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106愛と欲望のきせつ‖
翌日、歴史の授業を丸々潰してようやくオレのクラスの催し物が決まった。
最終的には中学生レベルの歴史問題を担任が出してくれて、丸かバツかで答えていくという高校生クイズのような戦いが勃発。
やけにスケールがでかくなってしまった話し合いは二日かけてなんとか収まったのである。


「じゃ、手島!スイートファッションリングにアポよろしく!」


「え、じゃあ先生えー!!オレ昼早退していいっすかあ!スイートファッションリング2時までしか開いてないんっす!あの店やる気ないんっすー!」


高校生クイズで勝ち残ったのは、三国志好きの安いドーナツ派の生徒。
しつこいミスド派はまだ納得出来ない感じ。負け犬の遠吠えで野次る。



「おい勝った気になんじゃねえええ!!これでそのだせえドーナツ売れなかったら、てめえら一生ミスドのパシリだからな!!」


「ミスドのパシリって何だよ、バイトすればいーのか」


「お前はミスドの何なんだよ」



なんだかクラスが少し不仲になった気もするが、これでようやく、憎き坂本アートの世界と戦える。
見てろよ坂本明男、絶対に死ぬ程オレを可愛がってもらうからな





【愛と欲望のきせつ‖】





話し合いの決着後、直ぐに授業は終わり昼休みに入った。
久々にやって来たニスつやベンチで、ドーナツ屋をどう繁盛させるかの戦略を考えるオレ。
昨日は文化祭に対してあんなにどうでもよさ気だったオレの突然の変わり身の理由は、昨日あの後、家に帰ってからの出来事に関係している。




「これを見てくれ」


「何これ?」


「お前が学校で計算してる間、先帰って作ったんだ」


昨日の夜、うちに夕飯を食いに来た坂本にオレは一枚の紙を手渡した。
自分の手元にも同じ物がある。予想以上に坂本が遅かったので暇を持て余しコンビニでコピーしたのだ。

オレはこの時点で、まだ諦めきれずにいた。
文化祭をキャンセルして坂本と二人だけで過ごす事を。
口で説得しても丸め込まれるだけと考えたオレは、企画書を制作してみた。我ながらこの作戦は結構冴えてる。
企画書には文化祭をサボってオレが坂本とやりたい事を十箇条、更にそれがどういう風に素晴らしいかが詳しく印されている。
時間を掛けただけあって、自分で自分を褒め過ぎるのもなんだけど、非の打ち所のない出来栄え。



「えー、手元の企画書の左上をご確認下さい。オレが坂本とやりたい事その1、一日中くっついて移動。あ、これは家の中限定だけどねって、・・オイ!!」


「今日の夕飯、多分麻婆豆腐か麻婆茄子か麻婆春雨だべ、お前のかーちゃん麻婆作ってたから」


オレが企画書を読み上げているのに、夕飯の予想なんか後回しだ坂本。
つーか一瞬前に手渡したばかりのプリントが、折り鶴になっている。
いつ折ったんだ、この紙は長方形なのに凄い坂本!

そうじゃない、オレの渾身の力作が全く相手にされていない。



「嫌なら嫌って言えば多少の変更くらいは検討するからさあ!無視だけは辞めろよ無視だけは!!」


「ん、別に嫌じゃないけど、麻婆豆腐でも麻婆茄子でも麻婆春雨でも」


「オレがいつそんな話をした!!!」


駄目だ、話し合いにすらならない。これじゃあドーナツ討論の方が皆積極的だった分まだマシだ。
ああ掛けた時間が水の泡。


「坂本、オレ多分飢えてんだよ今」


「うん、オレも超お腹すいた」


「もうボケは勘弁して下さい・・」


「なんなわけお前、オレのアートを潰そうとしてんの?いい度胸してんな、オイ」


「違うそうじゃなくて、ちょっとハメを外してーだけよ・・」



家に居ても、いつオレの家族が勝手に部屋に入ってくるか分からず、坂本に触れようとする時も、坂本から触れられてる時も常に微かな緊張が感情の高ぶりを寸止めの所で制御する。

本音は、一度くっついたら、気が済むまで離れたくないのに。

赤高に居ても同じ、無防備に揺れる坂本の手をいつも握りたいと思う。
けれど、それはタブーだと欲望の反対側から叱る声のせいで、一歩伸ばせば重なるような生殺しの距離から坂本をただ凝視するのみ。
触れてみる一瞬、直ぐに離れる次の一瞬。
今オレが気になっているのは、制限速度の向こう側。
本当に本当は、坂本と一日無人島で過ごせればなんて思う、これは究極の願望。
不思議なのは坂本と離れていた時よりも、一緒の時を過ごせば過ごす程、触れていたい近付きたいという欲求がどんどん強くなっていく事。

