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100幼なじみの延長戦(中編)
黒やんがらんに対して違和感を覚え始めたのは、それからある程度の時を経てからの事。

勘違いかとも思う程の変化に確信を覚え始めた時には、中学二年も終わろうとしていた




【幼なじみの延長戦(中編)】




「最近、らん変わったな」



同級生からこういう事を言われるようになったのは、らんの外見が変わり始めてからはよくある事だった。
特に小さい頃から、らんをよく知る友達は皆、らんの急激な成長に驚いている。


中学に入ってかららんに出会った者達のらんに対するイメージは、昔からの知り合い達とは大きく差があった。
いつも黒やんの名前を呼びながら四六時中ついて回る小さならん、そんならんを知らない。

避けられてる、と言う程極端な変化では無かった。
ただ、周りから見てもハッキリと分かるように、その頃のらんは以前と比べて黒やんに付いて回らない。
必要以上に黒やんの名前を呼ばない。
以前が以前だっただけに、二人を知る周囲にもそれは伝わる。黒やんとらんに距離が出来た。
そして、その距離を意図的に作っているのはらんの方。
周りの言う「変わった」が、外見に対する事だけでは無いのを、黒やんも少しづつ実感し始めていた。




「ねえ変わったよな、黒やんも思うっしょ」


「あー別に」



クラスメートは割りと楽しそうに振るが、黒やんはいつも乗り切れずにその手の話題に返事を返す。


「やっぱあれかね、らんもガキの頃のイメージに縛られんのがキツくなってきたんかね」


聞き流していたはずなのに、続けて出て来た言葉を聞いて、黒やんは思わず眉を寄せて相手を見た。



「んだよ、イメージに縛られるって」



急に真顔になった黒やんにクラスメートは少し怯むが、変わった空気を完全には読み切れずに言葉を続けた。
その台詞に、黒やんは固まる。



「や、やっぱ黒やんの横に居っとさ、どーしても黒やん黒やんって言って守られてたガキの頃のイメージで見られんじゃん」


何だ、それ。

黒やんは自分の中に、何かが揺らぐのを感じていた。絶対的だと思っていた物がミシミシと軋む音を立てる

「いや、一般論よ、ふつーこの位の歳になればー、そういうの恥ずかしくなるっつーか、なんつーか、ほら昔の写真とかあんま人に見られたくねーじゃん!」


「オレは」


「や、オレが思ってんじゃねーよ、らんがの話よ!」

「オレは別にらんを守ってきたとか思ってない」



後ろを振り返りながら歩くのは、自分もらんもそうした方が歩きやすいからだ。それは癖の一つのような物で、少なくとも自分はそう思っていた。

守ってきたとか、守られてきたとかそういう感覚で今までいた訳では無い。

でもそれは自分で勝手に思っていた事、らんと答え合わせをした訳じゃない。

思い込んで、らんと自分の関係性だけはどこまで行ってもズレる事は無いと思っていた。
安定を保障された、唯一の平行、そう感じていたのは自分だけだったと思うと、全身から力が抜けていく。
今言われた事が本当なら、らんは今までの自分を恥じているというのか。
変わらないと思い込んで、何だか救われたような気になっていた頃、らんはそういうのをうっとおしく思い始めていたのだろうか

そういう理由で、何だか不自然な接し方をされるようになったのか


盲信し過ぎて思い付きもしなかった事を第三者から言われ、黒やんは今までの自分が浅はかで馬鹿みたいに思えた。

らんの事を、1から100まで全部知り尽くしてるかのような考えだった自分が滑稽であると、クラスメートにそれ以上何をどう反論しても無意味に思えた。



それから数日、その事ばかりが黒やんの頭の中をぐるぐる回る。
一度らんから掛かって来た電話にも、躊躇してるうちに出られないまま切れてしまった。
一般論、この位の歳になれば誰でも。
分かってはいるものの、予想以上にヘコんでいる自分には黒やん自身も驚いているし、どう対処すれば分からないでいる。

