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94クライマックス編つごうはトコトン悪いのよ地点
何の前触れもなく、突然に途切れた記憶。


意識が戻って確認出来たのは、今オレの居る場所は室内にも関わらずやけに暗いという事。

手首と足首が、何か、縄のような物で縛られて、横たわっている状態だという事。

崩された段ボールが、天井に届きそうな程に詰まれ、壊れた扇風機や、配線の飛び出したよく分からない機械など、沢山のガラクタに囲まれているという事。


整理のつかない頭が把握出来るのは、その位だった。


「った・・・」



そして、オレの身が明らかに異常な事を主張する、首の後ろの痺れ。
みぞおちの痛みに、現実か幻だったか分からない程の一瞬の記憶が蘇る。

勢い良く振り返った、あの瞬間、頭がくらっとしたような感じと、腹に何か固い物が当たる感じがしたような気がする。

ジタバタと足を動かしてみるが、きつく結んである足首のせいでふくらはぎが吊りそうになるだけだった。

訳が分からん、オレは今、どんな目にあってるのだ。

動く事を諦めて、せめて体勢を変えようと寝返りをうとうとした瞬間、狭い空間の中でも、オレから見れば奥という方向で、何かが動く音が立つ。


まるで引きずるような、不気味な突然の音に、オレは恐怖で固まり、どっと汗が背中に滲む



「やっぱり、ケンくんだ」



聞き覚えのある声は、控えめの音量でオレの名前を呟いた

ずりずりと、引きずるような音は、段ボールの小山を崩しながらこちらへ近づいて来る。

誰の声か、オレが確信するよりも先に、その人物は顔を出せるまでの距離に到着していた。




「うはー、お互い、大変な事になってますな」



見つけた、でも、もうダメみたいだ。


ふざけた調子の口調と、いつも通りの薄笑いが、現状の姿に余りにもそぐわないのは、今日ずっと探し続けていた、なかがわ


言葉が喉に詰まって死にそうになる位に、遅れ過ぎたと分かる身なりだった。





【クラスマックス編つごうはトコトン悪いのよ地点】





なかがわとオレは、同じ室内にいながら、1メートル程開いた距離まで接近するのが限界だった。


オレの方に身を乗り出すなかがわが動く度に、手首に巻き付いている鎖のような金属の紐がジャラジャラと床を鳴らす。

鎖よりも細いそれは、なかがわの手首に直接巻かれていて、酷く絡り、擦れて赤くなった部分が痛々しかった。

オレとは違い、なかがわは座った状態でいるが、やはり同じように足首には縄で縛られている。


そこまでは、オレと似たような物だが、衣服に関しては大きく違う。

オレの方は別にさっきと変わらない、横たわっているせいで少し汚れたくらい。

なかがわの格好は、何があったか聞くのも怖いくらいに悲惨だった。


背中が大きく切り裂かれたカーキ色のTシャツは血が滲んで所々濃く変色している。
もう服と言っていいのか分からない位にボロボロになったそれは前に擦れ落ち、かろうじて肘辺りに引っ掛かっていた。

