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110それぞれの急所
最近、黒やんの様子がおかしい。
瞬きもせず椅子に座りっぱなしで放心してるかと思いきや、きょろきょろ周りに警戒しながら何処かへ行ったりもする。
黒やんの明らかに何かある状態に、横須賀誠悟は当然気付いていた。

しかし二人で話していても、特に何か打ち明けられる事もなく、二週間と少しが過ぎ、誠悟は二つの不安を抱き始める。

一つは黒やんの中での自分のポジショニングについて。
そしてもう一つが、黒やんが抱えてるものの種類についてだ。

何か問題が起きた場合、黒やんは事が重大であればあるほどそれをあまり口外しないタイプだ。
その性質を誠悟が知っているのは、かつて自分は黒やんに厳選された打ち明けられる側だったからだ。

確立された信頼性、しかし今回はピラミッドの上位に居るはずの自分でさえ、線引きを食らっている状態である。

一つの可能性として、誠悟は苦い思考を導き出す。
後悔するのは夏休み、坂本が持ち込んだ対樫木の件に時間を費やして、黒やんの元カノが登場していたというのにその辺どうなったのか全く把握出来ずに終わってしまった事。
思いの外、樫木揺すりに夢中になってしまったのだ。坂本に多少の義理があるという理由で引き受けた建前はあるが、結局の所誠悟自身も偏差値が高いからといって調子に乗ってる人間が大嫌いだったので、楽しんでいた、という部分があった事は否定出来ない。

事情はどうであれ、遊びに夢中になっていた自分はひょっとして一期一会を逃したのか、黒やんと元カノの間に何かあったのか、そう深読みもする。

それとも、油断しているうちに黒やんの中で自分のポジショニングのランクが下がってしまったのか。

どっちだ、どっちでも誠悟とっては良くない事態である。

現在も、目の前に座っているというのに黒やんの視線は誠悟ではなく、もっと奥の方に向かっていた。

一体何を見てるのか、誠悟は自分の背後を確認するが誰も居ないし、教室の壁以外何もない。

何もない空間を見つめる黒やんの中には、今一体何が暴れている。


「黒ちゃん、ポカリ飲まないの?」

「飲むよ」

「じゃあ飲もうよ」

「飲むよ」

「蓋開けるよ」

「いいよ」


一応誠悟の声は届いているようで、返事は返ってくるもの、視線は相変わらず宙に浮いたまま。
机の上に放置されていたペットボトルの蓋を開けてみても黒やんがそれに手を伸ばす事は無かった。
誠悟は先に一口飲んで黒やんの目の前に差し出すが、黒やんは気付かず前後の会話すらきっと忘れている。

「黒ちゃん、オレもう飲んじゃうよ」

「いいよ」

「黒ちゃんも飲もうよ」

「いいよ」

「・・・腱鞘炎になっちゃうから、勝手に口の中入れちゃうよ」

「いいよ」


満タンのペットボトルを持ったまま静止し続ける腕が怠くなってきた誠悟は半開きになっている黒やんの口にジュースを流し込み、やっと黒やんは水分を得るが、瞳は物思いに更けたままの色から変わらず。
今の黒やんは何と打っても響かない。どんな言葉を掛けたとしても右から左に通り抜けているのだとようやく気が付いた誠悟は、肩でため息をついた。
その直後、ペットボトルと共に置き去りにされた黒やんの携帯が振動し、机をカタカタと鳴らす。

今の状態の黒やんならば、これにも気付いてないのだろうと、半ばやけになった誠悟は、本領を発揮して大胆な行動に移った。


「黒ちゃん、携帯鳴ってるよ」

「いいよ」

「メールみたいだけど」

「いいよ」

「勝手に読むよ」

「いいよ」


意識がハッキリしてるかは別として、本人からのOKを受けた誠悟は躊躇う事なく黒やんに来た新着メールを開く。

差出人は、誠悟もよく知る黒やんの幼なじみ。


[今日の昼は視聴覚室横の非常階段でまってる]


