42ケンの絶対
赤高のグラウンドの横には木が数本茂っていて、その後ろにはボロボロのタイヤがいくつか積んであり、更にその後ろには野球部の補欠がたまに壁当てで使う高いコンクリートの壁があった。
地面にちらつく程度の日光しか当たらないこの場所は、天気関係無くいつでも空気が冷たく、人気もほとんど無い
赤高に入って二年経ったが、オレもこの場所には初めてやってきた。
コンクリートの壁の裏には砂を被った木材、壊れたグラウンド整備具、網で囲まれた立入禁止の倉、こんなもんがあったなんて今初めて知る。
頭上で鮮やかに広がる青空だけしか色がねえな
挨拶がわりに落ちていた木材で頭を殴られ、ふらつく頭が体を支えきれずズルズルと壁を伝いながら地面に崩れ落ちていってるというのに
なぜかオレの頭は、そんなどうでもいい事を浮かべていた。
【ケンの絶対】
ピンチだ、どうしてこんなに悪い事が続く。
何か神様の気に障る事をしたのかな、オレ。
風邪が確実に悪化していってるのが体にも出て、肺はヒューヒューと息をするたび、音を鳴らす。
節々の痛みもレベルを越え、特に背骨がジンジンして痛い。
ずらりとオレを囲む仙山は、片手でも倒せそうな獲物を目の前に微塵の警戒もせず、余裕の表情で、既にズタボロなオレを見下ろしている。
「お前が通ってくれて、本当ラッキーだったわ、昨日の奴はチョロ負けするまでやたら反抗してくるから、すげえムカついたんよ」
「殴っちゃってごめんねーもうオレら坂本とは別に赤高自体にキレてんの、その制服見たら手が勝手に動くんだわ」
「大丈夫大丈夫、それでも一番殺してーのは坂本だからーあんたはただ電話貸してくれりゃーまだこの馬鹿校通えるだけの元気は残しといてやるって、坂本くんはもう居ないかもだけど」
目が霞んで、視界がぼやける。
耳鳴りも酷いが、コイツらの言葉はハッキリと届いた。
ああ、そうか、コイツらオレのケータイ使って坂本呼び出す気か。
オレの事もご存知だなんて、まあ本当凄い熱意ですな。
そんなに、坂本明男を拝みたいわけだ。
一人の仙山生が、ひったくったオレの鞄からがさがさケータイを探す、他の奴らもニヤつきながらその様子を眺めていた。
瞼の落ちかかっているオレは、あと数秒で、こいつらがどんな反応をするかハッキリ予測はついていたけど
白けた心で、何も言わず、ただポケットの中にある物を握りしめる事だけに、今持っている全ての力を注ぐ。
「てめえ、ナメてるね」
鞄を探っていた奴は、中身を散らしながら、地面に放り投げ、もう一人が更にそれを遠くに蹴る
さっきのオレを見下したオーラが充満していた空気は、この場所に合わせるようキンと凍りついた。
ここに連れてこられるまでの間、握りしめていたケータイは鞄と一緒に向こうに奪われていたのだが、集団に揉みくちゃにされながら移動している間、オレは咳込む振りをして姿勢を落とし、隙をついてケータイだけ抜きとったのよ
男がこちらを向いて話し掛けても何も言わない様子のオレに、近くにいた数人の奴らが怒鳴りながら膝を蹴ったり、髪を掴んで壁に打ち当てたり迫ってくる
なるほどあいつがこん中じゃ一番上か。
分かった所で、オレじゃこの中のナンバー10にも勝てねーけど。
壁に打ち当てられた頭は、膝の痛みも打ち消す程強く、意識がまた少し遠いてるような気がする。
坂本のアホ、こんなにすぐにオレが言ってた事態になってんじゃねーか。
しかも、なんでボコられてんのがオレなんだよ。
ただでさえ体調不良で精神不安定なのに、追い打ちをかけるようにこれかよ
大体馬鹿なんだよ仙山も、この前赤高の奴の呼び出しで坂本にすっぽかされた癖に
なんでまた同じ手え使おうとしてんだ、バーカ、ワンパターン。
自分らで坂本の番号でも家でも調べ上げて直接行った方がどんだけ早いんだっつーの。
オレはポケットの中のケータイを握りりめながら、考える
ここで、着信履歴ボタンを押して通話ボタンを続けて押すだけで、坂本に繋がろうが繋がらまいが、こいつらに命まで奪われる事は、まあないだろう。
坂本を呼び出せなくとも、オレは前の赤高の奴みたいに、自分から坂本を連れてくると言いはってるわけではないし。
適当にボコられて、ここに置き去りにされたまま、使えない奴と切り捨てられるのが妥当。
多分、今のオレと同じ状況になった奴はみんな、その道しかないと考えるはずだ
常識でしょ、普通でしょ、頭に傷も出来た。証拠も十分。いざとなったらお巡りさんが助けてくれるでしょ
オレはおもむろに、ポケットからケータイを取り出す、その動きに、仙山生全員が視線を集中させた
空気は、針を刺すように痛い。
「あ、手が滑った。」
一つの、一ミリの動きが、オレの運命を左右する、言うなれば、頭にピストルをくっつけられた状態。
オレはその空気の中で、全員の目にハッキリ見えるように自分のケータイを真っ二つに折った。
「手が勝手に動いたんだよ」
怖くない?んなわけない、怖いに決まってる、今だって現に頭ん中真っ白だ
手もめちゃめちゃに震えている、もう、この後自分がどうなるのか想像する勇気もねー
本当はどんな行動に出るのが一番正しかったのか、最後まで思い付く事が出来きなかった。
