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103めでたし
夏休み前から、なかがわのみならず赤高全体を悩ませていたグロリアスを消去する事に成功し、最良の形で幕を閉じようとしていた矢先、坂本明男のうっかりのせいで警察署にいるオレ達。

集団暴行事件についての疑惑は、横須賀君が全員顔見知りである事を主張し、誤解だったと説明してなんとか難を逃れたが、ダイナマイトの資源ゴミ収集場であるあの小屋は、元々関係者以外立ち入り禁止。

こんな真夜中に赤部の馬鹿そうな生徒が全員薄汚い格好で、立ち入り禁止の小屋に侵入し、一体何をやっていたのかという点をお巡りさんはしつこく追求して来た。

つまり、補導。


「正直に答えなさい、君達はあそこで一体何をやっていたんだ」


「バケツに入ってました」


「いい加減にしないと私も怒るぞ!ふざけてないで真面目に答えなさい!」


「だから、バケツに入ってました」


「大人をなめるんじゃない!!!」


坂本の正直な供述にお巡りさんマジギレ。
数時間後、双方の気力、体力がマイナスになるまで削がれた頃、ようやくダイナマイトのオーナーであるセージ君に連絡が付き、まだ微かに疑われつつもオレ達はなんとか釈放された。



「こんな真夏に・・バケツなんかに入るのはよしなさい・・熱中症になるよ」


「だと思って冷えピタ持ってました」


問題点が変わっているが、とにかくやっと、めでたしなのである





【めでたし】





夏休みがこんなに短く感じたのは、今年が初めてかもしれない。
夏休みのスタート地点で別れてしまい、結局ほとんど一緒に居る事が出来なかった坂本と、今ようやくゴールで落ち合えた。

気が付けば八月も明日で終わり、明後日からはまた赤高での生活が始まる。

夏休みの半分以上、オレは坂本と離れ離れになっていながらも、結局は同じグロリアス問題という迷路の中に居て、別々に同じ空間を走っていたのだ。

だから40日目の今この夜、一緒の出口に辿り着けた。
普通の夏休みは、たったの一日、でもそれだけで十分だ。
警察署を出て、良樹となかがわと別れた後、帰るか、と言った坂本とオレは深夜で車すら通らない道を歩く。
まるでオレと坂本だけで占領して歩いてるかのような車道の奥には、道路工事のオレンジ色のライトが微かに見えて、きれいで、オレは妙に気分が高陽した。

時刻は深夜、帰ると言って歩き出した坂本の足がどんどんどっちの自宅方面からも遠のいて、帰宅するわけではない事を知りながらオレは後ろをついていく。

疲れて、へとへとだけど、眠る気分ではないのだ。
人気のないコンクリート上を歩く、坂本との深夜の散歩。

貴重な、たった一日の本当の夏休みが今始まっているのだ、どこ行くの、とは聞かない。



「にしても歩くのはえーな!!おい!これじゃ散歩じゃなくてウォーキングだろ!おい!」


「うるせえこっちは丸一日バケツの中で一睡もしてねーんだよ!!ちんたら歩いてたら一瞬にして寝る!ここで寝る!」


「じゃあせめて、何か飲もう、お茶とか水とか、もうオレ雫でもいい、そこの家で水道借りよう・・」



せっかくの二人きりなのに、喉が渇き過ぎて、水分の事しか考えられないオレ。深夜なのに見知らぬ人の家に乗り越もうとしてる程頭がイッている。しかし人間極限まで飢えるとこうなるのだ。知りたくなかった。
坂本もオレの気持ちは分かるようで振り返り頷きかけたが、それを辞めオレの手を握りまた歩き出した。



