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88若き日にカエルそれ
らんが飛び出して行った後、開けっ放しの玄関の前で呆然と突っ立っているオレ。

あれま、また一人になってしまった。


グロリアスの件について、一切らんと話せぬまま、事態はスタート地点から進まず。

それでも刻一刻と過ぎていく時間は、オレをむやみに焦らせる



「あああ、もう、どーしようか・・」


思わずポツリと零れ落ちる独り言、虚しく響くはずのそれが、打ち消されたのは、タイミングよく、同時に我が家のチャイムが鳴り響いたからである



「え?」


本日、二人目の来客は、どうしたもんか、既に玄関は開かれ、しかもオレは目の前に居るというのに、チャイムを押した後、ぼーっとその場に立ちすくんでいる。


どうした、どうした、オレが見えていないのか!?



「黒やん・・?」


目は開いているし、方角は、間違いなくオレの真正面
突然うちにやって来た黒やんは、マネキンみたいにピクリとも動かない

この人、本当に、黒やんなのか!


「黒やん!わっ!」


「うわっ!あ、ケン、よかった・・いないかと思った」



ずっと居ましたで、おい

一体どうした黒やん






【若き日にカエルそれ】





らんが去った直後、入れ代わりでやってきた黒やん

黒やんがオレん家に来るのは、そういえば初めてである。

らんの話を聞いて、二人の現状を知った今、やはり疑うのはこの黒やんの珍しい行動が、らんとの事と関係があるのではないかという事。


しかし、何故にオレの元に。

そう思いさりげなく、黒やんに、突然どーした、と問うてみれば、返って来た答は、や別に、と。


うーん、別にっちゅう事はないだろ
黒やんの家からオレんちは結構遠いのである
別に、ちゅう事はないと、分かってんぜ、黒やん。


と、心の中で思ってみても、オレの方かららんについて尋ねるわけにも行かないし、オレはそれ以上勘繰るそぶりを見せずに、黒やんをオレの部屋に残し飲み物を取りに行った


冷蔵庫からペットボトルを二本取り出しながら、オレはどうやってこれから黒やんに喋らせようか、考える。

黒やんの方から、ちょっとでもらんとの事を匂わせてくれれば

オレは全部知ってるよ、と言えるのだけど。

今の調子じゃ、多分何も言わないだろうな、とオレは、予想する

簡単な話じゃないし、黒やんの性格上、ペラベラと第三者に喋る事など、出来ないだろうから。



上手く黒やんの言葉を引き出す方法を頭の中で模索しながら、階段を上り、部屋の扉を開くオレ。


部屋で待っているだろう黒やんに、飲み物をパスしようと腕を振ろうとしたのもつかの間、思わぬ光景に、力が抜け、投げようとしたペットボトルをその場に落とす



「黒やん、何やってんの?」



何故、飲み物を取りに行く為に2、3分お待たせしただけなのに

なぜ黒やんは、オレの歴史の教科書を読んでいるのだ

黒やんから話が聞ければいいなあ、という生温い模索など一気に吹っ飛び、混乱に陥るオレの頭。


黒やんて歴史好きだったのか?
そんな事ないはず、黒やんはいつだって大河のあっている時間はバイトか海に行ってて、新撰組も新鮮組と書く程だ

そんな黒やんがなぜ、オレの部屋で歴史の教科書を読んでいる



「あ、悪い、ちょっと借りてる・・」


「黒やん、それ歴史の教科書だべ、バガボンドじゃないよ・・」


「んなの分かってるわ・・」



全然楽しそうではない、暗い表情で歴史の教科書を開いている黒やんの元に、オレは取りあえず近寄り隣に腰を下ろす。

黒やんの考えを悟ろうと、しばらく一緒に教科書を眺めてみるが


超つまらん、なんてエキセントリックな漢字ばかりなんだ


黒やんも、適当に折目の付いていたページを開き、一向に次をめくらない様子から、おそらくオレと同じ気持ちなはずなのに、自主的に拷問を受けているかのごとく眉間に皺を寄せながら、漢字に耐えている


