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97プロジェクトエコロジー
淡々と続いていたメールが途切れて10分、ついにドッキリのネタばらしが始まったのだと横須賀誠悟はそれで知る。


クーラーの効き過ぎた店内に一人、注文したホットコーヒーはもう空。
傍から見れば暇を潰しているような誠悟の本当の役目はここから始まった。


メールが途切れてから過ぎた10分間を差し引いて、時計を見る、あと約48分、最低でもその間は、まだここを動けない。



今から20時間以上前、というよりもう昨日の話だ。
この壮大な手間を掛けたあの男の目論のクライマックス。

昨日、坂本明男の姿を見た最後の時に、奴から言われた事を誠悟は思い出す。



「オレが出てってから1時間以内には片付ける」


黒の半袖パーカーの中に黒の七分丈Tシャツ、下は綿の黒パンを履いた坂本は、パーカーのフードを被った姿で誠悟に告げる。
遠目から見れば動く黒い固まりにも見える坂本。

スパイのような物だから、坂本なりに念を入れてるのかもなと誠悟は思う。



「で、万が一、1時間以内にオレから電話が掛かって来なかったら、ポリスと一緒に踏み込んで、せーご」


フードから茶色の瞳を覗かせて、坂本は誠悟に最後の指示を出した。


坂本から妙な頼み事を受けたのは夏休みの始め、気が付けば、もう夏休みは終わろうとしている。

まさか赤高に来て最初の夏休みを全て、坂本明男とこの件に費やすとは思っていなかった誠悟だが、ここまで来ればやはり楽しみになってくる。


馬鹿らしい仕掛けを駆使した坂本によるクライマックスを。


夜が更けるにして客層が変わっていく店内で誠悟は、本日に至るまでの日々を、しみじみと思い返していた。






【プロジェクトエコロジー】







今回の件で、大まかなシナリオを考えたのは坂本。
誠悟の役割は、細かい設定を作る事だった。

坂本明男が何をやりたかったのか、一言で言えば、「那賀川亜治斗を餌に樫木を釣る事」である。



7月、一人暮らしの誠悟のアパートに突然やって来た坂本は、事の状況を説明するより先に自分の携帯を広げて見せる。
iモードに繋がりっぱなしの携帯の画面には、誠悟の目の前にいる男、坂本の無防備な写真があった。
明らかに隠し撮り、いきなりに怪し気な物を坂本本人から見せられて誠悟は不可解そうに眉をひそめる。

そう、それこそ、グロリアス上に突如設置された坂本掲示板だった。
設置されてさほど日にちが経っていないのに、既に何ページにも坂本の姿が晒されている。
坂本の行動を陰で追っているかのようなそれは、ストーカー行為に似た物を感じる。

しかし、何故自分にこれを見せてくるのか、坂本の心境が解らず誠悟は尋ねる。


「なんなわけ、これ」


「知らねーアドレスから送られて来た」



自分の状況に取り乱す事も無く今度はメールを画面を開き携帯を手渡して来る坂本。
メールには誠悟も見覚えのあるURLと不規則な英数字のパスワードが打ち込まれている、間違い無くそれはグロリアスへの入口。
平然とした様子の坂本に誠悟は一筋の予感を感じた



「もしかして、何か心当たりあんの?」


樫木高生を中心に表沙汰に出来ない社交を繰り広げる登録制サイト、グロリアス。
素性が分からないのをいい事に、赤高生を巻き込み、薬に手を染めさせたり、逆に薬や金を誘い文句に騙し、暴行や恐喝を行う。
誠悟も、以前に興味本位でグロリアスのパスワードを手に入れた事がある。
入手の仕方は簡単だった、とある個人のサイトの交流用掲示板に、自分は赤高生だと名乗り挨拶を書き込む。
それに返事を返して来た者と、何回か掲示板上でやり取りをしたら、向こうから直接メールをしようと持ち掛けられるのだ。
そこで完全に赤高生である、という事を認められたら、面白いサイトがあるとグロリアスのパスワードを向こうから渡されるのである。
そのやり取りが完了した後、グロリアス会員を名乗る物からそういう類のメールがわんさか届き、グロリアスのシステムが分かった誠悟はメールアドレスを変えた。


