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108愛の巣コール
赤高が文化祭の話題で盛り上がっている(揉めている)頃、学期開けテストが終了した樫木高校には、イライラしながら一人机に向かう男が一人。
夏休み終了と同時に付き合っていた彼女とも終了した男、諸星千鶴である。
高校入学時から付き合っていた彼女との破局を迎え、周囲から見ればツキが傾いているのは明らかだったが、今彼が不機嫌である原因はその事ではなかった。

机の上に広げられたテストの問題用紙に赤ペンでチェックを入れていく。
何かの気を紛らすよう、一心不乱に。


「ちづりん、その問題分かったの?俺なんて何て書いてあるかすら分からんかったわ」


「うるさい気が散る話し掛けるな!!」


「あ!そこCであってんの?いやったー!俺もCにしたラッキー!!」


「あああああ!邪魔だ寄るな!出ていけ樫木から!」

昼休みにも関わらず、昼食すら取らずに机に向かいっぱなしの様子に、クラスメートが声を掛けるが、それにもつれない諸星。
苛立ちで震える拳のせいで、問題用紙がどんどん皺くちゃになっていくのも、今は気にしてる余裕が無い。

「やっぱ、ちづりんは冷てーなー、二学期が始まったんだな、って感じするなあ、夏休みはこの冷たさ忘れるからな」


「ちづりんが大好きなテストの自己採点の時にお前が話掛けるからじゃん」


「ちづりーん、自己採点なんかしなくてもどーせ100点だろ。一緒にきなこアイス食いながら残暑を凌ごうえー」


諸星の激しい拒絶も気にする事なく話し続けるクラスメートの二人。
なんでこいつらが自分と同じ高校に通ってるんだと怒りを覚えながらも、彼らの会話の一部に諸星は反応していた。
そう、諸星はテストの自己採点が何よりも好きだった。自分の回答が参考書の模範回答とどんどん一致していく瞬間は、まさに至福のひと時。
大好きだったのに、何故だ、今は前程楽しくない。
正解率15%の問題を完璧に解いていても、前程優越感に浸れない。

こうなったのは、何のせいか、自覚はしているものの見て見ぬ振りをしていたい諸星だったが、その希望はあっさりと携帯の着信によって崩される



「ホッシー、オレだよ」


勝手に赤ペンを放り出す手、勝手に通話ボタンを押す指、勝手に返事を返してしまう口


「何だよ、僕は忙しいんだ」

といいつつも、絶対に着信を無視出来ない自分。
そして、電話の向こうにいるなかがわがどんな顔で今話しているのかを想像する自分を客観的に見て、ああ変わってしまった、諸星千鶴、と嫌でも思い知る諸星であった。




【愛の巣コール】




赤部中央高校は、新学期が始まってから毎日の授業時間の半分以上を文化祭準備に費やしている。
諸星にとっては、全く興味の無い情報だったが、ここ数日でその進行状況に詳しくなってしまった。
樫木は文化祭どころでは無い、新学期が始まってからは学期開けテスト、テスト後の三者面談と一月は忙しい日々が続く。
一度、赤部は学期開けテストは無いのかと尋ねてみたら、「シャトルランをやった」と食い違った返事が返ってきたのでそれ以降は話題を変えた。


「でさー、オレの頭に刺す斧が見つからないんだー、血のりは坂本くんが持ってたからーあったんだけどなー」

「斧なんか刺さなければいいだろ」


「ダメだってー斧が刺さってないとー何で血が出てんのか分かんなくなるじゃん」


「血も別にいいだろ、出さなくても」


「それじゃー全然オレお化けに見えねーじゃーん、お化け屋敷言ってんじゃーん」


今日も突然掛かってきた電話の内容は、酷くくだらない。
樫木と赤部じゃまるで異文化交流だ、と諸星は思う。それでも楽しそうに話すなかがわの声を聞けば、赤部中央高校は自分が思っていた程最悪な場所では無いのかもしれない、と諸星は考えるようになった。


「あ、ホッシー、今日さあ」

「分かってる、夜だろ」


「暇だから早く来てね」



こっちは放課後、塾もあるのだお前みたいに暇じゃない、と諸星は思うが苦笑いが浮かぶだけで口には出さなかった。
以前の自分ならば容赦無く怒鳴りつけていただろうけど、怒鳴るよりも


「昼寝でもしてればいいだろ、なるべく、早く行くから」


こんなふうに言った方が、なかがわが喜ぶと知ってしまったから。


「じゃあ、昼寝でも、してるかー」


予測していた声色が返ってきて、満足している自分の心を感じる諸星。
そして一方、そんな自分を客観的に見ているもう一人の自分が嘆く。
野心家で、常に高い場所を目指している自分が好きだった。バスケの大会でMVP選手に選ばれてもそれだけでは満足出来ない、学年首位だって他者に譲りたくなかった中学時代の自分。

