19あいつは可愛い年下の男V
どうしてしまったんだろう、オレ。
さっきまでは楽しくて、ちっとも気にならなかった周りの音が今はザワザワこめかみに響いて、頭が痛い。
「ケン、大丈夫か?なんか顔真っ青だぞ。」
「あー、ちょっと人酔いしたかも、ちょっと休んで来る。すぐ戻るから、あ、なんなら今日は先帰ってていーや。」
無理すんなよ、と心配してくれた黒やんにちゃんとした笑顔で返事を返せたか、オレは分からなかった。
【あいつは可愛い年下の男V】
一人になったオレは、いつものニスつやつやのベンチで、ただぼんやりと地面を見ていた。
ハァーとさっきから自分の意志とは無関係に出て来るため息。
これのせいで余計に気分が沈む。
気を切り替えようとブレザーの内ポケットからタバコを取り出し、一本口にくわえたら、今朝使ったはずのライターが無い事に気付く。
「あ。」
今朝の記憶を巡って思い出す。今日は、坂本がライター持ってなかったから、オレのを二人で回し使いしてて、今は
「坂本が持ってる・・」
ハアーと、再び勝手に零れるため息。
なんなんだ今日は、何をしようとしても全部悪い方向に向かってるじゃない。
オレは口にくわえていたタバコを元にしまった。
この一年、常に近くにいた坂本をずっと見てて、自分は坂本の事を何でも知っているような気になった事もあった。
当たり前な事だけど、本当はオレの知らない事の方が多いんだ。
たかが一年そこらの付き合いで、何を知ったような気になっていたんだオレは。それでこんなふうに一人で落ちて、本当馬鹿かオレは。
(ケン、もう赤高はオレら二人のもんだな)
カッパ派が増えるたびに坂本がオレによく言ってくる言葉。
まるでオレが坂本の特別みたいな言い方にオレは心地よくて、調子に乗ってたんだろか。
なんかオレ、嫌な奴だ。
他人に自分の想像を勝手に乗っけるなんて、相手にしんどい思いをさせる事だと身に染みて分かってたはずなのに。
「オレは馬鹿ちんだ・・。」
今度はわざと自分に聞かせるように、思いっきり俯いて盛大なため息をはいた。
地面に映る自分の影をぐるぐると嫌悪感の渦巻く頭で眺めていた。
ああ、影って黒いなあーオレの心も本当はこんな黒かったのか、ヒコボーはいい奴だって一目でわかるのに。
みんな久々の再会で和やかムードのあの場面で一人作り笑いとかして・・ああ、なんだか影もどんどん大きくなってるし。
やっぱオレは腹黒い人間だったんだなあ、影で分かるぜ。
いや、待て。この影、明らかにおかしい。化学的に。
オレの影は人間性がどうとかじゃ説明出来ない、いびつな形になっていた。
それにやっと気が付いたと同時、背後に誰かが居る、という事にもようやく気付いたのだった。
「うわっ!」
オレが心臓バクバクで振り返れば、そこには全く知らない赤高の制服を着た、一人の男がベンチに手をかけオレをモロに見ていた。
「な、なんだ!てめー!」
音も無く背後に立っていた人物にオレは精一杯の強気で叫んだ
しかし、オレとは真逆に当の相手は淡々とした気の抜ける声でこう言ってきたのだった。
「ライターないの?」
「はいー?!」
男の言った言葉があまりにも意外でオレは少し声が裏返ってしまった。
「だってタバコ吸おうとして戻してたから、ライター貸してあげる」
そう、また淡々と言いながら呆然とするオレのブレザーの内ポケットからチャッチャとタバコを取り出しオレの口にくわえさせ、手際良く持っていたライターでそれに火を付けた。
一通りの流れに困惑したオレが彼を見上げたら、ニーッと笑ってきたので、引き攣りつつもオレも彼に笑い返した。
「よかったねー」
よかった、そう言われたので、軽く頷いてみた。
確かにタバコを吸えたのはよかった。小さな幸せ。
でもそれとは比べものにならないくらいの動揺が残ったぜコノヤロー!
と、怖くて言えなかったが心の中で強く強く思った。
オレの頷きに満足した彼がこの後に言った言葉に、オレは今更だけど今のライターレンタルやっぱりキャンセルにして欲しい
と思うのであった。
「よかったよかった、じゃあタバコ吸い終わってからでいいから、後でオレの事思いっきりぶん殴ってくんない?」
この人は多分別の星の人。
固まって冷や汗にまみれたオレはそのとき静かにそう思ったのだった。
これが、後に知る坂本の後輩、赤高のミスタークルクルパー、那賀川亜治斗との出会いであった。
天使みたいな顔して、この男は本当にもう。
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