視聴覚室横の、非常階段。簡潔な内容を瞬時に頭の中にインプットした後、誠悟は何食わぬ顔でメールを削除する。

本日の昼この場所で、最近の黒やんの様子に関係する何かの尻尾を掴むと、誠悟はどこか確信を含め思っていた。




【それぞれの急所】




時刻は昼。誠悟は、昼休み早々教室を抜け、非常階段の踊場に背を持たれさせ立っていた。
誠悟の到着からほんの数分、人気が全く無かった扉の外の廊下に誰かの足音が響く。
足音は扉に近付くにつれゆっくりとしたものに変わり、主の辺りを伺っている様子を伝える。
誠悟は横目で扉を見た。くすんだ銀色の扉は人影も移さず扉の向こう側に居る人物が誰であるのかは把握出来ない。
けれども誠悟は今からドアノブを回してここに入ってくる人物が誰なのかを知っている。
そして、その人物が誠悟を見てどんな顔をするのかも。



「なーに、アホ面してんだよ、チビ」



案の定、現れた人物、らんは誠悟を見てポカンとした顔で固まった。
そしてみるみるうちに眉間には深い皺が寄り混乱を隠せないまま声を荒げる。



「はあ、はああ?んななな、な!なんだてめえ!こんなとこで何やってんだてめえ!」


「別に、オレの勝手じゃん」

「ちょ、ありえねえふざけんな、ちっきしょ、時間が・・」


誠悟に言い返すのもおざなりにらんは焦った様子で携帯を開く。
その行動で誠悟は、らんが黒やんに連絡を取ろうとしている事を読み取った。
取り乱すらんに対し、誠悟は口の端を少し上げただけの無表情で冷静なまま告げる。



「黒ちゃんはこねーよ」


「・・あ?」


「てめーのメールは黒ちゃんが読む前にオレが消したっつーの」


「・・・・」


「何も知らずにノコノコ来てくれてサンキュー」



誠悟の言葉を徐々に理解していったらんは言葉も発さず誠悟に掴みかかった。

自身の衿元を引っ張る力は決して弱いものではないが、誠悟は表情を変えず沸騰したらんの瞳を見据える。


「何調子こいた事してんだよ・・ああ?てめぇ、何様のつもりよ」


「悪りいな、ついうっかり消したんだわ、で、何、そんな重要なメールだった?」

「てめえに関係ねえだろ大体なんで黒やんに来たメールをお前が見んのよ」


「いいよて言われたから見たんだよ、なんか今日は何言ってもいいよて言われてさあ変な黒ちゃんだよな、おい、お前が何かしたわけ?」


かまをかけて発された、「何か」という誠悟の言葉に確かにらんはピクリと反応する。
誠悟はそれを見のがさなかった。
自分の衿元を掴むらんの手首に、逆に力を入れて逃げられないようにする。
誠悟の威嚇は傍目からは静かだが、拘束されたらんの手首は徐々に痛みを伴っていた。

しかし、誠悟の予想と反してらんの精神はそれ以上取り乱さない。
動けないなら、動けないままと、同じ高さで誠悟の視線に向かう



「お前は、言ったよな、転校してきた時、黒やんといけるとこまで行く、とか」

「あ?」


「はは、口ばっかじゃん、未だに、安全な場所から何吠えてんだよ」



急に口元を綻ばせて呟くらんに、誠悟は事態の行方を探す。
今まで、無かったものが、今のらんにはあった。それが「余裕」だと悟った時、誠悟は初めて自分の脈が少しだけ速く走るのを感じる。


「オレはもう既に、お前とは全く違う次元の苦痛を味わってるわけよ」


「どういう意味だよ」



「教えねーし、でもこれだけ自慢しとく、今の苦痛の方が色んな衝撃はでかいけど、お前と同じところにいた時より、全然痛くない」


らんの余裕は言葉を増やす度に芯を固くしていくように誠悟には見えた。
足を出せば、すぐにひっかかってコケていたような、昔のらんの面影が今はない。
まるで自分の方が見透かされているようで、誠悟は気分が悪かった。