誠悟が思うに、グロリアスをやっている樫木生は強者と弱者を作り、その強者に自分達がなりたいのである。強者になるには、自分達の得意分野の上で行わなくてはいけない、樫木生達が自負しているのは知恵と世間体の良さだ。
それを目で確かめるには、分かり易い弱者が必要。
自分達の真逆の存在として選ばれたのが赤高である。同じ世間体の悪い馬鹿高でも、仙山はいけない。
仙山は集団意識が強い、引っ掛けた相手が悪ければそこから何人出て来るか分からない、それに仙山には偏差値とは別の意味でのステータスがあるからプライドも高い。いざとなったら奴らは警察すら恐れず反撃してくる。
それに引き換え、赤高は人種が様々なので意外と纏まりが無い。男子高という点でも簡単に近づき易い。だからターゲットは赤高。
赤部というだけで、樫木は見下しに入る。
しかし、赤高と名がついていても、手を出してはいけない例外もある。
その代表が坂本明男だ。幾ら樫木と赤高という対極に位置した存在でも、坂本を知らないようじゃただの馬鹿だ。
下手したら仙山に手を出すよりも厄介。樫木もその辺りの分別は付けた上でアンダーグラウンドを築いていると思っていたのにと誠悟は、心の中で苦笑いを零す。
一体何がきっかけで、グロリアスは坂本にまで手を伸ばしたのか

誠悟が坂本掲示板を作った樫木の目的に思考を巡らせていたら、何かを確信しているような坂本が視界に入り口を開いた。



「心当たりっていうか、確実にそうだっつー事が一つあんだよね」



坂本は携帯を開け閉めしながら目を光らせ呟く。
グロリアスに自分の写真がある事など、普通に見れば窮地に立たされているようなものだ。それなのに坂本は、先手でも取ったかのような余裕に満ちた表情で誠悟を眺めた。



「これをわざわざオレに見せて来る時点で、向こうは焦ってんだよ」


「何を焦ってるって」


「なかがわアジト狩りを坂本明男に邪魔されねーか、よ」


「那賀川亜治斗?」


那賀川の名前が前からグロリアスで出回っていた事は誠悟も知っている。
しかし、この掲示板と那賀川に何の関連性があるのだという疑問を噛み砕けないまま、誠悟は坂本に返す。



「そ、アジト、向こうが勝手に勘違いしてんの。オレがアジトが狩られねーように何かするんじゃないかって、だからわざわざオレに見せ付けてくんのよグロリアスでオレの事見張ってるから手出ししよーとしても無駄って」



「この掲示板って、そういう意味なの」



突如現れた、坂本で埋め尽くされた掲示板。
誰かも分からない者が自分を付け回し、誰かも分からない不特定多数の前に晒す。一見、それを本人に見せる事は、精神的ダメージを与える事が目的とも思える。
しかし、本当の目的は、坂本にダメージを与える事だけではない。
本当に樫木が潰そうとしているのは、那賀川亜治斗だと、坂本は言う。
那賀川を潰すのに邪魔な存在である坂本を先回りで監視し、グロリアス上で警戒を呼び掛け、坂本自身にも認識させておく事で動きを封じるのが目的。



「わざわざ家まで来て、窓ガラス割ってちゃう程ビンビンに威嚇してんのよ、オレを。そこまでして、アジトの背中にマジックで羽かきてーんだってこの男」




そう言って坂本が誠悟に差し出して来たのは、携帯に映し出された宗方の隠し撮りだった。
ダイナマイトで宗方と初めて接触した日、羽交い締めにして自分を連行するセージくんに坂本はこっそりと耳打ちする。
「あの真ん中の携帯いじってる男、こっそり写メっといて」と。
その一瞬のやり取りを、宗方はずっと睨んでいた。
坂本はその視線に気付き、ニヤリと笑う。
軽薄に話す樫木の集団の中で一人、瞳が冗談では無かった男。
従える取り巻きに言った、那賀川アジトを捕まえた奴には10万、動画残した奴には15万、異常な程の執着を意味する言葉を、坂本は聞き逃さなかった。
宗方もまたこの時、坂本の腹の中の企みを察したのかもしれない。
宗方の中で、坂本に要注意の札が貼られた。


