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99幼なじみの延長戦(前編)
口が開かれるのを、今か今かとじっと待ちながら凝視してくるらんを眺めながら、黒やんは思い出す

そういえば自分には持論があったのだ、と。

らんが今までに無い程真剣な目で質問を投げかけているというのに、不思議な事にどこか懐かし気な気持ちでそんな昔の事を思い返していた。

その持論を持ち始めた時の事を、今でも明確に覚えている。

そして、自分がどれ程、それを盲信していたかという事も。





【幼なじみの延長戦(前編)】




小学校に上がったばかりの頃に、母は突然家を出て行った。
家の中が変化して、落ち着かなくなった黒やんは、部活に入る事にした。
野球部を選んだ、元々野球が得意だった黒やんは、本格的に練習を始めるとより嵌まっていく。
小学校三年の時に来た転校生が野球部に入って来た。
黒やんは初めて自分より野球の上手い同級生に出会いカルチャーショックのような物を受ける。
その後、転校生とは部活内で一番仲良くなり、共にキャプテンと副キャプテンになった。
中学に入っても、転校生、誠悟はすぐレギュラーになるだろう、きっと中学に入れば野球のレベルはずっと上がる。
また誠悟と一二を争えるように自分ももっと練習しなくてはと思った矢先、また誠悟の引っ越しが決まり同じ中学に行く事は無くなった。

小学校を卒業し、中学生になった。
春、一人違う制服を着た坂本が鳩中の入学式に紛れ込んで、見つかる。直ぐに中央中に連絡され連れて行かれた。
黒やん自身も、この日まで坂本だけ中学が違うとは知らず、本気で間違えて制服を買ったのだと思っていた。
校区の関係で、坂本だけは中央中学校。
家はそう遠く無いのに、どうしても別れてしまうらしい。黒やんはその社会の決まり事に微妙な違和感を覚えながらも、きっと仕方の無い事なんだろうなと思った。

思い返せばその日が、幼なじみ三人で登校した最後だった。

誠悟は居ないが、黒やんはまだまだ野球が好きだったので、中学でも野球部に入る。

中学の野球部は、悪い意味で想像していた場所と全く違っていた。
けれども、黒やんは入部した。
野球をしない事などその時の黒やんには考えられなかった。

それから5週間後、黒やんは二三年の先輩を殴って強制的に退部になる。

向こうに非はあったものの、怪我をさせてしまった事と他の部の生徒にも見られてた事で黒やんに歩が悪い自体になってしまったのだ。
不憫に思った教師が、市のジュニアチームを紹介したが、黒やんはそれを断った。

野球が嫌いになった訳では無い、5週間前は野球をしない生活など考えられなかった

しかし、黒やんは自分の中で何かが冷めていくのを感じたのだ。
切れたような音を聞いた、それは野球に対してではなく、覚悟を決めて入部したのに強制的に退部させられるような事をした自分にだった。


色んな事がどんどん変わっいく、その中には変わって欲しく無い事も沢山あった。
けれど、全て仕方のない事だと思ってた、仕方ないと受け入れて全てを見送って来た。

野球を続ける為ならどんな事でも我慢出来ると思っていた自分が、頭に血が上った瞬間、野球よりも二三年に対する憎しみを優先した。
二三年に申し訳無いと思ってる訳ではない、それでも前のように野球は出来ないような気がした。

自分の中で野球と憎しみの優先順位が変わった瞬間から波が急激に引いていくのを感じる。
それをも仕方のない事のように感じる。

冷たくなっていく自分の中にある物に黒やんは少し怖くなっていった。

こういう時、今まではどうしていただろうか。

黒やんは今まで変わっていった物事をざっと頭の中に並べて思い返してみる。

頭の中を整理する為のその行動だったが、偶然に、見事な共通点を見付けてしまった。

それを全て覚えている自分も、なんか可笑しかった。

小学校一年、母が出て行った当初、らんが連日のように、夜黒やんの家に来るようになった。
寝巻き姿のままタクシーに乗って。黒やんを慰めようとしてたとか、そういう訳では無く、夜に大人が誰も居ない家というのを秘密基地感覚で楽しむ為に。