誰も居ない自宅の自室で一人、ベッドの上に寝転びながらぼんやりと考えていた。
電気を付けないままでいる部屋が、どんどん暗くなっていき時間の流れを感じる。
長い時間うだうだとしている自分に嫌気がさすものの、なんとなく立ち上がる気になれなかった。


するとその時、玄関の方から扉が開く音がし、誰かが入って来た様子を伝える。
弟か父親が帰って来たか、と思った黒やんは、それに気にする事なくそのままの体制で天井を眺めていた。
しかし、足音はゆっくりとこっちに向かってくる。

家の中に入って来た人物は、開け放しになってる黒やんの部屋の入口の前で止まった。
まるで入るのを躊躇うような遠慮がちな声で呼ばれる自分の名前で、黒川やんはその存在に気づく。



「黒やん」


薄暗がりに表情を隠したらんが、入口の前に突っ立っていた。
家族が帰宅したのだと思っていた黒やんは、突然の登場に驚くも反射的にその呼びかけに返事を返す。
今まで、らんについて考えていただけに妙なタイミングに心臓がバクバクと鳴った。



「おー・・、鍵開いてた?」

「そんなん、いつも開いてんじゃん」


「まあ、そうだけど」



黒やんが返事を返すと、らんは部屋の中に入り、ゆっくりと黒やんに近づいていった。
段々と表情が見えて来て、笑っているのが分かる。

別にいつも通りだ、そのはずなのに、どこか久しぶりに思えるのは、ここ最近はらんが黒やんの家に突然やって来る事など滅多に無かったからだ。

部屋に二人、しばらくぶりで喧嘩していた訳でもないのに、クラスメートの言葉を思い出して黒やんは妙に緊張する。



「今日も、海に行ってんのかなて思ってた」


「いや、今日はなんか体ダルくて」


らんはベッドの脇に膝を抱えて座った。
寝ている体制の黒やんの目の前にはすぐにらんの顔がある。やけにニヤニヤしてる顔も、久しぶり。
その日のらんは最近の様子とは違い、以前のように絶えず笑顔で近い距離にいた。
急な変化に次また変化、なんだか訳が分からなくなってきた黒やんは、もう考えるのを辞めてらんとたわいない会話を交わす。



「黒やん、サーフィン楽しい?」


「たのしいけど」


「そうか、そうか、楽しくてよかった」


「何だよ、何が言いたいっつーねん」


「何でもないさあー聞いてみただけだあ」


そのまま、頭だけをベッドに起きゴロゴロと転がすらん。髪の隙間から、ちらりと瞳を覗かせて黒やんを見ている。
物凄い至近距離で視線が合うものの、何も言わないらんに黒やんは気まずくて声を掛けてみた。


「何か言えや」


「オレも行こうかな」


「は?」


「オレも行ってみようかな、海」



一瞬、何を言ってるのか分からず疑問を返したが、らんが海に行きたがっているというのが少し経って分かった。
まさか、急にそんな事言い出すとは思わず、黒やんは言葉に詰まってしまう。
少し避けられているのかと思っていた近頃に加え、先日のクラスメートの言葉、その前にらんがサーフィンに興味を示すとは思っていなかったので、突然の発言に驚きぽかんとしていると、らんが少し不安気に顔を覗いてくる。



「ど、どうかな」


不安気な顔で自分の許可を待っているようならんに、黒やんは思わず吹き出す。
らんが何を考えてこんな事を言いだしたのかは分からないが、そこには最近のらんの面影はまるで無く、昔からよく知るらんの顔があった。



「来ればいいじゃん」



この翌日から、らんは本当に黒やんと共に海に顔を出すようになった。

サーフィンをする訳ではないが、毎日のように海にやって来る。この頃の黒やんに対するらんの態度には非常に波があった。

以前のように黒やんに付いて回る時もあれば、少し前のように一歩引いて接してきたりもする。
かと思えば、一人で小屋の前に座り込んで誰とも話さい時もあった。

それでも、毎日海には来る。

くるくると変わるらんの様子に、黒やんは僅かな引っ掛かりを覚えていた。

それはやはりクラスメートの言葉、結局らん自身はどう思っていたのだろうか。
今は何を思ってここに来て、何を思って自分の隣に居るのか。
けれども、らんに直接聞く事が黒やんはには出来なかった。
クラスメートに言われたような言葉を、らんの口から直接聞く事をどうしても黒やんは拒否したかった。