このまま温度が上がり続ければ、オレはどうなってしまうの。
人生において初めて知る、ピークの見えない灼熱の恋。
坂本は麻薬だ。



「へえ、そこまでしつこいなら、オレに勝ってみ」


「え?」


「文化祭は譲れないけど、お前が何かでオレに勝ったらそこに書いてある事全部やったろうじゃん、一日お前の下僕になって」


「え、え?」



「さ、何で勝負する?」



いきなりに吹っ掛けられた坂本の言葉。
まさかの提案が意外で、オレは間抜けな顔で返事を返してしまった。
勝負だと、負けたら全部やってあげるだと?
オレの妄想十項目を?
甘い言葉には裏有り、それも坂本なら100%
これは合コンで勉強済み。パターンだだ被り。



「とか言いつつ、お前、どうせまた」


「ケン!!夕飯よ!!」


「うわ!!!」



坂本の真意を暴こうと、疑いの言葉を返そうとしたその時だった。
またノックもせず勝手に部屋に入って来たかーちゃん。
例に漏れない唐突なタイミングに、オレの心臓もまたいつも通りダメージを受ける。



「ねえ!!オレいきなり部屋に入ってこられると心臓がヤバいって何回言ったかなあ!なあなあ!!!」


「何回呼んでも下りてこないからだろうテメー!!お母さんだってわざわざ二階に上がりたくないのよ!わざわざ!わざわざ!!」


「分かった分かったすみません!今ちょっと大事な話してんの!!お願いだから夕飯とか言わないで!」


「あっそ!チンジャオロース冷めるわよ!!」



そうだ、こういうのが我慢ならないんだオレは。
空気をブチ壊された挙げ句、トドメの麻婆とはまったく関係ない夕飯のメニュー


「え、チンジャオロースに麻婆使うわけ?お前んち」


ああ、やっぱり坂本の思考がそっちに持っていかれてる。
空腹は罪なり、じゃなくて、意味のない名言を作ってる場合ではない。
疑っている場合ではない、チャンスだと思え。
こいつの言葉の有効期限が切れないうちに。



「勝負は、文化祭・・」


「は?」


「うちのドーナツとお前のアート、文化祭で稼いだ方が勝ち」


「ふ」


「ふ?」


「は」


「は?」


「は?じゃねーよ!笑ってんだよフハハハハハー!!!!言っとくけど、お前が負けたらお前がオレの下僕よ」


「何だテメー!!こっちも言っとくけど文化祭で強いのは食い物なんだよ!昔から!!高けーんだよ!誰が払うんだよ千円なんかボッタクリに!」


「お前、ドーナツがオレのアートに本気で勝てると思ってるわけ?お前オレを一から勉強し直せ!!」


「だからお前のはアートじゃねえっつってんだよ!!」


半分は売り言葉に買い言葉、残り半分はやっぱり納得出来ない坂本のアートについての解釈。
当初の目的は、一体どこへやら。
けれど後悔はしていない。これでオレは文化祭に対するやる気が湧いたし、勝てばオレの願望が実現するかもしれないのだ。

一石二鳥だ、だから、後悔なんて、していない。




「あああ・・何なんだよ、ドーナツって・・何なわけよ、アートって・・」



ニスつやベンチに来れば、ついついいつもこぼれてしまう本音。
なんでこんな事になってしまったのか。坂本アートの世界がウケるとは思えないが、ドーナツなんて何にだって勝てる気がしない。
そもそもオレが坂本に勝てる気がしない。
坂本よ、オレはお前に下僕になって欲しいんじゃないんだよ。
つーかオレの願望はお前にとって下僕並にきつい行為なのかよ。
オレは単に、坂本がちょっとでも共感してくれたらなって

二人きりでいたいなってオレの希望に、一度でも、だよねって頷いてくれたら
人の気配で離れるのがもどかしいと、坂本も思っていてくれればそれだけで。
こんな事になるより前に仕方ないかって諦めがついたかもしれないのに。