「そこまでアジトに会いてーなら、オレが会わせてやろーじゃんってね、グロリアスのアイドルにして貰ったお礼も兼ねてよ」



「ふーん、出来んの?」



一体坂本が何を企んでいるのか、誠悟はまだ掴めずにいたが、換気扇の下に座り愉快そうに自分を見上げてくる坂本が、何故自分の元にやって来たかをなんとなく理解した。
誠悟の笑みに、益々愉快に笑う坂本は立ち上り言葉を返す。




「だから手伝ってよ、せーご」



動き出したのは、ここからだった。



誠悟がまず始めた行動は、以前、自分にグロリアスのURLとパスワードを送って来た者のメールアドレスを調べる事だった。
受信メールを遡り、その時のメールを探し出す。
見付けたメールアドレスを、パソコンメールの宛先に入力し、メールを制作する。


「坂本、設定はどうする?」

「やっぱ薬中かね、ハイな感じで」


「難しーだろ」


「ハイな感じで」



この作戦を成功させるには、最初から最後までこっちの正体を疑われずにグロリアス側と接触していく事が重要だった。
その為に、誠悟と坂本は、メール上に架空の「樫木生」作り出す。
その時考えていたのは、その架空の「樫木生」がどんな人物であるかという設定だった。
グロリアスの薬物関係の掲示板では、隠語を用いたやり取りで、取り引きや流通場所の情報交換をしている。それを見て分かるのが、グロリアス内だけではなく、樫木生の間で覚せい剤や麻薬が結構出回っているという事。
覚せい剤や麻薬が違法でリスクの高い物だと分かっていても、偏差値向上がスローガンの樫木でノイローゼになってしまった一般生徒が集中力を高めたり、疲労感を麻痺させたりストレス解消目的で手を出してしまうのであろう。
意外と、仙山や赤高よりも、抵抗や危機感が薄い者が多い、樫木も病んでるな、と思いながら、誠悟はメールを制作していく。



「知人からこのアドレスにメールすればMDMAが購入出来ると聞きました。」


MDMAとは、合成麻薬の一種で、別名×(バツ)、エクスタシーとも称される。
比較的安価で、手に入り易い為未成年の間にも多く出回っている薬である。
錠剤型やカプセル型、又は粉末状の物を口から摂取出来る為、注射や炙りよりも使用した証拠が残りにくいと気軽に手を出してしまう率が高い。
MDMAの名前を出したのは、話を持ち掛ける際に需要と供給がハッキリしていた方が無駄に怪しまれずに済むからだ。
そして、薬物の取り引きを持ち掛ける事でリスクはこっちにもあるという設定に油断させる。



「自分は、那賀川アジトと面識があり、薬を何錠か譲って貰えたら、色々と協力します。興味があればこのアドレスに返信して下さい。こんなもん?」


「普通じゃん、こいつ本当に薬中か」


「別にメールだからいいだろ」


「変換ミスとか入れといた方がよくない」


「余計嘘くせーよ」


「日本語じゃない言語も入れとこうよ」


「遊んでんじゃねーよ」


一通目を送って40分、少し遅めに誠悟のパソコンに返事が届く。
恐らく、まだ信用はされていない、那賀川の名前に食い付き取り敢えず返信してみたという所だ。
イタズラメールに思われるわけにはいかない。
さっそく、誠悟は受信メールを開き、内容を確認する。

『樫木生?どうして那賀川と面識あんの』


一行で送られて来たメールの送信先は、先程誠悟が送った宛先とは違う物だった。
この40分で、グロリアス内に回ったのかもしれない。総合病院みたいに、那賀川担当が回ってきたのか。
上の奴が出て来てくれるならばそっちの方が好都合。
話が早く進むと、誠悟は次のメールを制作した。


