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98来た時よりも美しく
頭に乗っかった掌は、撫でるというより、掴むというような感じでしばらくオレの髪を指に挟み離さなかった。


瞬く間のスピードで、密室のはずのこの部屋に風が吹いたような、まあ幻。

それは救いを求めていたオレだけではなく、完全に完了を確信していた宗方も感じた幻。



「なんでお前がいるのよ・・・」



ああ、ずっとこんなふうに話したかったんだ、それはもう随分と前から。
それなのに、ぱっかりと開きっぱなしになっている口は動かず、言葉が全く出て来ない。
ずっと待ってたんだ。
この問題が片づいたら
オレの問題も片づいたら
坂本が戻ってきたら
一見落着だ、って、もう何も心配はないなって
夏は終わっちゃったね、もう何も出来ないけど、やっとお前が戻って良かったって、口に出すつもりはなかったけどそういう事を実感しながら、お前と話したかったんだよ

でもほんの10秒前まで、もう無理かなって思ってたから、間に合わなかったって思ってたから


変だな、随分前からずっと坂本に会いたくて、言いたい事沢山あったのに

目の前のお前すら幻みたいで言葉が出ないよ



「本当のラスボス登場だ」



なかがわが笑った

蜃気楼だと思っていた水溜まりに、魚が跳ねる




【来た時よりも美しく】




半分屍化していたオレに、状況を判断するのは難し過ぎた。
何故、ゴミバケツから坂本が出て来たのか、ハクション大魔王がランプから出て来る方がまだ現実味がある。

なかがわが宗方にボコボコ蹴られて、携帯カメラのライトがピカッと光って、オレは手も足も出ず、もがくのみ。
宗方が何か言った瞬間だ、部屋の隅から物音がして巨大な何かがガタガタと揺れた。
暗くてよく分からなかったそれは、巨大なゴミバケツ、その存在を認識するよりも先に中から出て来たのは坂本。

どんな流れで今この状態にあるのか辿って思い返すけど、言葉に直せば余計にオレの妄想みたいな話だった。



「ふざけやがって・・何の真似だ」




目の前の坂本に納得が出来ない気持ちは、オレよりも宗方の方が強いようだ。
怒りや憎しみをこれ以上無い程充満させた声がオレの耳に届く。
まさかの態勢逆転、同情は出来ないが苛立つ意味は分かる。
オレだって、このまま宗方の思い通りにいくと思っていたのだから。




「あれ、お前が言ってたんじゃん?なかがわ捕まえた奴には10万って、オレじゃ嫌だった」



「てめえ、何時からここに居た、誰が情報漏らした?言え、殺すぞ」



「んはは!今更そんなん聞いて何か意味あんの?」



今にも掴みかからんばかりの宗方に坂本が向けるのは、余裕の笑いと長方形のデジカメ。
それを見た宗方は、更に眉間に皺を寄せ、再び口を開き何か言おうとする。
しかし、それより先に、坂本は動画の再生ボタンを押し、言葉を遮るように小さな機会から音声が流れ始めた。



『一瞬で、人生が180度変わる?それは、今ここで死体になってもおかしくないようなテメエの事だろ、一緒にすんな!』



『っは・・!』




ほんの一瞬だけ再生された声だったが、その内容はこの場に居る全員が聞き覚えのあるもの。
宗方の顔は、引き攣る、微妙に震える手は、怒りからか動揺からか。
勢いよく坂本に振りかざされた拳からはどちらとも判断出来た。


宗方の攻撃をもろに顎にくらった坂本は一瞬よろめいて、オレは思わず声を上げ上体を起こそうとするが、顔を押さえ下を向いた坂本と目が合い止めた。

坂本は肩を揺らしながら笑っている。
声を発さない息だけの笑い方は益々宗方の逆鱗に触れた。





「いい気になんじゃねえぞ!!そんな茶番がどうした!!証拠でも握ったつもりか!?警察にでも持ち込んでホームレスの人権でも訴えるつもりか?その前にお前ごとブチ壊してやるよ赤部のクズが!」



「アハハ!警察ね!そんなんもあったわな」



「ああ!?」



「ふはは、お前なら知ってると思ってたね、悪い噂を広めたいなら誰に言うのが一番手っ取り早いか」




激しく牙を剥く宗方に、坂本が何を言いたがってるのかオレにはよく分からない。
宗方もふざけたような態度の坂本に相当苛立っている。
ゴミバケツに身を隠してまで撮影したさっきまでの宗方となかがわのやり取りを、坂本はどうしようとしているのか。
なかがわの状態は、いくらなんでも茶番で済まされるようなもんじゃない。
警察だって、無反応なわけはない。
でも坂本の目的は、宗方を警察に突き出す事じゃないようだ。