「惨めな気分にはならないから、前より、全然痛くない」



そう言って、らんは無意識に力の抜けていた誠悟を振りほどいた。
そのまま背中を見せて、来た時と同じよう大きめの歩幅でその場を立ち去る。

らんが居なくなったその場所には、肌を痺れさすような嫌な静けさが残り、誠悟は思わず自分の膝に爪を立てた。






一方らんは、非常階段を出た足で黒やんの教室に向かった。
教室にはまばらに生徒が残っていたが黒やんの姿は無く、誠悟に対する苛立ちが増していく。

密会の場所は、その日の人口密度次第で毎回変えるので、黒やんが今どこに向かっているのからんには予測出来なかった。
仕方なしに教室に留まったまま黒やんの携帯へコールを鳴らす

らんにとって、黒やんとの密会は一日と空けたくない程重要な行為だった。

周りが聞けば、一日くらい、と思われるかもしれない、それはらんにも分かっていたが、毎日昼休みにと、二人で決めた約束を、友達と遊ぶ時や物の貸し借りをする時に交わすたわいない約束と同列には扱えなかった。

もう、黒やんとの関係や自分の気持ちを投げやりにしたくない、と強く思う気持ちが、45分、刻々と過ぎていくの昼休みにらんを焦らせる


「黒やん、今どこにいんの?」


しばらくのコールの後に通話が繋がり、挨拶する間もなくらんは叫ぶ。
しかし、必死ならんとは対称的に、返ってきた黒やんの声は淡々としていた。


「あ、今ベンチにいる、坂本とか、ケンがよくいるとこ」


「はあ?なんで、今一人?オレ黒やんの教室まで来てるよ」


「一人、オレもお前ん所行ったけど居なかったし」


「はあ、じゃあメールしてよ超すれ違いじゃんかよお、つーかオレ本当は今日朝メール入れてたんだけど横須、」


「らん」




なんか様子がおかしい、らんがようやくそう気付いたのは黒やんから言葉を遮られてやっとだった。
電話越しじゃ、分かりにくかったが、テンションが低い。
名前を呼び掛けられて初めて考える。誠悟に自分のメールを削除された、という理由とはまた別に、黒やんが自分が教室に居なかったにも関わらず、連絡して来なかった事。
教室にも留まらず、らんが今、電話を掛けるまで一人でベンチにいる事。

それが意図的ではないか、という事。



「らん、ちょっと聞きたい事あるから、ベンチんとこまで来て」


「・・なに、聞きたい事って、今言ってよ」


「お前、教室いんだろ、そこじゃ駄目だからここまで来い」


「え、何、何の話」


「だから、来てから言うっつってんだろ」


心なしか、黒やんの声が怒っているように聞こえ、少し萎縮してしまったらんは大人しく電話を切りベンチ向かって歩き出した。

従ってはみたものの、やはりらんには黒やんのテンションが低い理由や、今から聞かれる事について、全く検討がつかない。

感じるのは、とても抽象的な不安だけであった。
ただただ嫌な予感が、あっけらかんと晴れた空を、どこか濁らせた色に見せた。


ベンチに到着すれば、電話で聞いた通り黒やんは一人で座っていた。
その表情はらんが思っていたより全然普通で、少しだけ胸を撫で下ろす。



「あははー、黒やんマジで一人か。なんでこんなとこよ、タバコ吸いに来たん?」

「それもあるけど、つーか、あのさあ」


「ああ、うん、聞きたい事ね、何?オレマジ気になってんだって」


「うん、あのさあ、お前はさ」


「うん」



中々、ストレートに発しない黒やんに、らんの不安はジワジワ刺激され増していくが、黒やんから言葉が出るまで相槌をうって待つしかない

自分の気持ちが全て丸裸になった今、それ以上にやましい事もない故に黒やんが自分に何を聞きたがっているのか先回りで判断する事も出来なかった。




「お前は、夏休みの最後、オレに言ったような事、今まで誰かに話した事あっか」



黒やんの言葉の意味を、らんが理解するまで少しの時間が掛かった。

夏休みの最後、それはやはりらんが黒やんに告げた長年の気持ちの話だ。
こんなに改まって言われればその事を指してること位らんは直ぐにわかる。

しかし、その事を、他の誰かに話した事があるかと聞かれるとは思ってもおらず、反応が遅れたのだ。




「誰かって」


「誰でもだよ、とにかくオレ以外に言った事あんの?」

少し苛立ったような黒やんの言い方に、思わずらんはむっとした。
黒やんは自分が、そんなに簡単に、誰にでもそんな話を打ち開けられると思っているのか、と。
そういうニュアンスで言ったじゃないとしても、らんにとっては半生の苦悩の基盤と言ってもいい程デリケートな問題で、感情がマイナスに高ぶるのを感じる。