「樫木生です、一年程前に那賀川から大麻を買っていました。その話を出せば今も連絡が取れると思います。」


メールを繰り返す度、少しづつ那賀川の情報を増やし、面識がある事を信用させる。何せこっちには坂本が居る、信憑性を高める為の那賀川の情報は限りなくある。
メールのやり取りの中で重要なのは、強制はしない事。あくまでも一つの提案のように見せないと、こっちの目的が別にある事を疑わるかも知れない。


「駄目だ、無茶苦茶疑い深いわ樫木。確実になかがわと繋がりがあるって証拠を見せろだって」


何通かやり取りを続けるが、やはりメールの文字だけの情報では簡単に顔の見えない相手を信用しない。
グロリアス自体の話だが、この交渉はハッキリと法律上で黒、向こうも興味は示しているようだがかなり慎重に接してくる。


「ふーん、じゃあそろそろ出すか」



「なんかあんのかよ、証拠」


「これ見せて黙らせろ」




そう言って坂本が付きだした携帯には、良樹の部屋にてビーズクッションを抱えて眠るなかがわの写真が収められていた。
確かに、余程近しい存在でなければ、こんな写真撮れない。いつこんなの撮ったんだ坂本、と誠悟は思いつつ隙だらけのその写真をパソコンに送信し、メールに添付する。



「んー、これじゃ甘めーな」



満足いかない様子で坂本は、誠悟の脇からキーボードを打つ。
付け加えるのは、那賀川の住む良樹の家の住所。それが那賀川の所在地だと印す。
いくらなんでもやり過ぎじゃないのかと、唖然とする誠悟をよそに、坂本はさっさとそのメールを送信した。


「こんなん教えて大丈夫なのか?」


「大丈夫、こいつらは仙山じゃないから、いきなり正面から乗り込んで行ったり出来ねーよ」


「んなの分かんねーだろ」


「あっそ、じゃあ念の為」



そう言って携帯を掛け始めた坂本は、数秒の後に出て来た那賀川に、しれっと言ってのけた



「あ、アジト、今から家に誰か来ても開けんなよ、さらわれるから」



それだけ言って直ぐに電話を切った坂本を、誠悟は怪訝な眼差しで見つめ続ける。
いきなりにそんな電話を受けて、説明も無しに、それで大丈夫なのかと。


「なかがわなんて言ってた」

「分かったって」


「なんでだよ」


「何が起こっても不思議じゃない世の中って事をちゃんと受け入れてんのよ、アジトは」



そのメールを送信後、架空の樫木生を演じる坂本と誠悟の元に、最後の切り札を使ったメールへの返事が届く。


『MDMA8錠で那賀川を買う』


本当の勝負はここから、今からは下手に出るばかりじゃなく、こっちの都合良くグロリアス側に動いて貰わないと行けない。

向こうに主導権を握られては、こっちの目的は達成されない。あくまでも、那賀川を操れるのはこっちだという事を主張し、条件を出した。

一つが、那賀川を受け渡す日と場所はこっちが指定する事。
二つは、こっちが合図するまでは、那賀川に接触しない事。
その条件には思った通りに反論が来た。想定内の反応に用意していた理由を返信する。
多少疑われても、この条件が揃わなければ意味が無い。
理由として追加した内容はこうだ。
「那賀川は、グロリアスの存在に薄々感ずいており、樫木生を警戒している。自分は樫木に入る以前からの顔見知りで気を許しているが完全に信用されている訳では無く、むやみに他の樫木生が接触して失敗したら、恐らく自分も警戒される。
少しだけ時間を掛けて、那賀川の警戒が薄れた時に合図を出すので様子を見させて欲しい」

結構苦しいが、条件を勝ち取る為にはこれが妥当だった。
これで上手く行くか、可能性は半々。
このメールの返信には少し間が開いた、その微妙な時間がどっちに転んでるのか、覚悟を決めて、誠悟はメールを開く。


「どっちもか」



そこに浮上していたのは、新たな問題。


『本当に樫木生か?』


先程の理由を受けて、向こう側は、こっちが本当に樫木生であるかどうかを疑って来た。
しかし、付け加えて、本当に樫木生である事の証明が出来るなら条件を受け入れるとの事。