それが今はどうだ、テストの自己採点もそっちのけで、なかがわから掛かってきたイタズラ電話に満足してしまっている。
今の時期は樫木じゃ、今後のカリキュラムを組む大事な時期でもあり、彼女と別れたばかりで傷心でもあるのに、そういう事が全てどうでも良くなってしまうような充実感。



「ちづりんさー、最近しょっちゅう誰と話してんの?」

「女だ!絶対女だ!」


「うるさい興味持つな!!大体変な呼び方で僕を呼ぶんじゃない!馴れ馴れしい!」



野次馬のクラスメートにここ最近引っ切り無しに掛かってくる電話の相手を色々と憶測されている事は諸星も知っている。
それ程、周りから見れば、今の自分は違和感を感じさせるものがあるのかもしれない。
それでも

「おーい、ホッシー聞いてんのかー」


「あ?ああ、聞いてる、聞いてるから」


「今日は鍋にしよっかな」


「今日も、だろ」


「うん、今日も」


諸星にとっては、初めてかもしれなかった。
周りにどう思われても、それでも構わないという事が。
ここの所、苛立って落ち着かないでいる本当の原因はこれ、今の自分は、理想の自分とは掛け離れているのに幸せを感じている事。

その事実に諸星は漠然とした危機感を覚えていた。

こんな事になるなら、夏休み最後のあの日に、綺麗に終わらせておけば良かった、と諸星は後悔する。

夏休みが残り二日となった30日の朝、なかがわが消えたと聞かされ、生きた心地がしないまま一日を無人のあの部屋で過ごした。
塾にも行けず、なかがわと過ごした日々を思い返しながら思考はどんどん暗くなり、最悪の空想に苦しめられ始め、気がついたら日付も変わり31日。
真夜中になっても誰も帰ってこない状況に置かれ、あと寸前で部屋を飛び出し警察に駆け込もうとしていた諸星。
そんなタイミングでなかがわがと良樹が帰って来たものだから、感極まってしまい諸星の中の様々なストッパーが一気に外れてしまったのだ。

薄汚れた姿で、顔に痣まで作りながらも、帰ってきたなかがわ。
電気も点けずに部屋でうずくまっていた諸星に良樹は驚いて、なかがわは笑っていた。
その脳天気な顔を見た瞬間頭に血が上るが、沸き出る衝動は言葉に出来ず、強く強く抱きしめる腕の力になってなかがわにぶつけた。

「ホッシー?」

「うるさい!」

「ホッシー」

「だまれ!」

「ホッ、シー」

「・・・・た」


なかがわが着ていた「2時です」の制服から香る、甘いお香の匂い。
腹が立っているはずなのに、それが諸星を妙に心地好い気分にさせた。なかがわの肩に顔を埋め、くぐもった声で本音を呟く。

無事でよかった

なかがわがその声を聞き取る事が出来たのか、出来なかったのか、返事は返ってこなかったので諸星は確かめられなかった。
けれども、抱きしめられてる間じっとしているなかがわの体温とお香の匂いが心地好く、ついさっきまでの不安は消えていく。


「0、8、0」


「ホッシー?」


「3、2、1」


「時限爆弾?」


「携帯だ!僕の携帯の番号だ!一回しか言わない覚えとけ!」



結局、今年の夏、自分がこのアパートへ通っていた事にどういう意味があったのか、諸星は最後まで知る事は無かった。
あえて勘ぐってみるなら、最後の二日間でなかがわが消え、戻って来た事。おそらく最終的な目的はそこだったのだろうなとは、流石に予想できる。
しかし、諸星にとってはその真相よりも、それがきっかけでなかがわがという人物を知った事の方が、もうずっと前から重要になっていた。
夏が終われば、きっとこの習慣も終わる。非日常は、日常に返る。

そう思ったら、せめてまたいつか繋がる可能性だけでも、と伝えた連絡先。
まさか日常に返った初日から掛かってくるとは思ってもみなかった。

今や、非日常は日常に変わりつつある、諸星にささやかな幸福と微妙な不安を同時に与えながら。



「おーい、ホッシー、また聞いてねーだろー」


「聞いてるって言ってるだろ・・はあ、お前も、遠慮無しに変な呼び方で僕を呼ぶよな」


「え?変だっけ、じゃあ何て呼べばいい」


「別に、今更変える必要もないけどな」


「うん、もうホッシーはオレの口癖なんだー、許可してくれ」


やっぱり、今の所は、幸福の方が上回っているかもしれない、と諸星は心の中で呟きながら再び赤ペンを手に持った。

約束の時間まで、後8時間。
とにかく今は、自分を見失わないままこの幸福感を保っていけるようにと諸星は、疲れた身体をもう一度回転させる事に努めた



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