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37ですよね
校長室に呼び出され、長い時間説教を食らったらんは、停学処分をお土産に持たされ、死んだ魚のような目でオレの元に戻ってきた。

ふらふらと歩くのはいつもの事だが、今は更に力無く、言い表すならよろよろ。
風が吹いたら飛ばされるかのような


「あ〜あ、もうこうなったら飲んだくれるしかないね、ね、ケンケン。」


「何がこうなったらだよ」


ね、じゃねーよと思ったのもつかの間、なぜからんには流されやすいオレはそのまま小松家に連行された





【ですよね】





らんの家は16階建てのえらく綺麗なマンションである。

その最上階のワンフロアー全てがらんの家。

他の階は四部屋区切りになっているわけで、その面積を全て使用している小松宅は、そりゃあもうどえらいブルジョアジーで



「らんの父ちゃんって何してる人なの?」


「貸しビル屋かな〜」



という事は、ひょっとして


「このマンションも」



「そ、うちが貸してるのの一つ」



家に着いたとたん、何人座れるのか検討も着かないようなどでかいソファーに寝転び、家ん中の酒という酒をテーブルに集めてオリジナルカクテルを作るらんは、当たり前のように言ってのけた。


うわー筋金入りのボンボンだ、こいつは。



「ケンケン〜ちょっと冷蔵庫から水取ってプリーズ」


投げやり気味に新種カクテルの開発に没頭しているらんは、オレの後ろを指差し冷蔵庫の場所を示す。


オレの後ろには業務用のようにデカイ、ウッド製の冷蔵庫が壁一面に埋め込まれていた。


三人家族で何でこんな馬鹿デカイ冷蔵庫が必要なのだ。
やっぱ金持ちの求めるもんは何でもアメリカンレベルなんだな


そんな事を思いながら若干重めの扉を開くと、そこには、らんに頼まれた水の姿は全く見当たらなかった。
見当たるのはただ一つ



「らん、冷蔵庫ん中コーラしかないんだけど」



冷蔵庫の中は、一面にずらっと敷き詰められたコーラのペットボトルだけがふざけているかのように並んでいる。

コーラのCMでも撮るのかよ



「あ、そこはコーラ専用のスペースだ。水とかは四番目〜」



コーラ専用のスペースってアホか!確かにお前がコーラ大好きなのは知ってるけど、好きなら金持ちって奴はこんな事やっちゃうんだな〜

ケン超カルチャーショックですよ

オレは初めて見た一面コーラの冷蔵庫に驚きつつ、その場所から二つ同じ冷蔵庫を挟んだ四つ目の扉を開けてようやく水を探し出す事が出来た



水を持ってらんの所まで戻ると、さっきまで開発されていたらんのカクテルは既に変な色になって放置されており、オーソドックスに氷だけが入れてあるグラスがメインホジションに準備されてある



「もうやっぱ焼酎が一番楽だよね、酔っ払えればなんでもいいんだし」



ああ、妥協したのか。確かに、いきなり水って変だと思ってたよ。


つーか、真昼間からこんなブルジョア空間で酒盛りなんて、なにやってんだオレら


スゲー頭アホになりそう


でもまあ、最近のオレはグダグタで空回ったり、絡まったりで疲れてたから、本当はちょっとアホになりたいと思ってたかもな

(※これ以上なってどうすると思わないでやって下さい)



らんも、ここん所ナーバスだし、たまには一緒に道踏み外してやってもいいか




「らん、オレすげー弱いけど付き合ってくれる?」


「まかせて、オレはど〜せ一週間休日の身だし」



嬉しそうに笑いながら、危なっかしい手つきでオレのグラスにドバドバ注ぐらんを皮切りに


オレらの一時の投げやりな休息は始まったのだった。






「オレは小学生の頃〜、マタニティブルーって、ターコイズブルーとかコバルトブルーとかそういう種類の青色だと思ってて、画材屋に買いに行きましたよ、マタニティブルーを」



