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102幼なじみの延長戦(後編その2)
それからしばらく、秋が少しだけ深まった日の頃、黒やんは答えを出した。

昼間とは違い、夜の海は人気が無く、全く違った場所にも見える。波だけが、変わらずに寄せたり引いたりを繰り返していた。



【幼なじみの延長戦(後編その2)】



「オレは、たえと別れる」



どっちが大事だとか、比べても答えは出ない事は分かっていたから、身を引いた気でいる訳じゃない。
幸せになりたい、と縋り付くのはまだ変わっていく自分には早いと、言わない事を黒やんは決めた。



「だから、もう選択肢は一個しかねえべ」



空気が重くならないように、黒やんは慎重に笑ってみた。
例え、100パーセントの本心でなくとも、変化に身を委ねているのなら、その時、その時、出来るだけ自然でありたいと願う。



「ふふ、ダイは、行くなって、私を引きとめたりしないの?」


黒やんの心情を全て理解した上で、たえも冗談混じりにそう言って笑ってみた。黒やんはそれに少しほっとして、冗談を繋げる。


「しないね」


「全く、ダイは私が居なくなったら、ちゃんと寂しいとか思ってくれるのかな」


冗談だと分かっていても、黒やんはたえの言葉に胸が詰まる。
行くなって、引き止めてみたら、それはそれで、たえは幸せだったのだろうかと。
縋り付けなくて、ごめん。笑ってくれるたえに返せる今精一杯の言葉を、黒やんは力を込めて振り絞る。



「思うに決まってんじゃん」


出て来た声は予想以上に余裕が無くて、冷静なはずの気持ちに反して目頭が熱くなっていく。
まずい、と思って眉間に力を入れれば、まるで怒っているかのような表情になる。たえに吹き出しながら覗き込まれて、思わず顔を反らした。
気まずくて、中々振り向けずにいれば背後から聞こえてくるたえの笑い声、なんだかつられて黒やんも笑ってしまった。


それからしばらく取り留めのない会話を交わした後に、そろそろ帰るとたえは立ち上がった。
砂浜を歩くたえの背中を黒やんは眺めながら考える。
今まで、伝え切れていたのだろうかと。

たえは砂浜に足跡を作ってゆっくりと歩いている、見慣れた狭いコンパスは、もうすぐ見えなくなる。

思わず、名前を呼んでみたくなった。



「たえ」


「はい」


「たえ」


「はい」


「たえ」


「もう!」

黒やんの声に歩みを進めながら首だけで振り向いていたたえだが、三度目の呼び掛けにとうとう立ち止まった。

黒やんは先程の場所に座ったまま、少しだけ距離が離れた場所に立つたえを見上げている。


「ダイ、どーしたの?」


「その、振り向き方が好きだったんだわ、言ってなかったと思って」



たえの事を、彼女だと周りに紹介するのも照れて嫌がっていた黒やんが目をしっかりと合わせたまま笑って告げる。

予想外の言葉に、たえは驚いてぽかんと口を開けたまま固まった。

そんなたえの反応を満足そうに眺めて、黒やんはまた笑った。




「もう、聞いてないよ」



たえはそれだけ言うと、微笑みながら手を振り、また歩き出した。

少しだけ肌寒い空気が、遠くの明かりに進むたえの後ろ姿の額縁になる。

黒やんはそれを最後まで眺めながら、覚えておこう、そう思った。



らんから突然メールが来たのは、その日のすぐ後の事。数ヶ月の空白を思わせるような「家に行ってもいいですか」という妙に丁寧なメールだった。
少し躊躇って「いいよ」と短い返事を返した数分後にらんはチャイムを鳴らしてどこに居たんだと黒やんは驚く。
自分からやって来たくせにらんはしばらくの間無言で、黒やんは、気になりながらも無理に話そうとはしなかった。
空気を変えたのは、らんが突然ポケットから出した栄養補助食品。見覚えのあるそれに黒やんは反応してしまった。
また買ってるし、まずいんじゃなかったのか、屋上での光景を思い出し、妙にツボに入ってしまった黒やんは思わず笑ってしまう。
沈黙の中、突然吹き出した黒やんに訳が分からずも、らんは限界でしたとばかりに、そこでようやく声を発した。



「ねえ、オレさあ、エースケと喧嘩してしまった」


「知ってる」


「オレがさあ悪りいんだよねえ」


「反省しろ」


「ねえ今日泊まっていい?」

「はー」


ぽつぽつと話し始めたのを皮切りに、昨日までの事が嘘だったかのごとく、らんの黒やんに対する態度は元に戻っていた。
どういう心境の変化があったのか、やはりこの時も分からなかったが、黒やんはもう驚かない。
逆に、また明日今と変わっていても、もう驚かないだろうと黒やんは思った。

