92ライマックス編対面地点
目が覚めた時には良樹はもう部屋にいなかった。
ふと辺りを確認すれば、バイトに行く事となかがわが帰ってきたら連絡が欲しい事の旨が書かれたメモがテーブルの上に置いてある。
空は今日も快晴。
景色だけ見れば、まるで何事もないような、平和な一日の朝。
ふと時計を見たら9時前で、疲れきっていたらんと黒やんはまだ寝ている。
洗面台でも借りようと立ち上がったその時、部屋の中にチャイムが鳴り響く。
人様の家の来客に出迎えるのを躊躇ったオレは、取り敢えず覗き穴で扉の向こうの人物を確認した
片目だけのオレの視界には、見た事の無い、同年代っぽい少年が一人
彼に心当たりは何も無かったが、オレは彼が着ているその制服に反応し、無意識に扉を開いてしまった。
「・・・・え?」
開かれた扉の先にオレが居て、少年の顔は混乱しているようである。
しかし、それはオレも同じ、この樫木の制服を着た男
一体誰だ
「もしかして・・・宗方?」
「ち、ち違う!!僕は諸星千鶴だ!!!」
誰!?
【クライマックス編対面地点】
躊躇い無く自分のフルネームを言い切った訪問者の諸星くんは、オレをバリバリ疑わしげな眼差しで見ている。
こっちも樫木の制服で疑っていたものの、それ以上に相手に警戒されれば、段々と心は冷静になっていくものである
よく考えたら、オレは一回ダイナマイトで宗方を見た事があるし、宗方の周りにいた樫木生の中にもこの人はいなかった。
では、一体この人は何なんだ、何の樫木なんだ。
「あのー、この家に何か用っすか?」
「用も何も、こっちが呼ばれてるんだよ、この家に」
「え、何の為に?」
「知らん!頼まれたんだよ!ここに住んでるなかがわって奴の監視を!なあ、何で僕なんだ!?」
「え、ええーオレも全然わかんねえけど、誰に頼まれたの?」
「坂本アキオとかいうチンピラだ!」
坂本アキオとかいうチンピラを、オレはよく知っている。
一体全体、何がどうなってるんだ!
余りにも意味深な諸星くんの言葉に、オレは気が動転したまま、話を追求するよりも先に諸星くんを掴み部屋の中に引きずり込んだ。
「え、という事は、初対面の坂本に、いきなりなかがわの監視?を頼まれて、何週間か前から毎日来てるつー事で、いいんでしょうか?」
「ああ」
「何それ?超意味わかんない、何で諸星くん?」
「だから僕も分からないって言ってるだろ!」
部屋に引きずり込んだ諸星くんに、落ち着いた所で詳しく話を聞いてみれば、諸星くんは毎日朝9時から夕方4時までこの部屋に訪れ、なかがわが外に出ないよう監視する役を坂本に頼まれたらしい。
坂本と知り合ったのは、中学生の頃の同級生であったヒコボー経緯で、ほとんど無理矢理な形でこの役を押し付けられたと主張している
「うわー大変だったなー、でもよくバックレようと思わ無かったね、理由も知らされない立場でわけわかんねえ事毎日続けられるなんてスゲーよ」
「それは、まあ、あいつ、なかがわって何かおかしな奴だから、危なっかしくて家事手伝いくらいならしてやってもいいと思ったんだよ、母性本能とかその辺りだ」
「母性本能かー・・男なのにスゲーなー・・」
ボランティア精神ならまだしも、母性本能という言葉をチョイスしてきた諸星くんにはビックリだが、それよりも、かなり坂本の思惑と関係の有りそうな話の内容に興奮して、傍らでまだブランケットを被っているらんと黒やんを揺すり起こした。
「黒やん、らん、ちょっともう起きんかい!」
オレに揺すられて黒やんはパチリと目を開くが、らんは唸ったまま体を背ける
寝起きの悪いらんをもどかしく思いながら、更に名前を呼び、揺すった。
