[携帯モード] [URL送信]
114お先に失礼
頬杖をついたまま、店内のガラス窓に映った自分のシルエットを眺めていたのは、ほんの5分前。

そんな行動のキッカケは、注目したコーヒーフロートの存在を忘れて、手を付けないでいたら早30分。

当初いい具合に冷えたグラスはあっという間水滴になり、限界を越え流れ出し、沿えてあったストローの紙袋に浸透する程にまでになっていた。

中身は言わずもがな、原形も無く上部に白濁が溜まる不気味な液体。
もう飲む気はしない。

つーかストローすら開けていなかった。
らんはそこでようやく気にし始めた。

文化祭に対し極めて非協力的にも関わらず、他に居場所が無くて、準備中で乱雑とした教室内に何もせずとも居座っていたら、物理的にも精神的にも邪魔だったようで、買い出しという名目で追い出された自分。


真面目に買い出しに行くわけもなく、立ち寄った喫茶店で放心状態だった己の姿が世間的にどう見えるかが、ふと気になった。


店内はまばらだか客はほどほどに居て、おそらく、そんなはずは無いのだろうけど、チラチラおかしな自分を見られているように錯覚する。


不安になる。


思わずガラスの反射で確認したのがキッカケだった。

始めは自分の姿を見るつもりだった。


けれど、そんな意識を反らさせたのは、ちょうど、鏡に利用していた窓横に座る一人の男性客の違和感ある様子。



無造作で重い黒髪。前髪の長い部分は鼻の頭まで伸びていて、更に眼鏡で余計に顔の雰囲気を暗くしている。
そして手にはゲーム機。見えない瞳がそれ一心に集中している事は、少し距離のあるらんのテーブルからも明らかだった。




雰囲気重視の老舗感漂うこの空間に、不釣り合いなその人物に、何故か目が離せなくなったらんは自身を確認するためにガラス窓を見ていた事も忘れ考える。

テーブルから身を乗り出して食いいるように彼を観察している自分の姿が当初以上におかしいとも気付かないままに。





【お先に失礼】




観察を始めて数分。
らんは自身の中でいくつかの答えを導き出していた。
喫茶店でゲームをする謎の男、彼のテーブルには空っぽの皿が一枚と、空っぽのお冷やグラスが一つ。

皿にはうっすら渇いた油の後が残っており、中身を片付けたのは結構前だという事が伺える。
そして、お冷やグラス。
店内には数人のウェイターが居るにも関わらず、彼の空っぽのグラスには誰も水を注ぎに来ない。
店員に、無視されている、彼のグラス。
いや、店員に無視されている彼自身。
普通ならば、店側のサービスが十分でないように見えるような状況だが


らんには、なんとなく解る。


あの職務質問を受けそうな身なりと、店の静かなジャズミュージックに茶々を入れているような、ゲームの機械音。

おそらく、彼は、店員に疎まれている。


普段ならば結構どこにいってもやりたい放題のらんだったが、幼い頃、まだ生きていた祖父母に稀にこういう店に連れてこられた経験があった為に知っていた。

こういう店は、お客様が神様である、とは限らない事。


こういう店の雰囲気にこだわった場所で本来ならゲームなどもっての他だし、最悪入店を拒否される事もある。
あらかじめ、騒ぐと予測される子供は始めから断られる場合もあるので、祖父母と行く時はいつもこどもなりにちびっこ漫才師みたいな蝶ネクタイ付きの服を着せられていた事をらんは思いだす。


あの人、そろそろ連れていかれそうな。


己の経験を元に、正直どうでもいいのだが、観察していた手前らんはとりあえず心配してみた。


ゲームの音消した方がいいぞ、せめて。

テレパシーで念を送ってみるが、勿論男に届くはずもなくゲームに夢中でらんの方など見向きもしない。


そうしてもう一つ、まだ他にも導き出した答えがあった。


異様な姿で思わず観察してはいたが、なんとなく引っ掛かったような気がしていたが、勘違い。


やっぱり、あんな人物に会った事はない、確信。


別に考え無くても、今までの人生で関わった事の無いタイプである。
子供大人というか、大人子供というか。
まあ人の事は言えないけれど、やっぱり知り合いではないと思う。
らんはそう結論を出した。

しかし、結論が出ても尚、なんとなく時折目線を向けてしまう自分の心に引っ掛かる何かの存在。
一体何なのか、どうでもいいのに、何か、これを逃したら一生思い出す事のないような、そんな気持ちが思考から消えない。