「オレの、集大成があるのよ」


「ええー・・」


オレの手首より少し上を握る坂本の手がぐいぐい前に引っ張って急かしている事をオレに伝える。
ああ喉渇いた、集大成、坂本の集大成、怖い。
しかし、物凄く誘惑的な言葉

「見るでしょ、寝んなよ」


「はい・・・」



意見を聞く前に決めつけてくる坂本に一瞬にして落とされたオレは、大人しく引っ張られて坂本の集大成とやらの元についていく。
段々と道は急な上り坂になり、益々体力は奪われていく。
ああ、もう最後の民家があんなに遠い所に、民家民家、子供を守る家、オレの水分。



「あー・・、喉渇いた、民家、水道、命綱」


「さっきからテメエは水道水道って、せめて自販機とか言えよみすぼらしい」


「あ!そっか自販機だわ、坂本、オレ地元なのに気分は遭難って、今日どれほど神経衰弱だったか分かる・・?」


「はいはい死ぬなね、ちょい待ってて」


そう言って坂本は八割方上った坂道を物凄い速さで駆け降りて、またさっきまで歩いていた車道に戻ってしまった。
安定しない坂道の中途半端な場所に残されたオレは傾く体をなんとか支えながら、坂道の一番上に行けば何があるのかを想像する。
坂本は、集大成と言った。それを二人で見るという事は、やはりオレにも何か関係がある事なのだろうか。オレと坂本に関する事、それってやっぱり。
この離れ離れになっていた夏休みの間に、オレは坂本の安否を心配する反面、少し期待もしていた。
坂本がおとりになる為に周囲との連絡を絶ち、四方八方に動き回っていた事はさっき聞いてようやくグロリアスにあった坂本掲示板の意味を理解した。
それが上手くいったおかげで昨日ようやく宗方まで辿りつくことが出来たのだ。
あえてオレ達の行動範囲である赤部周辺を避けていたのは、身内との接触を樫木に目撃されて自分以外の人間の写真が掲示板に載らないようにする為の、この問題のせいでの二次災害が派生しないようにする為の坂本なりの配慮だったのかもしれない。
まるで地球が爆発しないように爆弾を持って一人で宇宙に飛ぶアトムみたいじゃないか坂本。まあオレの想像だけども。
しかしそんな坂本が唯一自分の中の決め事を破った日が一日だけあった。
正しくは、1時間もないほんの一時。
忘れるわけもない、煮詰まっていたオレの元にベランダからやって来たあの日だ。あの時は何故ベランダと理解に苦しんだりもしたが、今なら分かる。
結局あの場面もどこからかグロリアスの人間に見られていて、樫木の坂本に対する執着を思い知ったものだけど、そういうリスクも分かった上で、坂本はオレの所に来たのだ。
期待する、期待もする、良くも悪くも自分を曲げない坂本がオレという理由で己を曲げた。
確かに、留守電に軽く怨念にも近い言霊を残していたのはオレだけだとも思うけど、坂本に一切メリットのない泣き言に己を曲げて反応してくれた事。
後悔するのは、あの時間抜けなオレはありがとうと、言い忘れていた。



「ほら蘇れ、水不足」


「っいった!!!」


頭に重く鈍い衝撃を感じ振り返れば、転がるミネラルウォーターのペットボトル、2リットル。痛いはずです。
そしていつの間にか戻って来ていた坂本。


「わお・・気前がいいっすね」


「はい拾って、立って、走りながら飲む」


坂本は再びオレの手を掴む、オレの手は一方を坂本に掴まれ一方にダンベル並に重い水。
紐で括られてるわけでもないのに、二人三脚みたいに歩調がピッタリと合ってしまうオレと坂本は残りの坂をなんか死に物狂いで走って上った。


「坂本、水が信じられない位美味しい、ていうか美味しいを通り越して楽しい・・!」


「オレの口にも入れて楽しい水」


「はいはい入りますよ!坂本楽しい!夏休み楽しいな!あーりーがーとー!!!」


「うるせえ走れ!!!」



人は極限の飢えの中、一気に欲しかったもんを与えらるとハイになるのか、そうだったのか。
今のありがとうが、いつのありがとうか坂本は知る由もないんだろうけど、オレは溜め込んだ感情を興奮の中に込めた。
夜が明けそうな空の下、オレは段々と平野に戻っていく道がいつの間にか無性に惜しく感じていた。



