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104めでたし‖
時刻はもう朝といってもいい頃、ようやく頂上まで辿り着いたオレと坂本。

坂を越えた後の風景は、何の変哲もない駐車場。そこから先に道は無く、何も無いグレーが一面に広がっている。


「駐車場じゃないすっか・・・」


「そう駐車場ですけど」



集大成とやらを期待していたオレは拍子抜けして今度こそ、ギリギリで保っていた気力が尽いた。
空になったペットボトルを地面に置いて座る。
そんなオレを余所に坂本は駐車場を囲む柵の方へと歩き出した。
柵の下は崖のようになっていて、高所恐怖症なら足がすくむ程の高さ。
高い所も平気らしい坂本は柵から半分身を乗り出し、背中越しにオレを呼んだ。

「ほら、あれがオレの集大成」




【めでたし‖】




坂本が向く方向には、オレらが暮らす街が一望出来る。ずっと遠くに赤高も見える、目をこらして探せばオレの家も見つかるかもしれない。
坂本はそんなおもちゃみたいな町並みの中から何を探したんだろう。
もうこの時点で、オレはお手上げだった。
黒やんが言っていたように坂本の目的を予想した所で当たる訳ないのである。
オレはただ坂本が示す方向を本人の意向通りに眺めてやるしかないのである。



「なになにー」


「ほらあれだべ」


「えー・・うわ」



坂本の指がオレの視線を操る、軽く息を呑んだ。
そこは赤高やオレらの家がある地帯よりもずっと手前。
何かの工場のような建物の裏に面している、あれは何だ空地?
ともかく、雑草が放置された何もない土地だ。
ここからも分かるように緑が生い茂っているのだけど、所々ハゲていて、黒い土が露出している。
それが偶然にも三文字の平がなのような形を作っていた。
なんちゃって、偶然じゃないんですよね、犯人はきっとオレの隣にいる。



「夏中、あれを作ってたの?」


「九月から工事始まって、あそこも駐車場になるんだわ」


「じゃあ、あれも夏休み限定のミステリーサークルか」


「はあ?ミステリーサークルじゃねえよ、文字だべ、見えねえ?」


「や、分かっとるわい、ちゃんと文字に見える」


見えるけど、今のテンションで、このたった三文字がいやに意味深だからオレはちょっとドキドキしてるのよ坂本。
た行の二番目、か行の一番目、あ行の四番目。

平仮名にしてみればちょっと間抜けに見えるけど、坂本これはやっぱりお前がオレに、駐車場になる前に見せるという事は

ああ、坂本がじっとオレを見る。言うよ言いますよ、どうせ誰も居ない早朝ですし、やっとこのシュチュエーションの意味を理解した。
坂本がひと夏掛けて作った「ちかえ」の三文字。
それにオレが答える時が来た。お前がオレにこんなロマン溢れる事を求めていたなんて知らなかったけど、オレはいつでも誓えるのだ。
聞いて下さい。



「オレはー!!さかもとあきおをー!さかもとーあきおをー!ボコられる時も!シカトされる時も!持ち物を借りパクされる時だって!あいしている」


「違う!!!!!」



と、誓います、そう叫ぶはずだった。一番の見せ所、ロマンが最高潮に高まるだろう瞬間に坂本のツッコミがオレの脇腹にヒットした。
事態が飲み込めない、もう嫌だ何が不満なんだデビル坂本。
一気に力が抜け、再び地面にしゃがみ込む何か間違えたオレ。
脇腹を押さえつつ恨め気に坂本を見上げれば、若干呆れたような顔でため息をつかれた。



「お前、何て読んだのよ」


「ちかえ、っすよ・・あんたが作ったんじゃないですか・・お上手に作ってらっしゃるから馬鹿なオレでも流石に間違えないっすね」

「いやいやお前は自分の予想を上回る馬鹿だから!!もっかいちゃんと見てみ」

「はあ・・・?」



もうこいつには従うものかと思ったが、自分がどう間違えていたのか気になったオレは膝立ちのままもう一度柵からミステリーサークルを覗いた。
真顔のまましばらくじっと見てみると、「ちかえ」の両端にもうっすら文字が見えてくる。
「ちかえ」の三文字よりは若干雑な仕上がりになっているが、「ちかえ」の「ち」の前に辛うじて読める「う」のような形。
そして「ちかえ」の「え」の後に無理矢理読めば「せ」に見える形。
坂本の集大成、実は全部で五文字、「うちかえせ」