相変わらず男はピコピコゲームに夢中で、店員もいよいよピリピリしてきたのが伝わってくる。

いやいや、店員はまだ寛大な方だ。器が広いよ。うるせーよオレから見てもあれ。

コーヒーはもう、何これドブだ。もうこれからどうしよう、つーかオレ買い出し係だったっけ。
何買えばいいんだっけ。ていうかこれからどこに行こう。どこにも行きたくねえなあ。帰ろうかなあ。でも帰りたくないなあ。家に一人はやだなあ。
ああもう誰だっけ何だっけあの人。

思考がぐるぐるぐるぐる脱線しながら負の循環を繰り返していたもう終盤。

ついに、予測通りの声がゲーム音に割入り、らんも今一度掻き回していた頭を上げた。






「お客様、申し訳ございませんが、先にお会計させて頂いてもよろしいでしょうか」




らんが、しばらくの目を離していた間の事だった。
ウェイターの一人が男のテーブルに静かに伝票を置く。
その音にゲームをしていた男が一瞬反応し顔を上げたと同時、ズキューンと今までよりより大きな機械音が店内に響いた



「あ、しんだ」


ようやく顔を上げた男の予想外の言葉に、いざ、と会計をしに来たはずだったウェイターは面食らって絶句する


「は?」

「おい話しかけられたからしんじまったよー、ここに来るまで何時間掛かったと思う」


「お客様…」


「地道に地道にやってきて何これまたもう一回最初っから?ふざけないでもう無理ーってねえ。さすがに無理ーってみたい、」


「お客様、6時間です」


「え」


「お客様は、当店オープンしてから6時間そのゲームをされてました。申し訳ございませんがお会計をお願い致します」



店員の6時間の言葉で、思わずらんは吹き出した。
俯いて笑いを噛み殺しているものの、一部始終覗いていたらんは冷静にヤバい、と気付く。


ヤバい、多分あの男、あのゲームの男、きっと、絶対お金持ってない。


店員から詰められ、ごまかすようにもう一度ゲームの電源を入れようとしている男の様子にらんは確信する。

せめてお金持ってないって白状すればいいだろうに。友達でも親でもゲームなんてしてる暇があれば助けを求めろ。
しかしあの人に喫茶店でご飯食べたけどお金持ってないから助けてって電話掛かってきたら友達は戸惑うだろなー親は泣くわなー、情けなくて泣くわ。
泣く。なんとなく心の中で呟いた言葉の中にデジャヴュ。

思わずの姿を改めてじっくりと眺める。

あ、分かってしまった。


今までのモヤモヤ。どうしても見た事が無いのに知っているような矛盾した気持ち。気になる割にあまり良い感じがしない部分が繋がった瞬間に、やはり当初と似たような気持ちが湧いて腹が立つような笑いが込み上げるような、変な脱力感としょうもなさ過ぎる苛立ち。


改めて、人のこたー言えないけどどこまでダメダメなのだ。
らんはもう当初の理由も忘れて、夢中に二人の会話に聞き耳を立てた。



「払うよ!」


「払って下さい!」


「払うって言ってんだろ!」

「じゃあ早く払いなさい!」

「しんだんだよ!」


「ゲームをするな!」


もう純喫茶の重厚な雰囲気はかけらも無く、店の客はらんに限らず皆ハラハラと事の行く末を見つめていた。
ウェイターもウェイターではなく一人の人間として不審な男と戦っていた。


そんな狭間の中でらんはただ一人、ばからしくも可笑しく頬杖を付きながら眺め、それでもなんとなく腹を決めて席を立った。


別に、いいんだけど、あの人が食い逃げでしょっぴかれよーがどうでも。


しかし、観察してしまったせめてものお詫びというか

こんな所を見てしまった使命というか


やっぱり今日はツイてないとおもいつつも、らんは問題のテーブルまで嫌々歩みを進めウェイターの肩を軽く二回叩いた。



「あのー、この方僕の先輩なので、お会計オレにつけといて」


「小松様!?」


「あ」



突然現れた第三者に言い合っていた二人はそれぞれにそれなりのリアクションを取る。
重い前髪と眼鏡で隠れて見えなかった顔をようやく見て、やっぱりとらんは確信すると同時
昔はこんなんじゃなくてただのヤンキーだったのに一体何でこうなったんだろうと思う。



「ラッキーって顔すんなし」

「…超ラッキー。ていうかオレの事わかる?」


「うん、久しぶりなにやってんの。笠上さん」



昔から、こんな感じだった。適当で我が儘で馴れ馴れしくてガキっぽきて女々しい割になんとなくジメジメしてて性格悪くて自己中で
でも、やる事えげつなくてどヤンキーで。

言うなれば、根暗な坂本明男。


再会するはずの無い所で再会するはずの無い人物と再会したらんは、自ら、これから次の展開に一足先にサイコロを振ったのだとは、この時点ではまだ気付いていなかった。

[前へ]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!