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112腹をくくるべし
今年から金銭のやり取りが可となった赤部の文化祭。
冷静に考えれば自分らの卑しい心を満足させる程の儲けなんて、高校文化祭のバザー程度じゃ期待出来るわけないのだけど。


それでも小銭一枚、ジュース一本に醜く争う赤部の馬鹿キッズ達は、銭儲けの為に当初とは比べものにならない程のやる気で準備に勤しみ始めた。

もう9月後半。


そんな中、人一倍、どうにか我がクラスを繁盛させようと普段カラッカラの知恵を無理矢理絞り
どこにも負けないアイディアで他を出し抜こうと模索しているオレは。
オレの目的は、彼らと違い、銭ではなく、一般客のギャルのウケでもなく。
それはある意味純粋で、けれどもある意味とても不埒な。
ただただ一つの、どうしても、という、ちっぽけで引き腰な欲望の為である事は誰も知らない。

が、しかし。誰も知らないのはいいとして、問題が一つ。



「ねえねえ、オレ考えたんだけど、普通にドーナツ売るだけじゃ普通じゃん。だからさあ、驚くなよ!ドーナツにグミでデコる!!デコドってどーよ!?」


「はあ?うるせえ聞こえねえだろ!あーもしもし?ペーパーはピーチピンクじゃなくてクリームベージュだっつっただろうがあああ!!今発注にミスがあって忙しいだよケン!どっか行ってろ」


オレのアイディアは


「ねえあのさあ、オレウサギ飼ってんだよね…客寄せにドーナツの服着せてさあ…入口に飾っとくってのは」


「ケン、看板作りは人足りてるから、どっか他のとこいけよ、うん。あー、買い出し班なんて忙しいんじゃない?うんうん。」


ことごとく


「オレの話を聞け!!!オレだってこの店をビッグにしてーんだよ!!!隣に勝ちてーんだーよー!!!!」


「じゃあ帰れ!!!!」


無視されている



「手島あ…、オレ何すればいいかなあ…何でもするよ…」


「うー…………ん、あ、鼻歌うたっとくとか?得意分野いえーい」



手島にまで。


やっぱり、話し合いの最中寝ていたのがアレだったのか。




【腹をくくるべし】




文化祭までの日数がカウントダウンするに比例して、校内のざわつきも大きくなっていく今日この頃。
クラスでは完全に村八分されたオレは、少し弱ったメンタルで校内をうろうろしていた。

当の敵坂本はというと、一体何を企んでいるのやら、準備が本格化する程に校内で姿を見せる時間が少なくなり、ここ数日は朝からも居ない時が多い。

今の時点で、周りに手の内を見せてたまるかという事なのだろうか。
坂本らしいっちゃ坂本らしいが、今回ばかりはオレもノコノコついていく訳にはいかない。
これじゃあ勝とうが負けようが拷問である。


