12そんなことより
悪夢の赤高パーティーから数日、オレは、腰にサポーターベルトを巻いて久々に登校してきた手島を罵った
「久しぶりい、ってゆか、テメーこの前はよくも騙したなコノヤロー!」
「ゴメン〜本気でオレも知らなかったんだって!その証拠に知ってたらオレはタンカに乗って来てでも参加したぜ!!!」
オレが怒ってたはずなのに、なぜか謝った手島の方が凄い気迫で、多少悔しい。
「ま、まあ、明日から夏休みだから水に流してやるよ」
そう、いつの間にか一学期は終わり、気が付けば明日から夏休みという日になっていたのだ。
【そんなことより】
夏休み前日。もう授業は無く、校長先生から夏休みの過ごし方のお話を聞いて終わりという今日、楽勝に聞こえるスケジュールかも知れないが、オレには大問題だ。
「黒やーん、オレやっぱ終了式行きたくない。」
もうクラスのみんなは体育館に移動してる中、いつもに無くオレは黒やんに駄々をこねていた。
「終了式くらいちょっとだろ、我慢しろよ。そんなわがまま言ってると坂本になるぞ。」
オレを待ってて先に行かないでいてくれる黒やんには悪いが、オレはそれでも終了式に行きたくなかった。
なぜならオレは赤高の埃っぽい体育館が大嫌いだからだ。
「黒やん、さっきから言ってるけど、どんなにキレイな場所でも空中には目に見えない埃が舞ってるんだよ。オレは堪えられない。あんな所に一時間も居たら体内の水分は鼠色になる。」
その日のオレはあまりにも頑固で、黒やんも手に負えないと思ったらしく、そーかそーか分かったと言ってついに先に行ってしまった。
ちょっぴり寂しかったけど、オレは母親に歯医者に連れて行くのを諦められた子供のように、ふーっと息を吐いてニヤリとほくそ笑んだ。
このまま帰ってもいいけど、暇だし。
そうだ、オレはひらめいた。
いつもは混雑してる赤部ストアー、今ならみんな終了式に行ってるから一人で寛げるはず!
赤部ストアーのおばちゃんは職員じゃないから基本的、授業中に立ち寄っても激しくお説教を食らったりはしない。
まあ、赤高だし。
多分、赤部ストアーなら終了式に強制連行される事はないだろうと思い、暇暇なオレはなんとな〜く、赤部ストアーに足を運んでみたのだった。
思った通り赤部ストアーはガランガランで、置いてある水槽のモーターの音だけが響く、しずか〜な空間、と思ったのもつかの間、オレはとても記憶に新しいあの声を聞く事になったのだった。
「おばちゃーん、カッパコーヒー二本」
そう、それはつい先日の話。あまりにも強烈なあの人物をオレは忘れたりしない。
彼は、ローラーの付いた椅子にまたがり、まるで自分の家かのようにだらけた姿勢で、おばちゃんにコーヒーをねだっていた。
「あきおちゃ〜ん。普通のでいいだろーおばちゃんもうカッパ書くの面倒くさいよ」
「分かってねーな、おばちゃんはよォ、オレは普通のコーヒーなんて飲みたくないんだよ。おばちゃんが書いてくれないなら今度からよそでカッパコーヒー買うよ。」
相変わらずとんでもない事言ってるな〜。
たまたま足を運んだ、この場所。
誰も居なくてリラックス出来ると思いきや、この学校で最も刺激的な人物に出会ってしまった。
髪はキランキランで目は薄茶。
性格は過激で声は爆笑したときに少しだけ掠れる
誰も居ない赤部ストアー、夏休み前の最後の日、坂本明男にオレは出会った。
正直言うと、オレはずっと考えていた。坂本の事をとんでもない奴だと思う反面、奴には何か不思議な力があるんじゃないのかと。
それを黒やんに言ってみたら、彼は
「ケン!洗脳されるんじゃない!」
と大きな目を真剣に光らせ肩を掴んでぶんぶん揺すってきた。
でも、黒やん。オレあんなにも震えてた手が知らない間に治まっていた事なんて、あんな事今までなかったんだよ。
まるで、坂本にぐいぐい明るい所まで引っ張られていったような
そんな感じ
「さかもと」
オレはしばらく坂本を見ていた。あまりにもぼんやりと
気が付いた時には無意識に名前を呟いてしまった後、まずい。
静かな赤部ストアーにはっきりと響いたオレの声は、当たり前に坂本に届き、そのブロンド頭は、ぴくと小さく反応した後、ぐるりとローラー付きの椅子を回して振り返った。
オレを見つけた、その目はいつぞやと同じ、野性動物みたいに透き通った感情の読めないガラス玉。
しばし、無言で見つめられる。
どうしよう、言いたい事はあったはず。でもいきなりには微妙な事ばかりだ。
とりあえず、なんでここに居るの?
いや、オレもだし、機嫌を損ねるかもしれない。
タイミングをしくじったオレは、次の言葉が見つからなくて焦っていた。
何も言わないオレにどう思ってるのか、椅子をキコキコ鳴らしながら目を反らさない坂本。
意を決したオレが、声を掛けようとした瞬間、遮るように突然坂本が口を開いた。
「誰だおまえ。」
オレは頭が宇宙になった。
掛けようとした声も思い出せない、確かに会ったのはあの日だけたった一日。
あれからの数日、学校で会う事もなかった。
だけど、このパターンは考えてなかった。
そう言われちゃ、どうすればいいんだ。気まずい。
あーどうしよ。どうしよ。ど〜しよーか。
無言で固まってしまったオレ。わかりずらいかもしれないが頭ん中はかなりパニックで、どーする!という言葉が回りまくってうるさかった。
出来るなら逃げ去りたい、しかし足が動かない。
そのときだった、坂本がいきなり、椅子から立ち上がりすたすたこっちに歩いてきた。
ヤバイ!忘れられた上、機嫌を損ねたのか!最悪のパターンじゃないかよ、オレはそう思いながら近付いてくる坂本を直視も出来ず反らすことも出来ず若干斜め下を向いた
マジで、どーしよ。
「ケンケン、冗談だよ、泣くなよ」
近くに来た坂本の顔は、ちょっとびっくりしていて、こんな顔は初めて見た。
ってゆうか、ジョークだったのか、更に恥ずかしいじゃないかとオレは思ったが、そんな事より坂本にぽんと肩を叩かれた瞬間ぼろっと涙が一粒だけ零れ落ちてしまった事の方が断然恥ずかしいかもしれない。
この時、本当にびっくりしていたのは、オレに泣かれて意味が分からない坂本より、坂本に誰といわれただけで自分は涙目になってしまうという事を知ったオレ自身だった。
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