オレらがそんな感じに最後の一日を満喫している少し前、なかがわと良樹はゆっくりとした足どりで普通に家路についていた。

布屑のようなTシャツを警察署に向かう途中でいつの間にかどっかに捨てたなかがわは、良樹がバイトの時に着る「2時です」の民族衣装っぽい制服を着ている。
深夜でも人通りが少なくない赤部方面を歩いてれば、派手な「2時です」の制服を二度見される事しばしばだが、そんな目線を一切気にしない二人だからよかった。

なかがわは歩きながら、宗方に教えられた事と今までを振り返り考えていたという。
今は亡き武藤澄子が、結局自分の何になりたかったのかと。
なかがわなりに深く考えて(それでも30秒程)、浮かんで来たのは、もしかしたら母親のような物になりたかったのかも知れないという可能性だった。

それが当たっているのかどうかは今になっては誰にも証明する事は出来ないが、もしそうだったとした場合、自分が武藤澄子の気持ちを知っていれば自分達は家族になれていたのかを、再び考える。

今度はさほど考えずに、答えはノーだと出て来た。

自分がただの親のいない子供で、武藤澄子がただの子供のいないおばさんであれば答えは違っていたのかもしれないが、そうではないのである。

それをなかがわ以上に現実的に理解していた澄子だからこそ、隠していたのかも知れない。
一年前も、引き出しの中の写真も。

武藤澄子の想いがどれほどの大きさだったのか、残された物だけで測るのは難しい。

民族衣装風の制服姿からでは想像出来ない程、なかがわなりに真面目な事を考えていたりした。

きっと本音をさらけ出していた所で自分達は家族にはなれなかった。
けれど、何か変わる事はあったのだろうか。

今まだ触れる事の出来る所にいてくれる人間に、それを確認してみる。



「良樹」


「!?」


沈黙と深夜の静けさが作り出した静寂の中で突然声を掛けられた良樹は、普通にびっくりして思いっきり電柱にぶつかった。
歯を食いしばって痛む額を押さえる良樹。
思わぬアクシデントになかがわは申し訳なくなり良樹の正面に回り込む。


「わりーわりー、大丈夫か」

「これは、やべえ・・、で、何だ」


「いやー、別に大した事じゃねーんだけどさあ」


「耳は無事だ、何だ・・」


「オレと結婚して」



頭を打ったせいで、耳に届いた言葉が脳に届く途中に狂ってしまっている。
そう思い込んだ良樹は、気力を集中させ、もう一度なかがわに尋ねた。


「もう一回言え」


「オレと結婚して、オレの家族になってよ」


「・・・・」


「まあ無理だけどな」


「・・・・」


「困ってくれてありがとう」


自分の言っている事がどんなに馬鹿げているか、なかがわ自身が一番理解している。
だから良樹が、真剣な顔で悩んでくれただけで十分いい反応だった。
自分が割と本気でそうなったらいいと思っている事を馬鹿にしたり流したりせず、無理でも真剣に考えてくれる人間と暮らしている。
それを知る事が出来てなかがわは、足跡の少ない自分の人生が少し豊かになったような気がした。



「ヨーロッパでは出来るかもしれねえけど、日本では無理だな・・」


「まあそういう問題じゃねえけどな」


「その前にまず満18歳にならねえと無理だな・・」

「そういう問題でもねえけどな」


「おい」


「んー」


「出来ねえからしねえけど、出来るんだったら、してやるんだからな」


真剣過ぎる余り良樹はまるで怒ったような顔になっていた。ひょっとしたら痛みを堪えている時に難しい事を考えさせられて本当に苛ついていたのかもしれない。
けれども、そんな良樹の表情もお構いなしになかがわは込み上げてくる笑いを押さえる事が出来なかった。
偽り方を知らない、こんな言葉が返ってくるとは
その場凌ぎのイエスなんかじゃ絶対に敵わない。