でも、オレは考えて、一つだけハッキリ分かった事がある。
オレがボロボロになるのと、坂本がボロボロになるの、見たくないのはどっちだ。
簡単過ぎて、泣けてくる
せめてこういう所では役に立ちたいとか、迷惑掛けたくないとか
そんなカッコイイもんとはちょっと違う。
オレの中で、坂本が笑ってんのは絶対、態度でけえのも絶対、自尊心強過ぎんのも絶対、オレはその絶対が確立されている限りは
何が起こっても、別に不幸ではない
最悪についてないかもしれねえけど、他の日常が坂本だったら、別に不幸ではないのだ。
なんだか言葉に出来たような気がした、坂本に対する、好き。
これはオレの絶対だ。
なー、仕方ないだろ。
「てめえ、あんまふざけてんじゃねえぞ!!てめえをこの辺歩けなくするくらい、わけねーんだよ仙山は!!」
オレの態度に怒りが頂点に達した仙山は、オレの首をギリギリと締めるように掴む。
全員でオレを一斉に囲み、壁とオレと仙山の隙間はほとんど無くなる。
首が締まった事によって更に肺は苦しくなりオレは思わず大きく咳込んだ
お構い無しの仙山は、下半身をガンガンと蹴りまくり、足腰は完全に機能を失う。
「・・うぁ!!」
止まらない咳をするオレに、一人の仙山の奴の手が、顔に近き、開きっぱなしの口に固い拳が問答無用で突っ込まれた
「おい、知ってっか?こないだの赤高の奴、わざわざオレらんとこにお前の写真持ってきてくれたんだわ、気持ち悪りいけど助かったよ」
オレの口をギリギリと開けたまま固定して、冷えた口調でオレに呟く
「そいつは、これから一生仙山って言葉に脅えながら暮らすんだよ、雑魚が刃向かったら誰でもそうなる、なあ?」
口の中は渇き、吐き気を催すような胸やけがどんどん広がる
目の前の相手は、拳の力を弱める事の無いまま、ポケットを探って何かを取り出すような仕草
かろうじて開いていた目が、捕らえたのは、先の尖る金属、血の気がさっと引いていくのは嫌でも感じた。
「今どき、ベロに穴開いてる奴ぐれー珍しくねえだろ、オシャレだろオシャレ」
目の前で、不気味に揺れる、太めの釘。
拳を突っ込まれたまま、中指の第二関節で舌をなぜられた
マジかよ、さすがにこれはヤバイ。
「でもオレプロじゃねーから、喋んのに障害とか残るかもなー」
注射機のような持ち方で男が持っていた釘は、凍るような冷たさでオレの唇につけられた。
もう、ダメだ、入る
「逃げてーケーサツよんだわよー」
オレの舌に釘の先が押し付けられて、あと数ミリで肉に到着するその時
背中にある壁の上の上の上の方で、充満しきった灰色の空気を割るような、声。
オレを含む全員の動きが一斉に止まった
暗い部屋に、パッと電気を付けたような明かり。
「救急車も呼んだしー消防車も呼んだしーバイク便も呼んだしーモノレールも呼んだしー、ま、嘘だけど、みんなチョー警察って言葉に弱いじゃーん。うけるー」
「坂本!!!」
3メートル以上の壁のてっぺんで輝く眩しいブロンド
なんで、電話は無くなった、通話ボタンを押す前に、
なんで、いつも、どうやって
どうして、お前はオレの前に現れる事が出来るの?
坂本。
「テメエ!!降りてこいや!ぶっ殺す!」
「オラ来いや!!」
坂本の登場により、事態は急変し、オレに迫っていた鉄の塊もアッサリ地面に落とされた。
オレは心臓を騒がせながら、ふらつく頭で上を見上げる
青空をバックに光る金色の髪と薄茶色の目、額縁に入れて飾って置けば調度いい、鮮やかな色彩。
カラフルな世界。
釘付けになりながら、ひたすらその姿を目に映していたら、坂本と目があった。
笑っているような、気がした。
ハッキリと言い切れないのは、この瞬間ようやくオレは今までよく持っていたというほどの意識を手放したからである。
「てめえ、坂本、お前は明日から透明人間だ、お前の歴史は今日で終わる、お前の名前も今日で消えんだよ」
「へー」
「知ってんぞ、今まで誰もお前潰しにいかなかったのは、黒川が居るからだろ、お前の揉め事片付けてたのは、全部お前じゃなくて黒川らしーじゃん、皮が禿げたお前に赤高の馬鹿共もきっと殺しにかかんだろな」
「へー」
二回目の返事と同時に、坂本は、両手で勢いを付け、高いコンクリートから体を放ち、まるで飛ぶように地面に着地
次の瞬間、ほんの一秒にもみたない瞬間に、素早い動きで一番近くに居た仙山生に回し蹴りをし、その場にいた全員が怯むような早さで、まず一人目の意識を失わせた
「やっぱやってる事古いとブームにも乗れてねーな。」
仙山の生徒達は、突然縮まった距離で、実感し、数人の張り詰めていた気迫が少しだけ濁る。
実感したのだ、真実はどうであれ、坂本明男が目の前に居るということに
「ああ?」
「その言い訳、ちょっと前にオレが遊んでやった奴の間で流行ってたって知ってっか?」
集団の中、坂本は他には目もくれず、オレに拳と釘を向けていた男にだけ近づいていったらしい
「でも、今時そんなん流行んねーから」
前髪からギラついた目を除かせながら、坂本はまだポケットに手を突っ込んだままだった。
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