結局、どこまで行こうと、今後どう変わっていこうと、最終的に



「今日泊まって、明日一緒に学校行っていい?」


「いいけど、マジでその食い物何だよ」


「ソイジョイだよ」


これが基本なんだと、黒やんは、なんとなくそんな気がした。





「黒やん、マジで、どうした」



過去を振り返っている一時、つい、赤高の教室に閉じ込められ、らんに質問をぶつけられている真っ最中だという事を黒やんは、忘れていた。
異様な目で自分を見て来るらんに声を掛けられ、今の状況を思い出す。

質問は、確かこうだ。
なんで、らんに、ごめんと言ったのか。
その時の事は、黒やんもよく覚えている。

たえと別れた日とらんからメールが来た日の、丁度中間位の日に、教室で一人ぽつんと残され、眠っているらんを発見した。
殴られているわけでも、蹴られているわけでもないのに、その姿はボロボロに見えた。

なんだからしくない事ばっかりして、自爆してるけれど。
自業自得だと言われるような事をらんはしたのかもしれないけど。

変わったとか変わってないの前に、らんが何を思っていたのか、知らないという事に黒やんは気が付いた。
理由は分かっていた。自分や自分の周りが変わっていくその時に、らんはいつも居たのに、らんのその時に、自分は居なかったからだ。
自分の事でいっぱいいっぱいで、余裕が無くて、何も気付かなかった。
周りの言葉に流されて、らんが今どうしてこんなにボロボロになりながらも、突っ張っているのか。
そうなるまでの過程を何も見て無かった。



「酔った?」



黒やんは、二度、ごめんと言った。一度目がその時で、二度目が今さっき。
らんが知りたがってるのは、一度目の謝罪の理由。
けれども、本当は、どちらのごめん、も同じ意味だった。




「何も見えてなくて、ごめん、て意味」


「は?」


「考え込むくせに、いっつも検討違いばっかで、ごめん、て意味で、言ったわけよ」



黒やんの胸に、ずっと引っかかっているのは、思いも寄らず聞いてしまった、自宅でたえと話していた時のらんの言葉だった。

誰も、オレが黒やんの事を好きだなんて、思いもしない。
らんの言う通り、あの時、あそこで聞いていなければ一生知る事は無かったのだろう、と黒やんは思った。想像の範囲外で、自分の思考では絶対に導き出す事の出来ない事実。
思いもしない、という部分にらんの諦めのような物が含まれている気がした。

理解されない事を分かっていて、ずっと前から諦めていたらん。

何も知らずに、明後日の方ばっかり探していた自分は、空振りしていた事にすら気が付けずにいた。


沈黙の後の急な呟きに、らんは一瞬混乱した様子だったが、それが自分の質問に対する黒やんの答えであるとすぐに理解し、慌てて返事を返す。


「検討違いなんかじゃないよ」


切羽詰まったようならんの顔に、黒やんは否定も肯定も出来ずに戸惑う。


「黒やんが検討違いなんじゃないよ、オレが本当の事を誤まかしてたから、色んなものの辻褄が合わなくなったんだよ」


暗がりの中艶めくらんの瞳がどこまでも透明で、黒やんは息を呑む。
真剣な色だった。少し怖くなる気もするが、本当に真剣で混じり気のないものからは決して逃げられない事を黒やんは知っている。



「もう一回、言っていいかな」



らんは表情を崩さないまま問う。
黒やんは思わず頷くタイミングを逃したが、視線を反らす事もせず、らんを眺め続けた。




「オレ黒やんが好きなんだ」



らんが黒やんに伝えた、二度目の好きという言葉には躊躇いも、引け目も、もう漂っていなかった。



「あ」




黒やんが何か返そうとして出した音を遮るように、らんは自分の気持ちの後に続ける。



「でもこれ告白とかじゃないんだよ」



真剣な表情から緩やかに、少し困ったような笑みをらんは作る。
そこでようやく、黒やんとらんの間に張っていた細い緊張の糸がぷつりと切れて、よく知るいつかの空気が二人に流れた。




「本当の事を、本当にしたまでだ」



完璧じゃなかった隠し事、矛盾だらけで絡まってしまっていた過去。
その荷を降ろした後は、今後どうやってその穴埋めをしていかなければいけないかの課題が必ず待っている。
けれど、今この瞬間は、長年忘れていた肩の軽さを味わう為の物。