されども、質問の答えだけを述べるとするなら、確かに話した事はあった。
誠悟に黒やんが好きだと言われ、自暴自棄になって耐え切れなくなった時にケンに、その後、過去を清算する為にたえに。

二人には告げた事がある。どちらの時も、簡単では無かった。まるでこの世にもう一度生まれ直すような、それ程のエネルギーを必死にかき集めて口に出したのだ。



「二人だけ、言った事はあるよ、でも別に」


「はあ、なんで?」


「でも別に!!オレが黒やんの事好きなのは本当の事だしふざけて言ったわけじゃ」


「おい」



静かな黒やんの声に、らんの主張はもう一度遮られた。遮られて自分の息が荒い事にらんは気づく。
手は無意識に拳を握っていた。



「おい、こんな、誰が聞いてるかわかんねー場所でそういう事気安く言うなよ」

「は、何それ、別に誰も聞いてねーし、なんで、いまさら」


「そんなん、分かんねえだろ軽率に喋んな」


「わけわかんねえよ、黒やん何急に」


「普通の話じゃねえだろ!お前はおかしいと思ってなくても周りが聞いたらおかしいて思うんだよ!」


地面が、崩れるような、自分が今どうして立てているのからんには分からなかった。

石になったように固まって黙ったらんに、黒やんははっとなり声を掛けようとするが、らんの空気はそれを許すものではなく。

男が、男を好きであるという話は一般的に見れば簡単に受け入れられる話ではない

だから、黒やんの言わんとする事は、まっとうで、けどそれは



「おかしい、って、思ってないわけないじゃん」



誰よりも、らんが、一番よく分かっていて



「や、違う、らん」


「だから、オレはずっと、今まで」


「らん、そういう意味じゃ」


「けど、それが、普通じゃなくても、オレにとっては本当の、本当の事だから、他にどういえ、ば」



語尾を言い切るまでの時間は無かった。こんな話で、黒やんの前じゃ泣くまいとしていたらんだったが、涙腺はそんな気持ちを無視する。

赤くなりそうに感じた目をぐしゃぐしゃにした前髪で隠し、らんは逃げるようその場から走った。

黒やんの言葉が頭の中を巡る、こんな顔、人に見られたらおかしいと思われるだろうか。

どこに行けば気にせず泣き喚けるかを考えながららんは走った。





「そういう意味じゃ、ないんだよ、そうじゃねえよ、何言ってんだ」


らんが消えた後、黒やんは自分の膝に頭を打ちつけて後悔していた。
何言ってんだ、と責めるのは自分に対して。
らんがどういう思いで己の気持ちを告げて来たのか分かっていたはずなのに。
他の誰が理解しなくても自分だけは理解しなくてはいけなかったのに、と。
軽率なのはこっちの方だった、と黒やんは自分を呪う。

重い心のまま携帯を開いた、探すのは数日前に届いたメール。受信ボックスに友人や家族の名前が並ぶ中、そのアドレスだけは登録されておらず意味のない英数字が表示されている。
登録されていなくても、勿論、誰からであるのか黒やんには分かっていた。

二週間程前から、数通、その内容は黒やんにとっては不幸の手紙の方がマシなもの。



[無視すんな、お前の幼なじみの秘密暴露すんぞ]



最近、様子がおかしい、と何人から言われたか黒やんは指折で数えてみる。

らんは、気持ちを告げたせいだと、思っている。



「なんでこいつが知ってんだよ」


憎いメールを削除も出来ず、返信も出来ず、呆然と眺めながら黒やんは重いため息をついた。

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