「おい!らん、らんたろう!小松!ニュース!ニュース!起きれ!」
「小松らんたろう?」
オレが叫び続けるさなか、諸星くんは物凄く眉間に皺を寄せた渋い顔で、ポツリとらんの名前を呟いた
そういえば、ヒコボーと同級生って事は、鳩中の一個下か、らんの事知ってんだろうな。
「あー・・悪い、スゲー寝てた、今何時?」
オレがらんを揺すり続ける横で、黒やんは上体を起こし、目を擦る。
その正面には諸星くんが居て、見つめ合う形になった
「黒川・・」
「は?」
「の、兄?」
「誰・・?」
黒やんの顔を見て呟く諸星くんと、オレと全く同じリアクションを取る黒やん。
意外に繋がりのあるこの場に、他中のオレは少しアウェイな状態であった。
「はい、黒やん、この人は誰だった」
「諸星くん」
「どんな人だった」
「坂本にアジト見張れ言われた」
「そうそうオーケー、で、なんだと思う?坂本の目的」
突然の諸星くん登場に困惑していた黒やんに、オレは事情を説明して、この坂本の行為の意図は何か黒やんに意見を求める。
黒やんも、予想以上の不可解さに、しばらく言葉を失った。
少しの沈黙の後に、ため息を吐きながら黒やんは、諦めたように呟く。
「坂本の目的なんて予想しても当たる訳ねーし」
「ですよねー」
それは初めから承知、しかし運命にも、ここで諸星くんという手がかかりに出会えたのだ。
ああ、諸星くん、オレと黒やんに少しでいいからヒントをくれ
「ていうか!なんでここに小松蘭太朗と黒川の兄さんがいるんだよ、坂本アキオと何か関係があるのか?」
遠い目で途方に暮れているオレと黒やんに、少し苛立った声を掛ける諸星くん。
質問されるばかりで、何の説明もしないオレ達の態度に、憤りを覚えさせてしまった。
まあ、確かに、普段なら、なかがわが居るはずのこの部屋に、オレら三人が居るこの状況は諸星くんにとって訳が分からない以外、なにものでもない
「あいつのやってる事には何も関係ねえけど、オレとらんは坂本の幼なじみなわけよ」
遠い目のまま、黒やんは諸星くんに告げる。
諸星は少し驚いたように目を見開く。
「オレは、オレは坂本と、まあ仲良しなんだ、超仲良し、で、オレも黒やんもらんも、坂本も、なかがわも、みーんな赤高、赤高生」
「え?」
「そんで、多分みんなちょっと樫木に参ってる、諸星くん何か知らねーかなー・・」
「どういう事なんだ、その話?」
不安げな眼差の諸星くんからは、言葉を催促する空気が伝わる。
やはり何も知らずに今日もただここに来たのだと、可哀相に思った。
「なかがわがいなくなっちゃったよ、諸星くん」
泣き言のような言い方で、苦笑いにそう告げれば、諸星くんは固まって、言葉を失う。
そのまま、どんどん眉が下がっていくものだから、泣かせてしまうんじゃないかと思い、少し焦った。
それから、グロリアスの事、なかがわの事を、オレの分かる範囲で、ゆっくり一つずつ説明していったが、諸星くんはずっと放心状態で、ちゃんと聞こえているのか判別出来ない。
そんな究極に真剣な空気の中で、ついにあの男が起きた。
「だれ・・・?」
寝起きのガラガラ声で、らんはオレらと全く同じリアクションを取る
流石に三度目は、オレも諸星くんもちょっと面倒くさかった。
「らん、諸星くん・・」
「ふ〜ん、なんかカエルに似てるね」
似てないよ、とフォローを入れようとしたオレだったが
この状況と余りにも空気を読めていないらんに、悲しいんだかムカついているんだか訳が分からなくなった諸星くんはかなり苛々していて、怖くて話し掛けられなかった。
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