「ケンさん、お暇ですかー」


後悔と弱音をさらけ出していたその時、オレの名前を呼ぶ声が聞こえ無意識にピクと体が反応した。
膝を抱えてベンチに乗っかっていたオレは、呼びかけられた穏やかな声に首だけで振り向く。
そこには、夏休み明け初めての再会であろう、ヒコボーが、首からバインダーを下げ片手でボールペンをカチカチしながら立っていた。
いつ見ても眩しい、訳が分からない格好なのに、ヒコちゃんに触れられていれば紐付きバインダーすらかっこよく見えてしまう。
恐るべしパーフェクト。



「おー、久しぶりー、相変わらずかっこいいねえ・・」

「あはは、何でですかこんな格好なのにー」


「まーでも、なんでバインダー持ってんの?」


「あのですねー、今文化祭で使う為のアンケートを集めてて、暇ならケンさんにもやって欲しいんですよ」



そう言ってヒコボーは首からバインダーの紐を外し、オレの方に向けて来た。
文化祭で使うアンケートって、ヒコちゃんのクラスは何をすんのかと好奇心のままにバインダーに挟まれた紙を覗き込む



「赤部ストアーで一番好きな弁当はなんですか、こんなん集めて何に使うの?」

「なんか、赤高生に人気の弁当をランキング付けして駅弁風に売るらしいんですよオレの組、オレがアンケートを集める係で、思ったよりみんなバラバラで大変なんです」


「へえー、ヒコちゃん一人でさせられてんの?ひでーなー」


「全然!オレこれ集めたら売る方に行かなくていいから、当日は凄い楽なんです、ヒコは集めてくれるだけでいいからーて、みんなが」



それ多分、買いに来た女の客全部持っていかれないようにヒコちゃんを販売から外す作戦なんじゃないか。まあそれでもヒコちゃんが良さそうだから、いいか、とオレはボールペンを握り直す。
男子高にとって文化祭も重要な出会いの場の一つだから、他の奴らがヒコちゃんを脅威に感じるのも分かる。
しかしオレは、ふと考えてみた。
フリーなのはヒコボーも一緒だし、イケメンだからって隔離されんのは可哀相だなと。その前にヒコちゃんは、あんまり匂わせないけど彼女欲しいとか思わないのか。
前に付き合ってた子が自分のせいで引っ越してしまって、付き合うのが怖いみたいな事言ってたけど、今はどう思ってんだろうか。



「ねえ、ヒコちゃんはさあ、彼女とか欲しくないの?」


「え、なんですかいきなりー!そりゃあいい人がいればいいですよ」


「三十路手前が結婚しないのかって言われたみたいな反応だな」


「ははー、でも、ちょっとそんな感じかも」



このルックスには不釣り合いな発言にオレが突っ込めば、苦笑いで首を傾げるヒコボー。
その仕草に含まれた複雑そうな心情を、少し難しそうな顔でオレに語り出した。


「結構諦めついちゃってるっていうか、時の流れに身を任せてるっていうか、いつかオレの事を好きになってくれる人がいたらそれでいいかなって感じで」


「そんなもん今そこの道歩いてくれば一分で見つかるだろ!」


「ハハハー!何でですかーこんなバインダーぶら下げてるのにー」



このルックスで、この若さで、何故こんなに自分を安く見てるのか。
バインダーなんて関係あるか!
それともこれは逆にイケメンであるが故の余裕なのかもしれない。奥が深い。



「オレ思うんですよ、自分のどこかが好まれたり、自分が誰かのどこかを好んだりする事は結構頻繁に起こりうる事で、そのどっちか片方だけで恋愛も出来るんだろうけど」


「うん」


「お互いのどこからどこまでを心底好き合ってする恋愛って滅多に起こらないような気がするから、一生に一回あるかもしれないそれを気長に待つのもいいかな、て」


そうか、ヒコちゃんが待っているのは出会いではなく運命みたいな物。
今まで色んな人達から色んな形で想いをぶつけてこられた分、探しているのは、本当にすっぽり、自分が受け入れる器の形にはまる愛情。


「そういうの、凄いいいと思う」


「え!あはは!なんか今日ケンさん褒めてくれますねー」


「あ、でもよ、ヒコちゃん」


こんなオレが、生意気にも一つ口出すとするなら、真っ只中にいる経験者として、伝えておきたい。
思いも寄らない急カーブ。


「相手の、どこもかしこも気に食わなくても、無償に愛してしまう場合も」


「え」


「稀にあるんだ」



まるで自分に酔ってるみたいな訳の分からないオレの呟きにもヒコちゃんは笑顔で頷いてくれる。
余りにも素直に受け入れてくれたもんだから、オレは恥ずかしくて言わなかった事にしたいみたいに必要以上にボールペンをカチカチと鳴らしアンケートに集中するふりをした。

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