こっちは!坂本と関わった奴全員!そいつらは、みんな本当は坂本じゃなくてお前が強えんだって!坂本はお前の後ろでハシャいでるだけだって!」
「あいつ面倒になると途中で投げ出すから、最後はオレん所回ってくんだよ。迷惑だろ。誰が言ってたか知んねーけどそいつらにもプライドがあんだろ、あんな奴に馬鹿にされたくねーって」
慌ただしい空気の中、やっと事態の収集が着きそうだと感じた黒やんは、壁にもたれかかりタバコに火を点けた。
「あいつと十年以上居るけど、オレだって知らなかったわ。あいつがあんなカンフーみたいな事出来んの」
黒やんが来た事に気付いてる様子も無く、宙でまた一人の仙山生の頭を蹴る坂本。
その顔は、邪悪ながらもやっぱりうっすらと笑みを浮かべていて、イカレてると呟く言葉は、誰が見ても納得出来る。
黒やんの言葉を聞いた、壁にもたれていた仙山生は、そんな坂本を睨みながらズルズルと地面に体を落としていった。
「あいつから1メートル以上離れた坂本の話なんて、どんな話だろうがあてになんねーよ。オレが言ったとしても、あいつが言ったとしても同じだ。」
黒やんが仙山生と少しの会話をしてる間に、残っていたのは、もう片手では余ってしまう程の人数だけであった。
オレに釘を向けていた男は、まだ全滅ではないにしろ、事態の異常な変化に胸くそ悪いながらも潮時を感じていた。
残っているのは、自分と、まだ血の気の多さと意地で立っている二人だけ
ここで坂本を負かしたとしても、こんなズタボロの団体を引き連れて帰れば、自分の仙山での地位に傷が付く。
仙山は力関係のローテーションが激しい。
この後坂本をどれだけ血まみれにしても一緒だと悟った。
「てめえ!まだ終わってねえんだよ!!」
「もういい!終わりだ!頭使え!」
まだ坂本に食ってかかろうとした奴に怒鳴り、男は坂本に近づいた。
坂本もその男を眺めながら、動きを持て余してるかのように片足で地面を蹴る
「お前、本当にノータリンか?」
「あ?」
男は、負傷しながらも今だに表情だけは変える事の無い坂本に、苛立ちを含んだ静かな声で問いかけた。
「こんだけ殺せといて、何でバカ赤に居んだよ。テメエなら仙山居りゃあ、今と比べもんにならねえくらいの王様生活出来るって、分かってんのか?」
騙されたような屈辱と、稀に味わない敗北感に苛つきつつも、男の頭の中はその疑問に支配されていた
急に真剣になった男の問い掛けに、坂本はトントンと地面を蹴る事をやめずに、興味の無さそうな目を向ける。
「だってダセーじゃん、たかが王様になる為に体力と時間フル活用してる仙山の王様坂本くんなんて、オレ恥ずかしくて表歩けねーよ」
少し吹き出しながら、そう吐き捨てる坂本は、地面を蹴る足を止め、無言で睨む男の顔をニヤリと笑って覗きこむ
「オレは別に何もしなくても最初っからオーサマなんだよ」
坂本明男は、坂本明男だ。
この派手な騒動は、言葉で表すにはそれが限界の、そんな陳腐な答えしか生み出せないまま静かに幕を閉じた。
途中棄権したオレが再び目覚めた時には、辺りはもうすっかり暗くなっていて、記憶の飛んだ頭は、今自分がどこに居るのか把握出来ずにいる
背中に当たる冷たく固い感触。
熱で鈍った手足の感覚、意識の感覚。
でも今はとても静かだ。落ち着いた空気に自分は助かったのだと心の奥で認識した。
仙山は、坂本は、どうなったのか気になって仕方無かったはずなのに、頭が急いでその思考に追い付けないのは
視界の端にうっすらと広がる真っ赤な色に困惑しているから。
真っ赤、赤、鮮やか、毒々しいけど、心臓が跳ねる程キレイなこの赤は一体何なんだろう