「坂本さん、オレもう無理。本気で意味が分からない。」


「あそこの向かいにさーテニスコートあんじゃん、そこで毎日テニスやってた中学生のガキが居たんだけど、本格的な格好してるくせに両方とも超下手過ぎてー、見ててオレすげえイライラしてたのよ」


「テニス・・・?」


「そう、サーブしか出来ないのよ二人共、サーブしては空振りサーブしては空振り、もうオレ我慢出来なくなって下手くそテニス辞めろバーカ!って叫んだら次の日から来なくなって」


「そんな事言っちゃダメじゃーん・・」


「うん、まさかオレも本当に辞めるとは思ってなかったからあ、下手は下手だけどある意味面白かったしね、ちゃんと打ち返せーくらいの野次にしとけばよかったかなーと思って」


「ははーだからうちかえせなんだー・・」



坂本せっせと草を刈って制作したメッセージは、才能が無いテニス少年達へ向けての謝罪であった。
謎は解明されたが、どうしよう、どうでもいい、物凄く、物凄くどうでもいい。
オレの適当な返事にぐれている、と悟り始めた坂本は、半笑いでオレの隣にしゃがみ込んだ。
坂本が顔を向けるが、反抗してオレも反対側に反らす。
読み違えたオレが悪いのか、1000歩譲ってそうだったとしても、マジな愛の誓いに容赦なくツッコミを入れるこいつは許すまじ。
今までの間、オレがどれ程、呟こうが叫ぼうが目の前に坂本が居なかった辛さを溜め込んできたか、こいつには分かるわけがない。


「坂本はオレが居なくても別に楽しいんだよな」


「お前いつ居なくなったの」

「存在はしてたけども!オレに会わなくても草刈って日に焼けて元気そうで何よりっす!」


徐々に密着してくる坂本の熱に負けそうになるけど、オレは語尾を強くすることでその誘惑を耐えた。
そんなオレの態度に痺れを切らした坂本は、無理矢理オレの顔をぐいっと正面に向かせ固定したまま、掠れた声で呟く。


「元気そうに見える?」


透き通る瞳の色は変わらないが、眠そうな目元の下にはうっすらと隈。
バケツに閉じこもっていたせいで髪もボサボサ、浮き出た鎖骨を見ると、元々細身の身体が更に少し痩せたのが分かった。

坂本はオレの頭を掴む力を弱める、坂本を抱きしめたくてオレが自分から身体ごとそっちに向けたからだ。


「オレは留守電の方がいい」

耳元で呟かれて、高鳴る心臓を更に強く坂本に押し付けた。
色々と恥ずかしくて、今はあんまり顔を見られたくない。


「なんか笑えるし」


本当に笑いながら言うな、ああやっぱ誓いたいよ、誓わせてよ坂本あいしてる



「坂本、夏休みだから何かしようよ」


「スッポンでも釣りに行く?」


「釣れないし、釣りたくない」


「じゃあ何」



密着状態の身体と身体の間に少し距離を空けて、また坂本と向かいあった。
坂本は絶対にオレが何を言い出すか分かっていると思う、そういう顔をオレは今している。


「あのさあ、チューとかしない?」


やっぱりちょっと恥ずかしくて冗談っぽく笑いながら言ってしまった。
坂本も見透かしたみたいでからかうような笑みを浮かべた後、オレの肩を掴んで顔を傾ける。
オレは急いで目を閉じるけれども、待ちわびた感触は一向に来ない。