らんが毎回腹が減ったと泣く。ガリガリでチビならんは空腹にさせておくと死ぬかも知れないと焦り、簡単な調理器具の使い方を覚えたのもその時だった。

結果的に、そっちに意識が集中していた時期だったので母の不在を不安がる暇は無かった気する。


野球が上手い転校生が来た時も、らんに話したらその日の放課後一人少し離れた場所で野球部の練習を見に来ていた。

「黒やん、どいつ?」とやたらでかい声で叫ぶので、自分の事を言われてると感づいた誠悟に「お前一年生?」と聞かれ怒って帰っていった気がする。


そして誠悟が引っ越す時、渡す色紙を買いに行くのにもらんはついて来た。
花柄とかうさぎ柄とか、やたら女向けの奴ばかりを黒やんは薦められて真面目にやれよと怒ったのを覚えている。


鳩中の入学式でも、連行されていく坂本を鳩中の生徒が唖然として見ている中でも、らんは黒やんにずっと話し掛けていた。
「オレらが中央の入学式に紛れ込む手もあったな」とか言われた黒やんは思わずらんの頭を叩いた。



共通点は、どの場面にも、らんだけが変わらず居た事だった。
良いも悪いも無しに、らんただいつもそのままだった。
黒やんは、仕方ないと思わなくてはいけないような必然の変化にも、らんだけには通用しないような気がした。

これが、黒やんの持論だった。

らんは、変わらない。





幼い頃を思い出した、歩幅が狭いらんと歩く時に癖になっていた行動。
目を離せば直ぐにはぐれてしまっていたらんを、振り返りながら歩く事。
ちゃんと後ろにいるかの確認を無意識にするようになっていた、ずっと幼い頃。
小学校高学年になる頃には、もう必要無くなって居たが、未だにらんは黒やんの少し後ろで背中を見て歩き、黒やんも時たま振り返る。

らんは変わらない、そこには自分にとっての不変もあるように黒やんは感じた。




野球部を辞めてから、黒川の名前は鳩中で一時ブームとなった。
鳩中で柄の悪い者の集まりと言えば、野球部か帰宅部。似た人種にも関わらずその二つは非常に仲が悪い。なので、野球部の二三年を打ちのめして退部になった一年の存在に帰宅部は興味を持ち、黒やんは度々絡まれるようになった。

帰宅部の先輩に流されて、ドロンコケロちゃんと名の付いた集団に居た時、自分が何を考えていたか正直黒やんはあまり覚えていなかった。
らんにも言われた通り、荒んでいたのだ。
最低限の電池で動いていたような生活、考える事までに力は回ら無かった。

ただ、いつ限界が来てもおかしくないとは常に思っていた。
炎で例えるなら、もう完全に溶けてあと一寸で消えてしまうような蝋燭の状態。
余り誰とも話したく無かったし、誰の顔も見たくないと思っていたが、その時もらんの元には定期的に訪れていた。

自分自身に途方に暮れていた不安定な時期だったが、らんを目の前にしてる時だけは不思議とリセットされるような気がした。

自分の中や周囲は思いも寄らずに変化していくが、やはり相変わらずらんは変わら無かった。
そして、変わらないらんを前にしたら自分の中にも変わらない物を黒やん見る。
しかし、見た目の変化がらんに訪れていたのは丁度その頃、会う時らんはいつもベッドの中で関節が痛いと言っていた。

どこに行っても一番小柄だったらんの身体は少しつづ成長している。


「聞いてよ、声も、あーあー」

「さっきから聞こえてるっつーの」

「やべえオレもう恥ずかしくて喋れない、ヘリウム吸おうかな、あーあーいやだー」

「そっちのが恥ずかしいわ」



目に見える変化にまるで比例しないらんの言動に、黒やんは持論をより確固たる物にしていった。
低くなる声で繋がれる言葉も、伸びる手で自分を掴んでくる力も、背中をついて来ていた頃から変わる事はない、この先もずっと、そう黒やんは思っていた。