文化祭においてリスクの方がバカでかい事をあらためて感じながら歩いていたら、無意識に赤部ストアーにオレは辿り着いていた。


他の生徒達は準備やサボりで教室グランドに引き篭っている為、常時に比べれば不自然な程そこはガランとしていた。


多分本能的にこんな場所を求めていた為、無意識に足が辿り着いたのだと、オレは一人椅子に腰掛ける。

力ない身体を預ければキャスター付きの椅子はゴロロと自然に転がった。

その動きに逆らわず自らも背を反らせ逆さ首で背後を見れば、自分の他にもう一人の姿形をただ一人見つける。



「あ」


だらし無い体勢のオレをじっと見て、オレだと気付いたら浮かなそうだった顔に少し色が宿った。

黒やんは、何故か少し後ろめたそうに触っていた携帯を素早くポケットに仕舞い、何事もないかのようにオレの横まで歩み寄る。


「つきあってらんねー、坂本とアートに」


言葉と同時に、横のもう一つのキャスター椅子に腰掛けた黒やん。
なんとなく違和感な黒やん。それでも普通な感じを押し通そうとする黒やんと


ほんの少しだが、何かを察知してしまったオレ。

察知してしまったらもうナチュラリズムに合わせるのは無理であって、どうしても含んだ表情のまま横目で見てしまうオレ。


「……おつかれっす」


そんなオレに黒やんも観念したように、段々と眉間のシワが戻っていってちょっと笑ってしまう。

オレが笑えば、完全に黒やんはよく見る疲れた顔に戻っていき、大きくため息をついた後頭をわしわし掴んで悩ましかった。



「はあ…もう嫌だ」


「ハハハー!!黒やん、もうオレらの間で何もないふりは無理だよ。何でもかんでもあり過ぎたんだから」


そう言って肩を叩けば、黒やんの肩は、床に付きそうな程がくっと下がる。
無理をやめた黒やんの手放しの苦悩ぶりは、予想はしていたが至上最強にヘビーそうだ。

人の異変に普段なら取り乱すオレだが、今回は事前の情報からなんとなく黒やんがここまでなっていそうな気がしたので、普段よりはいささか冷静でいられた。

事前にオレが見た物とは、ほんの二日目前、砂だらけ埃だらけで果てしなく汚い風貌のらんが幽霊みたいに近づいてきたかと思えば

オレの目の前に立つやいなや無言で号泣した。

そんな世にもキツイ光景であった。

その免疫と、らんから聞いた一通りの話で、オレは今案外落ち着いてドン底な黒やんを目の当たりに出来た。

オレのくせに生意気にも、今回の件はらんからの説明を聞いて割と読めた状況だったのだ。

恐らく、今回は、どちらかというとらんよりも、黒やんに何か災いの種が植え込まれているのではないかと。


「黒やん、大丈夫だよ、夏休みはもっと大変だったからさあ、こんなの全然大丈夫だろ」


「……やっぱ、知ってるか、ケンは」


「多分、そう、うん」


「はあ、だな…そう、だよなあ」


「…ごめんなあ」



うまく形容出来ないが、どこか後ろめたそうで、どこか恥じ入ってるようで、どこか悔やんでいるような懺悔してるような、そんな黒やんの姿は痛々しかった。
らんの話を初めて聞いた時、既にオレは坂本が好きだった。

だからなのか、今までなんの抵抗もなく、らんの相談も受けてきたし、むしろ自分と同種の問題を抱えてる人間が身近に居て安心感すらあった。


しかし、黒やんにとってはそうではなく、むしろこっちの方が世間的に見てリアルなリアクションである。

オレは自分が坂本が好きという事に対し、慣れきって当たり前になりすぎた故、こうある意味の現実を目の前に差し出されれば、胸が痛む。


きっと何も知らない黒やんは、何事もなくらんを受け入れてるオレに対し、何事もなく受け入れる事が出来ない自分を責めているのだ。

そう感じとってしまったオレは、無意識にごめんの言葉口からこぼれた


何に対し?
色んな事に対して、黒やんに多くの事を隠していた。黒やんがキツいプレッシャーを抱えてると知りながらも。


それ以上多くを話せず俯けば、黒やんは困ったような表情で眺めた後、小さく息をはいてオレに呟いた。




「いい、それでよかったんだわ、よかったよ。あいつの話を聞いてやる誰かが、いつか、絶対に必要だったんだよ」



驚く程に、震えている黒やんの声に思わず顔を上げる。
無表情の中に、どうしょうもないような悲しみの色が浮かんでいて、オレは目を見張った。



「オレには話せないからなあ。じゃあ誰が聞けるんだ、つーか。坂本じゃ無理だし。誰もみつからなくて、そのうちどんどん、慣れたふりでも、してたんじゃねーのかて、キツかったんだろ」



うわ、頭の中にあふれる何か。
今オレ目の前には。
オレが今目を反らせずにいるものは。




「あいつが、何だっていいんだわ、正直。例え誰を好きだろーが、例え何をしてしまっても、何とかしてやる、ならば」




こんなにも、世界を恨んでるような、悲しい声に、オレは堪えられる強い心など、本当は持っていないんだけど。




「いいんだよ、男を好きってくらい、でも、何でオレなんだよ。何でオレなんか、せめてオレじゃなければ、オレじゃ、なかったらなあ」



黒やんが泣いている。
いつかからは、信じられないような光景だった。
オレみたいな奴が見てはいいのか分からない、重い物であり、傍らにいる身として絶対に目を反らしてはいけない物。

触れているわけじゃない。そういう意味ではないけど。

今、絶対に黒やんを離してはいけないと思った。




「黒やん、それだけは、言ってくれるなよ」



オレは泣いていない。
けれど、泣いている時より、心が悲しい。




「それじゃあ、あんまりにも、らんが捨てたもんが、浮かばれないよ」




意味のない予鈴が響くが、辺りに変化のない、校内の一角、赤部ストアー。

今まで日々に隠して笑ってごまかしてきたような事も過去に見せかけて放り投げて置きっぱなししていた事も、もううやむやには出来ないんだろうなとオレは思った。


きっと黒やんも。

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