なかがわは困ってしまった



「あはは!こんな時って、なんて言えばいいんだ」



嬉しいじゃ足りない、それより上の言葉が世界のどこかにある事をなかがわは願う。




そして一方、脳震盪で気を失っていた宗方は、見慣れた空間で目を覚ましていた。
坂本が言った天国とは程遠い、落書きだらけの壁。
固いソファーから背中を起こしたら、まだ少し頭がふらついた。
心は驚く程静かだった、腹が立つとか、悔しいとかがあるはずだろう自分の有様にも関わらず、まるで初めから何も無かったみたいに、自分の中からは何の音もしなかった。



「まだ寝てていいよ、オレ朝までいるから」



何となく居る気配はしていた。休業日のはずのここ、ダイナマイトに自分がいる時点で誰かが自分が目を覚ますのを待っているような気がした。
きっと色々と聞かれるの事があるんだろうと思えば、まだまだしっかりと立てない体に鞭を打ってでもここから立ち去りたいと宗方は思う。
例え自分にどんな悲惨な過去があったとしても、最後に涙を流して善人になる悪役だけにはなりたくなかった。


「ジュンイチくん高校生だったんだねー、見えねえわあ」


「はあ」


「しかも樫木の超天才らしいじゃんー、おっさん嫉妬でどうにかなりそうだわ」

「はー」


「ジュンイチくんはさあ、樫木のアキオだねえ」


「は?」



思わずイントネーションが変わる。
自分でも分かるあからさまな不快感を出してしまい、気まずさを隠す為に掌で目元を隠すが、相手はさしてそれに突っ込んでくる事はなかった。



「オレは高校出てないんだけどさあ、知り合いにいるんだなあ、学生の頃こいつ人生思いのままだったんだろうなあて奴が」


「そうっすか」


「もうオレの顔見る度、フミくんどうしてんの?最近フミくんは?てみんな聞いてきてさあ、切なくて縁切ったろかと思うわ」


「はは」


「でもさあ、よく聞いてみると全員が全員フミくんの幸せ聞きたいて思ってるわけじゃねえんだよね、目安なんだよ自分は今こうだけどフミくんレベルはどうなんだっていう、揚げ足取ろうとしてんのが透けててさあ」


何の話か、宗方は正直余り掴んでいなかったが、普段客の話に相槌ばかりうっている人間の長い語りに自然と興味を深めていた。



「みんなに期待されてんだよ、活躍か失脚、隙が許されない、中間も許されない、そういう所にいんのって疲れんだろうなって思ったわオレ」


「あー」


「けど、それでもなんとかこなしてんの見るとさあ、やっぱ羨ましいって思っちゃうんだな、オレは俗物だからさあ」



どんな返事を返そうか、宗方は迷っていた。
これはあくまで、この人の知人の話であり、自分とは無関係だ。
ここで私事を入れては、馬鹿を見る



「聖二さん」


「はいはー」


「オレ、自分以外が全員馬鹿でクズと思ってるわけじゃないです」


「え?」


「少ないだけです」



坂本に言われた事をセージに返した所で通じない。

けれども、今目の前に居る人物にはこれを伝えるべきだと宗方は思った。
今、通じなくとも、いつか説明出来る時の為に伝える。



「オレは宗方純一をこなします、割に合わなくなっても」



それ以上何も聞かれないように、宗方はまた寝た振りをする。
そんな心配をしなくとも、セージはいつも必要以上の事は聞かないと分かっているのだけれど。
宗方はある意味楽しみになっていた、夏休みを終えた後の樫木での自分が。
今一番の興味の対象は、自分である。

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