樫木生である事の証明は無理だ、本当は樫木生どころか赤高生なのである。
それでも、どうにかこっちを樫木生だと思わせる事が出来れば、後はこっちの思い通りに動かせられる。
反対に樫木生である事の証明が出来なければ完全に疑われ、今までの苦労が全てパーになる。

次のメールでどう返すかが、最後のチャンスだった。樫木生だとどうにか思い込ませるしかなかった。


そこでイチかバチか、考え出したのが、坂本と誠悟による「架空の樫木生」の更にダミーを立てる事。

それが、坂本が言っていた「偽樫木」の事である。
「架空の樫木生」を三次元化し、那賀川と接触させ、いかにも「架空の樫木生」が実在しているように見せる。
上手く成功すれば、あとは今後のメールのやり取り次第で信じ込ませる事が出来るかもしれない。

しかし、ダミーはグロリアスに通じておらず、「架空の樫木生」の設定に見合ったような奴じゃないといけない。

そんな奴をどうやって用意すればいいのか、ファミレスで話し合いをしていた誠悟と坂本が諦め掛けていたその時、偶然に現れたヒコボーの紹介で出会ったのが「諸星くん」である。


諸星くんは、坂本の思う「偽樫木」像にピッタリで、誠悟すら奇跡的なチャンスだと思った。

坂本からシナリオを聞いた時は、余りにも強引で正直無理があると思っていた誠悟だったが、強引にも進んで行く様に、いつの間にか血が騒いでいる。


樫木も、まさか那賀川アジト狩りに協力してくれるのが坂本だとは思うまい。


いや、最後まで思わせてはいけない。坂本の登場は、最後だ、最後の最後まで、坂本には逃げ切って貰う。
偽樫木の用意が整った誠悟は、直ぐにパソコンを開き、待たせていたメールの返事を制作した。





この約一ヶ月間、誠悟はほぼ自室に篭り、メールで偽樫木を演じ続けた。
一番大変だったのが、何も知らずに「偽樫木」を演じる諸星くんにグロリアスの人間を近付かせないようにする事である。
この計画の事を本当は何も知らない形だけの存在の諸星くんに接触されたら、直ぐに嘘がばれてしまう。
そこで考えたのが、グロリアス側が坂本が何かするかも知れないと警戒してるのであれば、その深読みを逆に利用する事だ。
誠悟はグロリアス側のメールとのやり取りで「那賀川と接触した際、『坂本は自分の存在を疑っている』というような事を話していた、坂本はグロリアスの人間を調べているようなのでやり取りはメールだけにしないと危ない」という忠告をし、接近を拒んだ。
この効果で、グロリアス側は「架空の樫木生」は那賀川と接触出来てかつ、坂本の動きを探れる存在だと思い込む。
そして、坂本に対する警戒が更に強くなり、那賀川の件はこっち任せにしてくれるようになった。
坂本掲示板は、グロリアス上で随時更新中。
坂本の追い方も日に日に激しくなっていくのを見て、坂本はあえて意味深に動きまくった。
グロリアスで那賀川の件に関わっている者がどれだけいるか分からないが、確実に人数は坂本を警戒する派に分散される。
だから坂本は勝手に憶測してくれる事を期待して、逃げまくった。
いつの間にか樫木は、那賀川アジトを狩る事と坂本明男を追う事を混同する。


坂本を警戒してくれればしてくれる程、グロリアス内の情報は乱れ、真実は偽物に紛れる。





「ここまで来たのは奇跡だ、頑張れ坂本」


そして現在、約束の1時間まであと15分を切って、誠悟は少し焦りを感じていた。

店内の客は仕事帰りのサラリーマンやOLに変わり、誠悟の背景だけが動いていく。

坂本のやりたかった事は、「なかがわを餌に樫木を釣る事」

誰よりも先に現場のゴミバケツの中に身を潜めて待機していた坂本は、デジカメ片手に運命の瞬間を待つ。
誠悟は知っている、坂本が本当にやりたかった事


「人の縄張りに勝手に入った時の常識は、来たときよりもうつくしく、よ」


坂本の言葉を、誠悟は思い出す。

あと15分の間に必ず坂本が世界をクリーンにして帰ってくると信じながら。


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