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105愛と欲望のきせつ
新学期が始まって、早二週間。
毎授業ついついうたた寝なんかしちゃうオレは、つゆだくで一口では飲み干せない程濃厚だった夏休みからすれば、とてもとても、のどかなり。

おや、うたた寝してたら知らぬ間にメール新着二件、その内一つは着うたサイトのメルマガなり、うんうんのどかなり。

そしてもう一件は、ソースゥイートマイ坂本くんか
隣のクラスなのにこんなに頻繁にメール送り合ってたら、みんなからやっかれてまうやろふふふー


[きまった]


そうか、そうか、よかったなあ〜、で返信、なにが?と、ああ気が付けばハートの絵文字26個もつけてしまったうふふ、まあいいか送信と、のどかなりー。



「ケン!」



のどかなオレも束の間、呼びかけられた名前に顔を上げれば、クラス中から注目されてるのは、一体何事か。
みんなの視線は冷ややかで、これはまさしく気まずいという空気。
オレはとりあえず静かに携帯を閉じる。


「携帯見ながらニヤニヤしてねーで、ケンも考えろや、どっちがいい?!」


苛立ちを含ませながらそう尋ねてくるクラスメート。
そんな急に言われても、何について尋ねられているのかが解らないのだから難し過ぎる。
そういえば、今は一体何の時間か、考えるよりも先に答えは黒板に書かれていたのだった。





【愛と欲望のきせつ】





赤部も一応普通の公立高校、なので普通の高校にあるような一般的な行事も同じように毎年行われている。
例えば体育祭(誰も走んねーけど)例えばプール開き(誰も泳がないけど)例えば新歓部活勧誘(ただの馴れ合い)
そして毎年10月に行われる文化祭。
黒板の文字によると、今はその文化祭の催しについての話し合いをしているらしい

黒板を見れば、既に候補は二つに絞られているらしく、今正にそのどちらがいいかの討論が白熱していたようだ。
それならオレの一票も貴重であるのも分かる。

ええと、候補の一つは
「ドーナツ」、ドーナツかよ


そしてもう一つは
「ミスタードーナツ」



へえー、ドーナツかミスタードーナツか。



「どう違うのよ」



あんなに白熱してたのにこの二案に絞られてしまった事にオレはどうしても顔が引き攣る。
どっちがいいかって、どっちにしろドーナツじゃないか。
早く帰ろうぜ。



「だからよ!!本当に何も聞いてねーな!ミスタードーナツは、ミスドからドーナツを買い付けてきて、それを売るわけよ」


「はい、了解しました、じゃあドーナツは?」


「だから!!ああ説明の二度手間!」


「すみません・・」


「ドーナツは、手島んちの近くにミスドより安いドーナツ屋があるからそこのドーナツを買い付けて来て売るわけよ!分かった?」



分かったけど、やっぱりどっちにしろドーナツ
何なんだ、絶対ドーナツじゃないと駄目なのか。
去年までは赤高にとっての文化祭なんて、誰かが酒を持ち込んで何人かが停学になるだけのイベントだと思ってたのに。
今年は何でみんなこうギラギラしてるのだ、普段はめでたいうちのクラスの変化を受け止められずにいたら、机の下に落ちていたプリントにその謎の解明が印されていた。

プリントに書かれてあるのはこうだ
今年度から飲食物の販売を許可する。
そして一クラスごとに予算が出る。
そうそう、飲食物の販売は禁止だわ、予算は無いわでマジで何すればいいかわかんなくて去年のクラスでは一切こんなふうに白熱した記憶がない。
しかも5円以上の金銭のやりとりも禁止でみんなのやる気は地に落ちたのを覚えている。
大金が赤高内にあると盗難事件が必ず起こるから、と先生が理由を教えてくれたのだが、それにしても5円って何だよって思ったものだ。
今日の日本じゃ消費税を払えるかも危ういワンコイン。
そして飲食物の販売禁止、これもおかしいと先生に反論したら、不衛生だから、という返答が返ってきた。
不衛生って、赤部ストアーでバリバリ食い物売ってるじゃないかと更に聞いたら、少し悲し気な顔で微笑んだ去年の担任。
生徒が、って言えなかったのは担任の最後の愛情だったとオレは解釈している。