「なあ、ポリスじゃねえだろ、こういうのはスキャンダルに飢えてる奴に見せんのが一番気持ちいいんだべ?」


「ああ?何が言いてえんだよ?」



「樫木の宗方のスキャンダルに、グロリアスの奴らは死ぬ程食いつくだろって、言いてーんだよ」



下を向いて笑っていた坂本は、瞳だけ上げて宗方と視線を合わす。
そして、パーカーのポケットから取り出すのは、自分の携帯。
デジカメと携帯を赤外線で通信させ、動画を携帯に移動させる作業を宗方の前で行った。



「お前、赤部とか樫木とかそういう線引き言ってっけど本当はそうじゃねーんじゃん」


宗方は、赤部の人間を見下している。樫木生の大部分はそうかもしれないが、宗方のそれはもはや憎悪の域に近かった。
一体何が、そこまで沸き上がらせるのか、なかがわとの話を聞いてオレもずっと考えていた。



「本当は自分以外、全員馬鹿でクズだと思ってっから、わざわざ他の奴ら呼ぶ前に一人でここに来てくれたんしょ、死んでも他のグロリアスの奴らには知られたくねーだろ自分の悲惨な昔話は」



坂本の言葉に、宗方は再び拳を握りしめるが、それは振り上げられずに爪が食い込んでいくだけだった。

言葉を発さない宗方に、坂本はゆっくりと近づいて、携帯を持った片手をパーカーのポケットに突っ込む。

「これがグロリアスに載ったら、宗方くんも人間なんだなーって樫木の奴ら親近感湧いちゃうね、意外と余裕無くて安心したわ、って友達増えんじゃん?」


そうか、坂本が欲しかったのは、なかがわの暴行現場の証拠ではなく宗方がなかがわに執着していた理由。
樫木の、グロリアスの皮を脱いだ宗方の本音だ。



「誰がんな事させるか!!調子こいてんじゃねえよ!」

「ああ?自分が見下してる奴らに見下されんのがそんな怖えーか」


掴みかかる宗方に、坂本も力を入れ押し返す。
二人の動きで、ごちゃごちゃとした室内は物と物がぶつかり合い揺れる。



「黙れ、てめえごときが勝手にオレの事語ってんなよ、何が悲惨な昔話だ!!」


「周りに自分より不幸でいてもらわないと正気が保てなくなっちゃったんだからさあ、十分悲惨だべ」



坂本は、宗方の衿元を両手で掴み、思いっきり自分に引き寄せた。
自分より5センチ程高い宗方を至近距離で見上げる。


「ねえ、赤部はさあ、オレのもんなのよ。入ってくんのはいいけどさ、勝手にレベル下げないでくれる?」


口元は笑っているが、瞳はギラギラといびつに輝いて宗方を食い殺しそうだった。
最初は、ふざけたような態度だった坂本の空気がここに来て少し変わる。

勢いよく坂本を威嚇していた宗方も初めて躊躇を見せ始めた。




「おい、ボタン一個よ、オレが押せば、これがグロリアスに載る、でも別にこんぐらいでお前の人生が180度変わりゃせん、ただお前が自意識で死にそうになるだけ、自分だけいい酸素吸って生きてっと思ってんかんな、笑えんじゃん」



「やってみろ・・殺すっつってんだよ・・」



「そんなにオレと心中してーのか、考えろや、別にオレ殺さなくても、グロリアス自体なきゃオレは載せたくても載せれねーんだわ」


「は」



「人に見られたくなきゃ、今グロリアス消せ」



そう言って坂本は、視線を宗方のポケットに落とした。ポケットの中にあるのは、宗方の携帯。
グロリアスのデータは全てその中に入っている。
今までの全てもの元凶になっていたそれは、勿論ボタン一つでグロリアスを跡形も無く消す事も可能である。

やけにあっさりとした提案に、宗方は勘繰るように表情を変えたが、坂本がそれ以上何も言わず宗方の動きを待ってるのを見て本気でそれで済まそうとしてるのだと知る。


宗方は、何も言わずおもむろに携帯を取り出す、宗方を掴んだまま坂本も、その様子を眺めていた。

携帯を開き、ゆっくりとボタンを動かしていく宗方、画面を覗き込んだ坂本は、グロリアスの管理画面を確認する。




「早く消せや」




管理画面を開いた後、指を進めずにいる宗方に坂本は追い込みの声をかける。
宗方は、無表情のまま何も答えない。
様子を伺おうと、坂本が覗き込むように宗方を見れば、微かに動いた唇が視界に入った。