「そこじゃない」

オレの鼻の頭を坂本の尖った犬歯が刺す。
何だよこれ、ふざけた坂本に腹が立つけどそれ以上に可笑しくて笑ってしまうオレ。

「そこでもねー」

オレが否定すれば、次は眉間を噛んでくる坂本、よくそんな所噛めるな。
ムカつくわあ、けど、こういう平和塗れした甘ったるい空気が楽しくて仕方ないよ今は。

なんてうだうだと笑っていたオレの口に不意打ちで重なる唇。

固まってしまったオレの口に、しっとりと、本当に重なるだけの柔らかいチュー。
ほんの三秒ほどで離れたにも関わらず、久しぶりのせいかオレの身体の中心はいつも以上に熱くなってしまった。


「そうそう、そこでーす・・・っておい!坂本?」

「あー・・そろそろ限界、これはオレの遺言」

「遺言って、不吉な事言うな!」

「お前に・・」

「え、何だって?」

坂本は瞼を完全に閉じた状態になり、オレの肩を掴んでいた腕がずるっと地面に落ちた。
それでもまだ、ごのごのと何か喋っていて、オレは必死に耳を傾ける。

「やるわ・・あれ」

「うちかえせ?どうやって貰えばいいんだよ、しかもどうせ明日から工事始まるんじゃん」

「は、じゃーオレごと、貰え」


そう囁いて、ついに坂本はオレの膝の上に倒れ込み寝息を立て始めた。
ぐしゃぐしゃに跳ねた金髪が呼吸のリズムで揺れる。前にマギーを貰った時の事を思い出した。
伝わる温もりがそっくりでかわいらしい。
坂本が身体をオレに手渡して夢の中に行ってしまったので、オレはそっとポケットから携帯を取り出し、せめてもの記念に「うちかえせ」の写真を撮る。



「やっぱり誓えに見えるよ坂本ー・・」


小さな携帯画面には、やはり「ちかえ」しか写らない。わざとじゃないのかとか考えながら坂本の髪を撫でてみる。
うちかえせ、うちかえせ、何となく小さく繰り返していたらオレは忘れていた事を突然思い出してしまったのである。


「あ・・、そうだった」


この夏中に終わらせたい事はグロリアスの件一つではなかった。
比べると笑われそうな位の小さな決意だが、オレにはまだやり残している事がある。

思い出した途端、オレは急に焦りを感じ、今すぐにでもこのわだかまりを解消させたくなる。
今心が満たされている分、早く口に出さなければと思う。

しかし熟睡している坂本はどうしよう、こんな辺鄙な場所に置き去りにしていくわけには行かない。

しかし、この衝動を坂本が目覚めるまで押さえこむのは無理である

どうする、オレ



「はあ、はあ、坂本なら大丈夫と思ったけど、やっぱ結構腰にくる、死ぬ・・」

悩んだ末に、オレは起きる気配の無い坂本を背負い、当てずっぽうの道順で目的地へと走っていた。


「ああ、でもいけるかも、坂本いけるぞ・・」


多分体力の限界なんかは、とっくの前にオレも越えているはず。
支えているのは、ランニングハイとちっぽけな意地と、根拠を説明する事の出来ない、先代の偉人達だって使った事があるだろうこじつけ。
パワーオブラブっていうの、そうそう、全ては愛の力でオレはまだ走っていた。

何度か道を間違えながら、オレはようやくいつか来たアパートの前で立ち止まった。

勢い良く先に進もうとするも、坂本を背負ったままあの人に会うのはまずい事を思い出す。
仕方なしにアパートの手前に坂本を下ろし、単身目的の部屋のチャイムを鳴らした。


「ケンちゃん・・?」


駐車場に車が無い事を確認していたので、お母さんが留守である事は予想済み。寝ていただろう先輩は、酷く迷惑そうな顔で早朝にやって来たオレを出迎えた。

「起こしてごめん」


「マジでなんなわけ・・あ、仕返し?」


「それはもういい、ただ、この前言い忘れてたこと、言わせて貰おうと思って」

こんな事の為に、起こされたなんて知ったら先輩キレて最悪殴られるかもしれない。
その前に先輩はオレが逃げ帰った日の事自体忘れてしまってるかもしれない。
恥も損も承知で、オレはこんな馬鹿みたいな事をどうしても口に出しておきたいのである。