だから昨年のクラスでの催し物は、事務室のテレビを盗んできて、映画アルマゲドンの上演を一日中やっていたな。
確か、ジャンケで負けた奴がアルマゲドンのDVDを借りてきて、文化祭の準備はそれで全て終了したのだ。
当日は一人5円の破格の安さでシアタールームを開催していたのに、結局客は一日で一桁しか来ないという悲惨な結果。
まずクラスの奴らもほとんど外にナンパしに行ってて、教室に残ってたのはオレと黒やんくらい。
アルマゲドンを見た事が無かった黒やんは一回目の上演は真剣に最後まで見ていたが、話の内容を把握したらオレを残してバイトの為に昼には早退した。

だから去年は、オレ一人で最後までずーっと誰も見てないアルマゲドンのDVDをリピートする作業を行っていた。
誰もいない(たまにホームレスのおっさんが横で寝てたけど)教室で、アルマゲドンをずーっとリピート、ああ思い出しただけで鬱になるがな。



「やっぱミスドの方がメジャーだからミスドが絶対儲かる、ミスドにすんべ」


「てめえ馬鹿じゃん?安い値段で出来るだけたくさん仕入れた方が利益高いに決まってんだろ!ドーナツだべドーナツ!」


オレが去年の苦い思い出を回想してる間にも、いつになく真剣な話し合いは続いていた。
ほほー、金が懸かってくるとこいつらのやる気はこうまで違うのか。
ならばなぜにドーナツしか思いつけなかったんだ、さすが赤部。



「つーか、その安いドーナツ屋はなんて名前のとこなわけよ!手島あ!何て店だそこあ!」


「えーなんだっけ、そうだそうだ、スイートファッションリング」


「ダッセー!!ダッセーエエエエ!!!」


「そんなダッセー名前のドーナツ売れるわけねえべ!」


ミスド派は安いドーナツに猛攻撃を繰り返す。


「ドーナツなんて丸くて甘かったら何でもいーんだよ!!」


「オレはポンデリングの意味が解らない!!」


安いドーナツ派も負けずにミスドを否定する

駄目だ、軽くフライパンで頭を殴って貰わないとこいつらのテンションにはついていけん。
オレの他に、まだドーナツに取り憑かれてない奴はいないのか、と教室を見渡せば、一人だけ事の事態を一切無視してカツ丼を食ってる奴がいる。
ドーナツには取り憑かれてないだろうけど、こいつもまともではない。



「らん!!テメーも飯食ってねーで参加しろや!!」

「うるせー!!!こっちは昼休み飯どころじゃなくて食ってねーんだよ!!」


「金持ってんだからミスドのドーナツ全部買い占めてこいやバカセレブ!!!」

「じゃあオレのカツ丼おかわり持ってこい召し使い!!!」



ドーナツ合戦のとばっちりに巻き込まれてちょっと気の毒だが、余りにもでかい態度が可愛くないので全然庇いたくない。

実を言うと、激動の夏休み以降、新学期が始まってのどかなのはオレくらい。

他は夏休みから人生がちょっとユニークになってしまったみたいで、それぞれ結構大変そうだ。

それが一番早く目に見える形ではっきりとしてしまったらんは、最近多忙なビジネスマンのように並々ならない努力をしている。



「誰か!!おかわり!!」



どこから持ってきたのか解らないドンブリを教室のど真ん中で掲げても、目をつぶらなければいけない程こいつは前途多難なのだ。



「ドーナツ!」


「ミスド!」


「しかし!」


「しかし!しかし!」



討論は勢い衰えないまま更に白熱していくが、オレは中立にいるふりをして密かにやましい事を考えていた。
去年の文化祭、だらけきった無法地帯の祭の現場に一秒たりとも顔を出さなかった男が一人。
何をしていたのか、後日聞いてみたら文化祭である事自体忘れてて、一日中家でドラクエをしていたという。
因みにドラクエとは、ドラゴンクエストではなく、オレのとーちゃんが変な中古ショップで買ってきた「ドラゴン食え」というパチもん臭プンプンの怪しいゲームだ。
内容的には研究所で貰ったドラゴンにひたすら敵を食わせて育てながら冒険するという、ドラクエとポケモンとピクミンを雑に足したようなものである。