それからしばらくして、黒やんは呆気なくケロちゃん生活を終わらせる事となる。
惰性で続けていた生活を区切ったのは、遊びでやっていたキックベースの最中、スライディングに失敗して足首に皹を作ってしまい、自宅で療養してる時にふと全てが阿保らしく思えたからだ。

それまで抱えて感情は限界に達して破裂したのでは無く、風船からゆっくり空気を抜くように出ていった。
負の感情も一緒に消えたが、脱力感にしてはそれまで異常だった。

何やってんだろうなオレ、とギブスに覆われた足元を見ながら思う。

野球も辞め、ケロちゃんも辞め、空っぽになっていた黒やんが出会ったのが、叔父に誘われてなんとなく行った海に居たサーファー達だった。

チームプレイの野球とは違いサーフィンは個人のスポーツだったが、サーファー達は同じ趣味を持つ者達と関わり合う事を好み海に集っている。
そこには、鳩中にあった上下関係の仕組みとは全く異なる物があり、年齢や性別はあって無いような物だった
黒やんは直ぐにサーフィンに興味を持ち、触れれば瞬く間に夢中になった。
野球以来に高まるのを感じ、空っぽで乾いていた黒やんの中はあっという間にサーフィンに満たされる。

野球への未練や、変化への恐怖を忘れ、しばしサーフィンに浸かる日々を送っていたら、他の日常も忘れてしまっていた。

サーフィンに嵌まって数ヶ月経った頃、義務教育と言えど流石にこの出席日数では進級させられないと担任に叱りを受け、ようやく落ち着きを取り戻した黒やんは日常を見つめ直し学校生活に戻る。


サーフィンを始めてからの数ヶ月の間は、らんと直接会う事は少なく、そこ一月はほぼ電話でのやり取りだけだった。


久々に登校した初日、黒やんは数ヶ月離れていただけでも妙な懐かしさを感じ一人廊下を歩く。
廊下の窓から見える景色も、ケロちゃんに居た頃とは全く違って見えて、思わず黒やんは前を向かずに廊下を進んでいた。

誰かとすれ違った感覚を覚えた後に、自分の名前を呼び掛けられるまでは。



「黒やん」




よく耳覚えがあるが、どこが違ったトーンの声。
頭を上げればそこには、確かに知っていて、でも知らない姿があった。




「今日ガッコ来てたんか!」



少しづつ成長しているどころでは無い、頭の位置は自分よりも大分上にある。
面影が無い訳では無いが、数ヶ月前とは丸きり別人で、しかしそれはやはりらんで。
よそ見していたと言えど、すれ違った時には全くらんだと気づかなかった、と黒やんは突然のサプライズを純粋に驚いた。

当のらんは、固まっている黒やんを気にする事もなく数ヶ月前と同じ調子で話し出す。



「おお黒やんなんか髪伸びたな〜」


「オレの髪よりお前自体の方がどう見ても伸びてんだろ」


「うははー自分ではあんま分かんね〜んだって〜」


「んなわけねーだろ、この前までお前跳び箱位しか無かったんよ」


「跳び箱って、何でそんな定まってないやつに例えてくんだよ〜」



最初は余りの違いに驚いたものの、口を開けばらんに変わりなくて、すぐに慣れて黒やんも言葉を発せた。
少し安定しない立ち方や、笑う筋肉の動きをよくよく見ればさほど変わってないような気もする。

その時の黒やんは、変わらないらんに安堵しつつも、無意識に面影を残している部分を細かく探していた事に自分では気付いていなかった。

それは、黒やんが忘れていても無意識の中に潜む変化に対する恐怖。

それをハッキリと自覚し直し始めるのはこの時よりも後だったが、そう遠い話ではなかった。


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