「オレには、周りがオレを馬鹿にしていいような後ろめたい事、何もない」


「は・・?」



案の定、先輩はこいつ頭おかしいんじゃないかって目でオレを眺めながらあくびをする。
怒ってるというよりは、馬鹿にしているという様子、悔しいが範囲内。オレはまだ引かない。


「で、それをオレに言ってどうなんの?」

「どうにもなんないけど、今後は一々否定していく事にしたんで」

「ふーん、ていうか、ケンちゃんもう二度とオレの前に現れないと思ってた」

「そうしようと思ったけど、先輩に言い触らされたら困るから、オレが、昔の話を未だに引きずってるとか」

逃げ帰ってしまった日のツケを払う。
今更で、もう遅くて、悪あがきみたいに見えるかもしれないけど


「オレ、好きな奴がいんだよ」

「は?」

「だから、未だに昔を引きずって、暗い人生送ってると思われたらそいつに失礼なんだよ」

これだけは主張しておかなければ、オレの坂本に対する気持ちが廃る。

「オレは今幸せ過ぎて、浮かれまくってるって、思われてないと、そいつに失礼なんだ」


先輩の目はやっぱりオレを嘲笑っているように見えたが、何か納得したみたいに一度だけ頷いた。


「あっそ」


それだけ言って先輩は立ち尽くしたままのオレを残し玄関のドアを閉める。
そこから一気に額から汗が噴き出し、今更に心臓がバクバクしてくるオレ。
でも気持ちは晴れ晴れと、待ち望んだ終了の合図が静かに鳴ったような気がした。



「これで、本当に、夏休み終了・・」



身体が軽くなったように錯覚したオレは、本当に浮かれまくった足取りで坂本の元へ戻る。
道端に置き去りにしてしまったので早い所戻ってあげないと付近住民に注目されて可哀相である。
ただでさえ目立つ風貌のあいつだから。




「あ、ケンケン、なんかあきお君が捨てられてる」




何故お前がここに居る、しかしその前にゴミ袋に埋もれた坂本を目の当たりにしてオレは血の気が引いた。


「坂本ごめんごめん!ここゴミ捨て場だったのか!!ああ坂本かわいそう」


「大丈夫だよ、起きてねーし」


「つーか、らん、お前、何でいんの?今まで何やってたの?」



ほんの10分程先輩に会いに行っていただけなのに、光景の様変わりにオレは動揺を隠せなかった。
昨日連絡が途切れて逸れていたはずのらんが何故か戻って来たし、坂本を待たせていた場所はゴミ置き場だったし。
挙動不審気味になるオレをよそに、らんは動じず呑気に坂本を眺めながらタバコを吸っていた。
らんは昨日よりも少し大人びた顔をしているように見える、一体、昨夜はこいつにどん出来事があったのだろうか。



「らん、あのさ」

「ん、セージくんに色々聞いた、まあみんな生きてて良かったな〜」

「そっか、つーかお前は昨日あの後どうしてたんだって」

「赤高で、黒やんと心の合宿だよ」

「え?何それ、あ、そういえば黒やんは?」

「バイトだから行った、オレはちょっと遠回りして帰ってたの」


らんはオレにいつもより少し余裕のある笑みを向ける。
え、こいつと黒やんとの間には一体何が、聞きたい聞きたい、聞きたい、けど、その前にオレは



「らん、オレ腹減った」


「オレも、実はあきおくんが美味そうに見えてたトウモロコシみたいで」


「トウモロコシ、いいね、お前んちで湯がくべ」


「多分ねーし、でもとりあえずオレんち行くか、あきおくんは交代で運んで」


「えーこういう時こそタクシー呼んでくれや」



見回せば、全員ズタボロ、後はもう笑う気力しかないオレらは自分にとっての高い山を乗り越えた所でまだまだ未熟者である。
これからもいっぱい思い悩まされる事があるだろう、そんでまた打ちのめされて飛ばされて、今みたいに必死こいて自分にとっての山をがむしゃらに越えようとするのだ。

でもまたその時も、こうやって笑ってられるように、誰かと一緒に、栄養補給を忘れずにしていく

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