「うはははは!!で!ケンケン売って貰えた!?マタニティブル〜!?」



「いや、なんか冷やかし小学生だと思われて、画材屋に超怒られた、オレも訳わかんなくて恐くてよー、子供は買っちゃいけない大人の色だと思った」



「アハハハー!!何だよ大人の色って!」




最初っからアホモード挑んでいたオレ達だったから、いつの間にか小学生時代まで遡り、あの頃オレは馬鹿でしたエピソードを掘り起こしていた。


懐かしいなー、憧れたわ、マタニティブルー。


男二人なのに、全然しっとり飲めないオレ達二人は、さっきから無茶苦茶どうでもいい話でひたすら笑っている。



「オイ、じゃ〜次らんの小学生エピソード言ってよ!お前もあんだろ〜お宝エピソードがザックザクさー」


自分の小学生の頃の恥を暴露仕切ったオレは仕返しに、らんにも振る。


らんはオレと自分のグラスに氷を足しながら、懐かしむように笑い、うーんと自分の記憶を思い返しながら少しづつ語った。



「そ〜な〜、オレ小学生の頃は、すげえ幸せだったわ」


「え?」



プラスチックのマドラーで、カラカラと氷を回しながらそう呟くらんの顔は、とても穏やかだったが、ふざけてるような表情ではない

オレは少し変わった空気のらんを思わずじっと見つめた。


「そんなに?」



「うん、絶対的な自信があった訳よ、横須賀が居ようが誰がいようが、根拠はないけどさ〜、オレが一番だって、絶対そこはブレないって自信がね」



らんはゆっくりとしたマドラーの動きをひたすら続け、何の事を指しているのか、固有名詞を言わずに話す。



「でも、オレの背が伸び始めた頃にはさーそんなもんは全部タエが掻っ攫っていっちゃったわけよ」


「タエ?」



「黒やんの元カノ」



初めて、知った話。らんの笑っているのか、苦しい気に絞り出してるのか、どちらにも取れる声にオレは思わずグラスを滑らせそうになる。



「黒やんのサーファー仲間で、二個上なのに全然大人っぽくなくて、裏表無くって、黒やんの好きなもん全部浴びて生きてるみたいな女で、勝ち目なさすぎて、スゲー嫌いだったなあ」




今度はまるで笑いながら泣いてるみたいに、吐き出すようならんの声。

下を向いている顔は、口の端は釣り上がっていても、うずくまっているような、そんな顔。


そんならんの姿に、オレの心臓は緊張してるみたいにドクドクと小刻みな並を打つ。


それでも、どうしてか、確信めいた奥の方の粒は、じわじわと温かい空気を放ちながら、違和感も無くオレに染み渡っていった




「らんも、好きなんだ、横須賀くんみたいに。黒やんが」



「うん、目茶苦茶。アハ・・見る目変わった?」



いや、なんだろう、驚くは驚くけど



「なんかそれ言われた方が、スゲーしっくりくるんだけど」


「アハハ・・それもど〜なんだろ〜ね」



思わず真顔で答えてしまったオレに、らんはいつものフニャフニャした顔で困ったように笑い返した。




「ケンケン、オレスゲー悔しいんだ」



「悔しい?」



「オレ、黒やんがタエと別れた時点でこの話はハッピーエンドで終わったと思ってた。」




そう呟いたと同時、らんの顔から笑顔は全て消え去り、床に投げ出していた足を腹にくっつけて膝を抱えた。


オレは初めて知る。らんの中にもこっちにまで響くような苦しくて悲しい表情があったのだと




「思ってたのに、あんなにハッキリ黒やんの事好きだって言う横須賀見て、気付かされたわけよ。いくら自分で思ってたって、オレも好きだって口に出さない限りこの話は終わるどころか始まりもしねーんだって」


らんの声は少し震えて、今にも崩れていきそうな脆い音だった。


多分らんは、今日、生まれて始めて、この感情を口に出したんだと思う。


言い慣れずに、きっとつっかえてる



「ケンケン、オレ黒やんが好き」


「うん」


「凄い好きなんだよね」



らんが、生まれた子供の泣き声みたいに、言葉を呟くたび、オレは驚きも動揺もよそに、自分の中の何かが揺さぶられるみたいで

何だか苦しくて、短い返事しか返す事が出来なかった。



「言っちゃうだけなら、言うチャンスはいくらでもあったと思うんだ、そりゃー横須賀よりも全然沢山」


小中高とらんと黒やんはずっと一緒。

知らない事のほうが少ないくらいの、近くて近くて、逆光になってしまうくらいの近さ。




「でも、言えるわけねえんだよなあ〜」



頭を抱えて俯きくらんの姿に、オレはここに来て酔いが回ったのか、なんなのかよく分からないけど


パズルがバラバラ崩れていくみたいに押さえようが出来なくなって



「ですよね・・・」


なぜか、極限に泣きそうな状態なのに泣いてないらんの横で、無茶苦茶に号泣してるオレ



「ケンケン!?」


自分でも何が起こったのか、よく分からない状態だったのだが、なんとなくオレはこのまましばらく泣かせて欲しい気持ちだった。

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あきゅろす。
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