「あか・・・」
無意識に出た言葉が静かな空間に響いたと同時、その赤は引き絵のように正体を表していった。
ドアップの赤は徐々に形をつくり、全体を確認すれば、暗がりに少しだけ月明かりを浴びて光る、よく知るあの男の姿
「坂本・・」
いつもと変わらない坂本の目は、月明かりに反射してキラキラ光る。
オレは呆然としながら、それを見つめていたが、何も言わない坂本に心臓がどんどん速くなっていくのを感じ、無理矢理に口を開いた。
「坂本、ここどこ・・?」
「アカベストアー」
おかしい程普通な坂本の声。
オレはやっとの思いで首を回すと、坂本の言葉通り、そこは目に馴染んだいつもの赤部ストアーの景色があった。
多分オレが寝ているのは、赤部ストアーのテーブルの上、ローラ付きの椅子が目と同じ高さに見える。
だいぶ遅い時刻なようで、人気は一切無く、売り場のシャターも当然閉められ、営業を終了していた。
安全だと一息ついていたオレに、オレの腰に跨がって座っていた坂本は、少し顔を近づけ、呟く。
「お前目の下にスッゲーちっちゃい黒子がある」
ニヤつき気味に唐突な事を言う坂本。
そんな事を言われたせいで、少し落ち着きを取り戻し始めていた心は、また早くなり、何か答えなきゃという衝動に駆られた。
「そ、うだけど。てゆーか、さっきなんかスゲー赤いもんが見えた。なんだろ。」
坂本の目をまともに見る事が出来ず、しどろもどろに口から出る言葉。
今ここに赤いもんなんて見当たらない。
訳がわからずにいると、突然坂本は何か企むような顔になって、笑みを一層深めた後、尖った歯を覗かせながらベロを出し、人差し指をそれに向かわせた
「え・・?」
再び視界に広がる赤、唯一無二の鮮やかさは、さっきの赤色と疑う気も起きずに一致する。
パニックになったオレは、目だけを泳がせ固まった。
なぜか目のやり場に困る、心臓がバクバクする。
苦しくて仕方ない。
混乱が最高潮になった瞬間、坂本は机から下りて手の平をオレの両目に被せた。
同時に、感じる、その感触に、心臓はぶち破られるかのように強く跳ねる
自分の舌に、絡み付く、同質のものの感触。
頭が真っ白で首筋は釣ったようにびりびりと疼く。
息なんて、出来ないで当たり前のような感触。
その感触と坂本の手の平がすっと離れていけば、次に視界に映った物は、白だった。
鼻先に付けられたそれを、狂いそうな頭を必死に宥め直視すれば、それは、いつかの。
「ほら、やる」
坂本に手渡されたそれは、いつか言っていた、冗談のようだが、柔らかい図体と生々しい温度はマジだとオレに教える。
坂本と代わって、オレの腹の上に乗るのは、おそらくワンコインの小さなウサギ。
「帰り道で捨てんなよ」
満面の笑みを浮かべ、最後の言葉を呟いた坂本は、固まったままのオレを残しその場を去っていった。
オレは今オレの世界に何が起こっているのか、考えをまとめられないまま、自分の唇をなぞる。
オレが坂本の事を好きだと認めたのはずっと前で、今更どうやっても時間切れで
けど、曖昧にしてたのも事実で、ようやくオレは腹をくくらなくてはいけないのかもしれない。
心臓はバクバクで、体全体が死ぬ程熱くて、もうそれ以外何も考えられなくて
高柳健、この感覚は、恋愛スイッチ入ってしまったのかも知れないです。
嘘だろ
「あったかい・・」
何故今オレの胸の中にいるのか謎なウサギを抱えながら、オレはしばらくその場から動く事が出来なかった。
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