いくらオレでも、そんなゲームを一日中するくらい暇なら文化祭に行くが、去年ただ一人の欠席者、坂本明男はあえてドラゴン食えを取った。
赤部大好きな坂本が祭をスルーするのは意外だったが、今年も同じようにサボるならオレも一緒にサボっちゃおうかな、なんて生温い事を企んでみる。
ドーナツかミスタードーナツを売りまくるより、一日中坂本と二人でイチャイチャベタベタ出来る方が何千倍も祭じゃないか。

若干、本当に若干だが、夏休み以降、坂本はオレに甘くなった気がする。
甘くなったというか、甘えてるような感じ。

夏休み離れてた分の一時的なバブルかもしれないが、今なら、もしかしたら文化祭をサボって一緒にイチャイチャ過ごしてくれるかもしれない。



「おーいお前ら、もう30分も過ぎてるからそろそろ帰るぞー、先生今日残業組のデパ地下弁当買ってくる当番だから早く行って並ばないと」


「えー!!まだ決まんないっすよ、弁当なんて赤部ストアーのやつでいいじゃないっすか!」


「いやー赤部ストアーのはカロリーが高いって学年主任がうるさいんだよ、教師もなーサラリーマンなんだぞー」


「じゃあ明日先生の授業の時にもう一回話し合いしていいっすか?」


「いいけど先生は勝手に横で歴史やってるからなー」


延長に延長したドーナツ戦争は終わらず、とうとう打ち切られて明日に持ち込し。
オレはそれにも気付かず、文化祭の日に坂本と逢い引きする空想に更けていた。
今坂本との関係は、オレ的には怖いくらいいい感じ。それでも学校が始まって以来、家でも学校でも常に誰かしらいて、完全なる二人きりは夏休みの最後の日以来ご無沙汰である。
別に不満なわけじゃないけど、いつ誰がくるか解らない状況を気にする事なく坂本と二人で居てみたい、と思う。
タイミング的にも文化祭の日が絶好のチャンスな気がする。
ふと、我に帰れば既に人がまばらになった教室。
オレも直ぐに鞄を肩にかけ、同じく終わっているだろう隣のクラスへ坂本を引き留める為に駆け足で向かった。


大股10歩くらいの距離で到着した隣のクラスも、やはり丁度終わった様子で各々下校しようとしている生徒達。
そんな中で、オレの目的である坂本はまだ帰る支度すらしておらず、何故か解らないが物凄い速さで電卓を打っており、急ぐ必要は無かったと知る。



「坂本くーん、何やってんですかー」


「んー、これはねー、計算」

「それは分かるー、で、何の計算?」


「決まってんじゃん、そんなの」


「なんなの」


「オレの実力でどこまでこのクラスの予算が跳ね上がるかの計算」



電卓から目を離さずに答える坂本につられてオレもそちらを見てみれば、高校生にはおよそお目にかかれないような桁数。
このクラスの予算だと?
物凄く嫌な予感がする。



「念の為聞くけど、予算って」


「文化祭」


「坂本、文化祭好き?」


「一年掛けて校長のポケットマネーから予算絞り出したの誰だと思ってんだよ」


お前なのかよ


オレは、伝統ある赤部の、チープな文化祭の歴史が今年突然塗り替えられた事に対してもっと疑問を持つべきだった。
その裏に、誰かの欲望が渦巻いているんじゃないか、とか。