その時黒やんは、何が本当でも現状を曖昧にしておきたかったのかもしれない。
しかし、白黒の決断は黒やんの動きを待たずに呆気なく目の前付けられる事となった。


雲が延々と続く暗い空の夜、らんは黒やんの声を聞かずに雨の中を走り抜けて行った。

らんが出て行った後の小屋の中には、呆然と立ち尽くす自分と崩れ落ちるように座り込むたえ。

たえの胸倉を掴み怒鳴るらん。
目の前で見たその光景がまるで現実の物とは思えず、黒やんの心臓はバクバクと音を鳴らす。
たえの傍に近寄り、隣にしゃがんで手を掴んだら、泣きそうな顔で黒やんを向いた。


「どうしよう、らんに謝らなきゃ」


「なんで、らんと何があったの」


「まずい事、言ったのかも」

掴んでいるたえの手は、ハッキリと分かるように震えている。あんなに憤るらんを初めて見て、気が動転しているのがは伝わった。
何しろ、黒やんでさえ、らんの怒鳴る声を初めて聞き、思考が追いつかないでいる。
しかし、それをたえには悟られないように出来る限り冷静を装って尋ねた。


「何、たえはらんに何て言ったの?」


「らんが、女の子だったら、ダイはらんを好きになってたんだろうなって」


「は?」


「かわいいとか、守ってあげなきゃいけないような、とか、はあ、何でそんな事言ったんだろ、嫌だよね、普通」



黒やんはたえの言葉を聞いて、頭が真っ白になる。
浮かぶ言葉は一つだけだった。

ガキの頃のイメージに縛られんのがキツくなってきたんかね

以前にクラスメートから言われて今までずっと頭から消えなかった言葉。

見ないようにしてもずっと視界の端にチラついていた言葉。



「いや、らんはそんな事であんなキレねえよ」


震えるたえを落ち着かせようとしていたのに、いつの間にか自分の方が震えてる。
しかし、黒やんは自分ではそれに気付かない。
黒やんの変化は握られた手からたえにも伝わるものだった。



「でも、確かに私がそう言ってらんを怒らせたんだよ、とにかく謝らなきゃ・・」


「謝らなくていい」


「でも、私」


「お願いだから、らんに謝ったりしないで」


酷く、自分勝手な事を言ってる自覚はあった。
たえの驚いたような顔を見れば、確認出来なくとも今の自分の表情を反映しているようで黒やんは情けなくなってくる。

たえがそのまま何も言わないでいてくれれば、自分勝手な言い分ついでに、自分勝手な苛立ちも沸いてくる。

何なんだよ、イメージとか急にみんな言い出して、らんもらんで、いつからそんなもんに縛られてるとか思うようになった。

まるで今まで我慢してたみたいに、あんなふうに怒りを表にして、そんなに嫌だったのか。

どんな場面でもなりふり構わず、でかい声で自分の名前を呼んで、こっちの都合もお構い無しに付いて回るお前の、どこが守られてるような奴だよ。

どうしても変えなきゃいけないのか、どうしてもそうじゃ駄目なのか。

いいじゃんか、何がどう変わろうと、らん、お前はそのままでいれば。


俯くと絶え間無く浮かんでくる言葉は、どこまでも身勝手だと黒やんは思った。

ぼんやりとしままま、頭に一つのイメージを浮かべる。
道を歩く自分が、やはりつい癖で後ろを振り返る。
しかし、そこにらんは居ない。
その時の自分は、いつもと同じように仕方のない事だと思うだろうか。

そこまでは、想像出来なかった。

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あきゅろす。
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