「はあ、で、どーすんの、これから」


告白ではないと言われても、自分は気持ちを知ってしまった以上、何か対応しなければいけないと黒やんはらんに尋ねる。
さっきまでに持ち合わせていた全神経を使い果たしてしまったのか、それに対してらんは力の抜けた声でつらつらと言葉を繋いだ。


「普通ならさあ、こういう事を知ってしまったら、お互いの為にしばらく会わない方がいいとか言うんだろうね」


普段通りにしてても、ついて回る気まずさは、双方感じていて、それがらんの黒やんに対する気持ちが原因だとは当然に分かっている

「でもさあ、わざと避け合ったりとか、気い使ったりしてもオレらの場合現状が悪化するのは経験済みじゃん」


らんが言いたい事は分かる、と黒やんは思った。
らんとは、離れるだけで他人になれる程、簡単な付き合いではないから。


「オレにとって、黒やんの事好きっていうのは、なんか、すげえ当たり前の感じでさあ、いずれどうしたいとか、いつかこうなりたいとか、考えてた訳じゃないんだよね」


心なしか、らんは段々面倒くさくなってるんじゃないのか、と思う程、声色が軽くなっていくのを黒やんは感じる。


「だから今になって、深刻に考えろ、って言われても出来ないし、だからって、変えろって言われても染み付き過ぎて無理なわけよ」

いや、面倒くさくなってるんじゃない、この感じは、おそらく



「だからさあ、黒やんも、オレが黒やんの事好きっていうのに慣れてくんないかなあ」


「え」


「思い返してみてよ、17年過ごして来て色々あったんだからさあ、別にオレが黒やんの事愛してんのなんてたいした話じゃねーよ、どうせ今後もっとえげつねー事起こるよ、長いじんせー」


「ちょ」


「ああもう!!!いーじゃんオレが黒やんの事好きでもさあ!!それだけじゃんなんだよもうチキショー!!」


「オイ!!!!」



きっと相当前から、考えるのに慣れない頭で真剣に悩み過ぎて、疲れてしまったんだろう、というのは分かるが、この場面でくずるなよと、余りにも強引ならんに黒やんは驚きを越えて腹が立ってしまう。

久々に怒鳴ったら、なんだか色々思いだして、次は可笑しくなってくる。



「はあ・・・そーだったな、お前はそもそも、そういう奴よ」



こっちの都合もお構い無しに、なりふり構わず、それでも必死に縋り付く。



「そうそう、別にオレ自体はそのままなわけよ、今までのオレだって黒やんの事好きだったけど、別に黒やん大丈夫だったしょ、だからこれからも大丈夫だよ、早く慣れてよ」


「何急に上からになってんだよお前」


「だってもう疲れたもん、話したい事いっぱいあるんだよ、黒やんに会えなかったから話せなかった分が溜まってるんだよ、早く慣れてくれないと聞いてもらえないもん、そもそも黒やんが立ち聞きしてたからこんな事になってんじゃんかよ」


「はあ!?」


「嘘です嘘です怒っちゃいや」



完全に調子を取り戻したらんに、黒やんは呆れと疲れが一気に押し寄せて、その場に仰向けになる。

慣れろ、と言われてもそう簡単に出来るもんじゃない。
気持ちを知ってしまった瞬間から、自分達の関係はやはり微妙に違う物に変わったのは確実である。
それはどうやっても逆らえない必然の物であると、黒やんは自覚している。

しかし、どういう形に変わったのか、と言えば、それを形容する言葉もまだ見つからない。

普通の幼なじみではない、かと言って、離れたわけでもくっついたわけでもない今の時点は、普通幼なじみに終止符を打った、言わば延長戦のような物かなと黒やんは目を閉じて考えた。


「もう寝る」


「怒った?」


「怒ってんじゃないから、寝かせ」


それ以上らんは話し掛けてくる事無く、次第に意識が遠のいていく。
夢か現実か分からない狭間に落ち掛けていた時に独り言のようならんの呟きが聞こえた気がした。
夢なのか現実なのか、何と言ったのか、いまいち判断出来なかったが、黒やんは確かめず、それを最後に完全に意識を手放す。



「ここで寝れるなら、大丈夫だよこの人」



結局、夜が深まっても最後まで寝付く事の出来なかったらんが、一晩中黒やんを眺めていた事は、黒やんにとっては夢の話となり、幼なじみの延長戦は今までと似たようなスピードで夏休み最後の朝を迎えた。

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