「ついでにお前のクラスの予算も上げてあげよーか?100円くらい」


「なんでお前がそんな事出来んの・・?いーよ別にどーせドーナツかミスタードーナツだし・・」


「ドーナツ!アハハハー!!!いーじゃんいーじゃんお前にピッタリ〜!!」


「違う!ドーナツなんてオレが言い出した訳じゃない!!つーか、そんな予算使ってお前らん所何するわけよ?」


「知りたい?」



知りたくない、坂本がこんな悪い顔で楽しそうにしてる時は、必ずオレにとって嬉しくない事が進行しているのだ。
分かっているはずなのに、気持ちに反して頷いてしまう頭。

どのみち、巻き込まれるのだオレは。
それも自分から好んで。
坂本を追っていればいつも自然とそうなる運命。



「さー教えて、もう何が来ても驚かねーよオレは」


「アートよ」


「は?」


「坂本アートの世界」


「やっぱちょっと待って」


「キャンバスは坂本」


「待ってって言ってるじゃん!!」


ああ、やっぱりまた変な事やろうとしてる。
坂本と常識の間には深くて暗い溝があると分かっているのに心構えが甘かった


「坂本アートの世界・・?」


「アートっていうのはね、魂の叫びなのよ、分かる?」

「一体どうしちゃったんですか・・」


「魂を叫ばせるはけ口がないと駄目ってオレは思ったわけよ」


「あああ混乱する」



事の始まりは先週の残暑が厳しい日、坂本は一日中パンツ一丁で過ごしていた。
その日の事はオレもよく覚えている、どこの水泳選手が校内をうろついてるんだと思ったものだ。

そんな姿で一日を終えて帰宅した坂本は、風呂に入ろうとした時に背中に何か書かれてあるのに気付いたらしい。
合わせ鏡で確認したら背中にはマジックで「バイトの面接に受かりますように」とかかれていたという。
普通の人なら、悪戯された、と苛立つだろう。
しかし、坂本はこう思ったのである



「これは金になるな、って」

「やっぱりそうか、何がアートだ!」


「アートです」


「つーか、何でそれが金に繋がるの」


「偶然にも犯人見つけちゃって、文句言ったらキャンバス代払ってくれたわけよ」


「キャンバス代!?」


「そ、思った。オレは名所になれるって。よくあるじゃん、願い事を書くと叶う木とか場所とか。願い事を書くと叶う人間って新しいべ」


「何言ってんの・・?」


つまりはこういう事だった。坂本アートの世界とは、坂本が身体を提供して、お客さんに願い事を書いてもらう催し物。
企画自体にも十分問題があるが、然るべき所はその価格にあるとオレは思う。
坂本アートの世界体験料、一回千円。



「高けー!!高っけー!!ボッタクリ!お前は今まで色んなボッタクリしてきたけどそれは超ボッタクリです!」


「それで願いが叶うなら安いもんじゃん」


「だって叶わないじゃん!」

「オレがよければそれでよし!」


「うっわー!!つーか何かもうアートどこに関係してんだよ!坂本アートの世界じゃなくて坂本ボッタクリ神社にしろ!!」


「アートです!文化だから!」



坂本がこんなにまで文化祭にイカれているなんて、計算ミスだ。
こんな坂本に今年も文化祭サボって二人でドラ食えしようって言っても、どうせ


「坂本ー・・詐欺はやめて、文化祭今年もサボればいいじゃん、一緒にイチャイチャしながらドラ食えしよーよー・・」


「お前はドーナツになるんだろ、頑張れー」


「ドーナツになるんじゃなくてドーナツ売るんだっつーの!!」


「あ、M+の使い方わかんなくなってきた、お前分かる?分かるわけないか、ちょっと聞いてこよーと」


話しながら打っていたのがまずかったのか、計算をミスったらしい坂本はオレを受け流し職員室に行ってしまった。

懇願も怒りも全て電卓に持っていかれ、教室に置いていかれたオレ。

文化祭のせいで、坂本の邪気が完全に戻ってしまった。昨日まではまだオレん家でイチャついてたのに、あっという間のバブル崩壊。
しかし、坂本アートの世界って坂本以外誰が得する企画なのか。
おそらく、先程のメールは文化祭の企画が坂本アートの世界に「決まった」というメールだったんだろう。
うちのクラスはドーナツかミスタードーナツにするかすら決められないでいるのに、このクラスの奴らはよく坂本アートの世界で納得出来たな。

いや、もしかしたら坂本が勝手に言ってるだけで、本当は坂本アートの世界なんかやらないんじゃないか

そうであって欲しい、という願望も込めて、オレは本当の所の事情には詳しいだろう方に電話で確認をとってみる




「黒やん所、文化祭で何やるか決まった・・?」



「坂本アートの世界・・」



電話の向こうからでもキレていると分かる黒やんの声。
やっぱりマジなのか。

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あきゅろす。
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