スウェットみたいな黒いパンツも、もう左右の長さが全然違う程に切られて、なかがわの足にも少し切り傷がある。


いつも通りの表情を浮かべるなかがわの顔には、紫色の痣と渇いた血がついていた。



「むなかた」


「え」


「宗方に、やられたのかよ」


やっと言葉を発さられたオレは、手首をガチャガチャと回し絡まりが手首に食い込まないよう動かしてるなかがわにそう尋ねる

なかがわは、オレの言った言葉に少しの間考えるような素振りを見せた後、思い出したかのように、まだまだ薄笑いで答えた。



「ああ、ラスボスか」


「は?」


「ラスボスはなー、まだ来てねーよ」



そんななりで、こんな状況で、なんでオレに笑い掛けられるのか、なかがわの心情は理解不能だ。


オレは出来るだけ、なかがわの近くに行こうともがくが、体中が固くなっている上、動く度に腹に当たるベルトが痛い。


数センチ前進した所で、オレはそれ以上近くに行った所で今の状態じゃ何も出来ないと諦め、その場所に留まる。ベルトが削った部分の腹部がジンジンして熱かった。




「ねえ、宗方ってどういう理由でこんな事するわけよ、お前と宗方って何の関係があるの?」


「それがさあ、オレはそのムナカタって名前言われても全然ピンとこねえのよ」


「顔は?宗方の顔見た事ある?」



「うん、携帯の写真でな、でもやっぱ、分かんなかったわ」




あまりにも、普通に話す物だから、一瞬聞き逃しそうになったが、よくよく考えると浮き出で来る違和感に、オレは思わず会話を止める。

ピンと来ない割には、まるで宗方の存在を前から認識していたような、なかがわの口ぶり。

極めつけは、携帯の写真、宗方の写真など、なかがわはどうして見る機会があったのか



「ちょ、ちょっと!携帯の写真って何?なんでそんなもん持ってんの?」



「そりゃーもちろん、」




なかがわが、言いかけたその時だった。

薄暗い室内に、青白い光の線が差し込む。
ギイと鳴る耳障りな音と共に、扉の位置を確認した。

コンクリートの地面を歩くゆっくりとした靴の音は、先程と同様に、オレの背中に気配となって現れる。




「スタンガンだけじゃ、人は痛がるだけで動けなくなるわけじゃないんだと」



オレが振り向かずに居れば、気配は人影に変わり、オレの背中を跨いで通過した。



「だからプラスでみぞおち入れてみたけど、本気でぶっ倒れちゃわないでよ」



扉が開いた勢いの反動で閉じた後は、青く差し込んでいた外の電灯と変わって、開かれた携帯の白い明かりが小さく光る。


その明かりが照らす物は、夏なのに黒いニットを目のギリギリまでの位置で被りオレを見下ろす男。


間違いなく、本物の


宗方だった。








その頃、赤高に閉じ込められたとようやく認識した、黒やんとらんは、何故かベランダに出で柵の前に立ち、真剣な面持ちで下を眺めていた。


ここは三階、心中と間違われて警察に通報されてもおかしくないシュチュエーションを本人達は客観的に見れない程、追い詰められていたのである。



「勢いつけて飛べば、プールに入れるしょ」



「馬鹿じゃん、近いように見えるけど、こっから10メートル以上あんだよプール、どう頑張っても水道だ、水道」



廊下側の入口は窓を含め、全て外側から閉められ、赤高の意外なセキュリティの高さを知ったものの、今の状況にとっては余計な配慮であった。


その事実にしばし放心していた二人はベランダ側が開く事を思い出し飛び出した、飛び出したはいいが、ここは三階。


死んでもいいなら帰れるよと言われているようなガチガチのコンクリートの地面に、無機物とは分かっていても二人はキレていた。



「何がセメントだバァーカ!!!」


「うるさいセコムが鳴る!」


しかしやはり、それを表に出す物と出さない物ではこんなにも負け犬度が違ってくる。

らんの叫びはすぐに夜の空に吸収され、続けて鳴くツクツクホーシの声が虚しさに拍車を掛けた。



試行錯誤するのにも疲れた二人は、無言で順に教室へ戻る。

ベランダの入口に腰掛けてタバコを吸う黒やんと、くわえタバコのまま教室を徘徊するらん。


暇潰しなのか、そんならんの行動を黒やんはぼんやり眺めていた。




「あ、あきおくんの机に黒髭危機一髪が入ってる」



クラスの机の中を漁り始めたらんは、坂本の机の中から樽型のオモチャを取り出して笑う。


よくそんなもん机に入るな、と心の中で感想を呟いた黒やんは人形を抜いたまま、全部に剣を差して何がしたいのか分からないらんを見ながらさらに気が抜けていった。



「あ、こいつ誰だ、この机超落書きされてるんですけど、え〜好きです・・好きです!?つ、ぼ、・・なんだ好きですつぼ八かよ、なんだこいつ・・」



独り言なのか、話し掛けられてるのか判断しずらい程喋るらんに、じっと座っているのが居心地悪くなった黒やんはゆっくり立ち上がり、らんに近づいていった。



「えーと、あとは・・・ん」


振り向かなくても、足音で気付いているはずだ、黒やんが近くにくると、らんの口数は少なくなっていった。

丸わかりの変化に、隣まで来た黒やんもなんなとなく声を掛けづらくなる。


本日何度も、この妙な沈黙は繰り返された。

お互いに無視しているわけでは全くない、むしろ以前は無視くらい平気で出来たのに、今は無視が怖くて、無理して会話を繋げている。

今までに試した事のない接し方に、二人共じわじわとした焦り似た物を感じていた。


意を決して、黒やんが口を開き掛けたその時、一呼吸先に響いた音に先を越される。

音の方向に目をやれば、らんが漁っていた机の中から首を出す透明の瓶。

それは続けて二本も出で来た。



「テキーラー・・ウォッカー・・」


自作のメロディーに乗せて呟きながら、らんは未開封の瓶を机の上に置く。

落書きよりも黒髭危機一髪よりも場違いな代物を、二人は何とも言えない心情で見つめた。



「何考えてんのヨシムラ」



「夏休みなのに何で置いてんの?熟成?」



「実験で使うんじゃね」



「アルコールランプかヨシムラ」



「ラッキーヨシムラ」


「いきますかヨシムラ」




思わぬアイテムの登場でいつの間にか自然に会話をしていた二人は、もうこの時点で悪夢のような軟禁から逃れる意欲を手放し、酒瓶を持ってどちらともなく教壇前に移動した





その頃、赤高周辺にあるコーヒーショップ、窓側のカウンターに横須賀誠悟は一人で座っていた。


手元には携帯、一分前に送ったばかりのメールには、すぐに返事が返って来る。

今日は運命の夜


そっちはどう、とまるで田舎の母親のような内容に対する返信はこうであった。



[ム、シ、ブ、ロ]



短いながらも、わざわざ効果を付けて送ってくるような相手の心情を思い、誠悟は可笑しくて口元だけで笑む



「楽しーんだろうな」




思わずそう零してしまいながら、誠悟はその返信に、こっちはさみーよ、クーラーと打ち込み携帯を閉じた。

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