「・・・ざけんなよ」


「ああ?」


「カス共の救世主のつもりか、コケにしやがって・・・」



一瞬の間、宗方が反対側のポケットに手を伸ばした。
取り出したのは折りたたみ式のナイフ。
宗方の目は、完全に正気を失っている。




「オレを揺すった気になんなや・・」



やばい、とオレは瞬時に感じ、肺に息が止まった感覚がした。
ナイフをちらつかせる宗方と坂本の距離は危ない。
オレはがむしゃらに腕に力を入れながら叫んだ。

ピクともしなかった腕の縄から微かに繊維のちぎれる音がする




「クソ・・!!テメエ!!坂本に触んじゃ ・・・」





オレの声が響いたと同時だった、空間の中に光と共にシルエットが表れる。

何が起こったなんて確認する暇は無かった。
シルエットは物凄い速さで、生身の人の形になっていく。


激しい足音は、オレの体にも響いて、坂本と宗方のいる中心に止まる。



吹っ飛んだのは、坂本だった。

強引に宗方から引きはがされ、背中から段ボールの上に崩れ落ちる。

坂本に代わって掴み掛かっていった腕の力には、錯乱していた宗方ですら動揺していた


鋭い眼差しが今度は宗方を上から見下ろす




「誰だ、テメエ・・」



突然に現れた第三者に、殺気を向けられ、宗方は完全に余裕を無くし声を震わせる

事態についていけず、吹っ飛ばされた坂本の方に目をやれば、坂本も少し驚いた顔で、でも笑っている




「口聞いてんじゃねえよ」




宗方がその声を聞く間があったのか分からない、言い終わるよりも先に、宗方は室内の最果てまで吹っ飛ばされたからだ。

宗方の携帯がごつりと音をたてて室内に落ちた所で、オレはようやく佇む後ろ姿に声を掛けた




「良樹・・・?」



「なんだここは・・分かりずれえんだよ・・」



走ってやって来たのか少し息切れして良樹がオレに告げた。

なんで、良樹がこんな場所にやって来たのか分からず、オレは頭が混乱する。

その後で坂本は、宗方が落とした携帯とナイフを拾い、オレ背後に腰を下ろした。

腕の締め付けが、すっと消えていく感覚、固まっていた両手首は少し痺れている。
顔を上げれば、坂本がナイフを畳みながらオレの真上にいた。



「バケツから出る前にさー、保険で良樹に助けててメールしといたんだわ、場所とアジトの事書いて、遅せーから忘れてたけど・・」

今までの修羅場がまるで無かったかのように、坂本が普通に話し掛けてくるもんだから、オレは無性に腹が立って感極まって、喜んでいい所かもしれないのに訳が分からない気持ちになる。


「さかともテメエ馬鹿ヤロウ何だよ、何なんだよ、なんで、お前、どうして」


「フハハ!」


「何がおかしいんだよキレんぞテメエ!!」



決して笑わせる気なんて無かったのに、イレギュラーに笑った坂本に対し、益々苛立ちが沸く

久しぶりに自由になった手で一発殴ってやろうかと考えていたが、それよりも先に坂本の両腕がオレの頭を体重を掛けてがっしりと抱きしめてきた



「あー・・・・・つかれた・・・」



顔の見えない所で、そんな弱々しい声を体温と一緒に伝えてこられれば、もうけれ以上何も言えなくなるに決まってんじゃないか坂本の馬鹿。
だってオレはずっとお前を探していたんだから

腕の中で坂本の心臓の音を聞いたオレは、気付かれないように少しだけ泣いた。






それからしばらくして、足首も自由になったオレは、ようやく人間らしい体勢で良樹と一緒になかがわの腕に絡まった鎖を外した。

足首はオレと同じような縄だった為、すぐにナイフで切れたが、ぐちゃぐちゃに絡まった金属を解くのには結構手間がかかる。

その間に、坂本にここが一体どこであるのかを問いただしていた。




「ここは、ダイマーの粗大ゴミと資源ゴミ置場、毎週回収されるわけじゃねーから、回収の日までここに溜めてんの」


「え、じゃあここダイナマイトの近く?」


「そそ、小道入ったすぐ裏」


気が付いた時には、ここにいたので、場所の感覚が一切分からなかったが、ぶっ倒れた場所からそこまで移動したわけじゃないらしかった。

オレがダイナマイト前にいた時には、こんな場所があるなんて気付きもしなかったので坂本のメールだけでやって来れた良樹はやっぱ違うぜ。


それだけオレに告げれば、坂本は、意識を失った宗方を担いで一旦どこかへ消えていった。
時間にして5分程度、まさか川に捨てて来たんじゃないかと怖くなりオレは戻って来た坂本に尋ねる



「坂本、どこ連れてったの?」


「天国」


「殺ったのか!?」


「天国つってんだろ、地獄じゃねーよ」



どちらも死後の世界には変わりないじゃないかと思ったが、さすがに殺す訳はないと正気に返る

真面目に答える気のない坂本は、一人段ボールに寝そべポケットから宗方の携帯を取り出し弄り始めた。


その間に、ようやくなかがわは鎖の紐から解放され、気分よさ気に腕を振る

なかがわのそんな様子を眺める良樹も、来た当初の殺気を微塵も感じさせる事なく静かな声でなかがわに尋ねた。




「またうちに帰ってくるか?」




良樹の短い呟きに、なかがわは少し驚いたような表情を見せた。
なかがわが消えた時、良樹が、なかがわは出て行ったのかもしれないと思っていた事をなかがわは知らないから。
良樹の言葉の本意に気付く事なく笑って答える。



「うん、明日花火しようよ」


結構真剣だった良樹の言葉の意味を読まず、脳天気に返すなかがわの顔を見た良樹は満足そうな相槌を打った。


ようやく全員が自由の身となり、小屋を後に出来る状態も完了した矢先、段ボールに寝そべっていた坂本はオレに手招きをし、近寄って行ったオレの腕を引っ張って起き上がる。

手招きの理由は、坂本に差し出された宗方の携帯にあった。

画面に映し出されているのは、はい、いいえの二文字、それが何に対する選択なのか言われずとも分かる。



「これでグロリアスが消えるわけね」


「そ、お前の嫌いな二択よ、選べる?」


「坂本、オレはもう絞れるようになったんだぜ」



こんな選択なら悩まずとも導き出せるが、オレは大事にしまっていた坂本の言葉を心の中から取り出した。

最後はオレが選んでやる


この夏は、オレはその言葉でここまでやってこれた気がする


ずっと想像していたんだ、だから、オレは、坂本が何て言ってくれるのかを聞いてみたいと思っている。




「でも、坂本、最後の最後だから、オレに選んでやってくれ」



訳の分からない事を言ってると自覚はあったが、オレの言葉を聞いた坂本は、にいと口の端を上げて瞳を向ける。
ライトの消えた携帯画面にオレの顔が映ると同時に坂本は指でオレの額を弾いた


「もちろん、ゴー」



坂本の行け、の合図で笑ってしまっているオレの顔が携帯画面に映って自分を見ている。

はいのボタンを押した後の視界には、閉じた携帯と歯を覗かせて笑う坂本顔があった。




「来た時よりもうつくしくなったんじゃん、世の中」


なんだそれ、遠足か
そう突っ込んだら、似たような事と坂本は言った。

訳が分からなかったけれど、坂本がいかにも上機嫌に歩き出すからオレもそれを真似てでたらめな鼻歌を歌ってみた。


ここまでは、よかったのだ、これで全て片付いたと思っていたから。
しかし、実はこの後に急激などんでん返し迎えるとも知らず、オレらは小屋の出たすぐで足止めを食らっているなかがわと良樹を少し遠目で発見してしまったのである。



「あれ?二人誰と話してんの、え・・・ケーサツ!?」


「あっちゃ」


「あっちゃ!?」


「今何時?」


「えーと・・23時35分」


「あっちゃ!!」


「おい!あっちゃ!ってなんだよ!!!」



しばらく小屋から出るのを渋っていた坂本と、諦めて外に出てみれば即効にポリスに捕まったオレ達。

坂本は苦笑い気味に適当な事を言っていたが、未成年同士の集団暴行がこの小屋で行われていると通報があったらしくかなり怪しまれていた。

そして、何故か、警察の傍らに居る気まずそうな横須賀君。

一体何の偶然なんだかと、現実逃避したオレの心も空しく、その場にいたオレ達全員は警察署で0時を迎えてしまった。

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