5分、10分、無言のまま時が過ぎていく中、遂にオレは勇気を出して黒やんに尋ねた




「黒やん・・有意義?」


「うん・・」


「本気・・?」


「ううん・・」


「よかった・・」



ようやく、黒やんと本音で通じ合えた所で、オレはそっと黒やんの手から教科書を抜き取り、閉じてベランダから捨てる

少々過剰かもしれないが、今の黒やんにとっては有害な物である。


教科書が視界から消えた後の黒やんは、若干正気を取り戻し、大きく息を吐きながら髪をくしゃくしゃと掻き回す。

オレは黒やんの開いた手に、ペットボトルを握らせながら、なんだか煮詰まっているようなその顔を覗き込んだ。



「黒やん、どうしていきなり歴史なの?」



「や、頭よくなりてーと、思って」


「それでいきなり教科書を読んでみたんだ、ストレートー」


「わかんない事だらけなんだわ、最近」




遠くを見つめる黒やんの瞳には、らんが居るのかな

深い意味を含んでいそうな、黒やんの言葉に、オレはそんな想像をする


余りにも、しんどそうな黒やんの声に、オレはそれ以上何も聞けなくなった。


ただ、思うのは、黒やんが、らんを切り捨てるつもりならば、絶対にこんなふうに我を失う程ショートしたりしないという事。




「でも、切羽詰まってんなら、尚更今は余計なもん詰めこまねー方がいいよ」


「あー、でも何かで紛らわさねーと、頭おかしくなりそーなんだわ」


「そんじゃーウサギでも連れてこよーかウサギ居るんだ」


「ああ、坂本が買ったやつ?」


「うん、ちょっとでかくなったよ」




黒やんの気分転換の為に、オレは下の部屋にウサギを探しに向かう。

いつもマギーが陣取っているのは、リビングの隅。

近頃じゃオレより堂々と腰を据えている。


柵をチョンチョンと指で弾き、大体いつも昼は寝ているマギーを起こして呼び出そうとするが、一向に反応が返ってこない


最近なめられてるからなあ、としばらく待つが、それからも柵の中に生き物の気配を全く感じないオレは、ようやく誰かがマギーを持ち出している事に気付く。

普段なら疑うのは父だが、今彼は職場である。
マギーと接触出来るはずがない


ならば、思い当たるのはあいつだけ、夏休みなのに毎日暇な妹、れな




「おいレナてめー!勝手にウサギ持ってくなっつーねん」


「さっき触っていい?って言ったらあいあいって言ったもんケン」


「そうだっけ!?でももう駄目、ハイ、兄に寄越す」

「ケチケチケーチ!!」


「うるせーヤンキー!」



オレの予想通り、相変わらず暇な妹は、部屋でマギーを写メっているというわびしい過ごし方をしていた


ヤンキーの癖にウサギが好きなんてギャップを狙いやがって許せん

大人げなく、問答無用で撮影を中断してマギーを回収するオレに、今日のれなは食い下がって後を付けてくる


「あと10分だけいいじゃん!ケチ!馬鹿!ギャル男のくせにウサギが好きなんてギャップ狙ってんじゃねーよ!」


「だからオレはギャル男じゃねーつってんだろ!とーちゃんと一緒にすんな!」


オレの部屋の入口の前でがやがやと揉めていると、遠慮がちにそっと開かれるドア


ウサギを持ってくると言ったまま中々戻って来ないオレを怪しんでいた黒やんは、部屋の外から聞こえてくる騒音に、何事かと不安になったのである。



「黒やん!ちょっと待ってて、こいつが全然言う事聞かねーんだもん!」


「や・・別にいいって、妹にやれよ、ウサギ」



マギーを高く持ち上げて、れなから引き離すオレに対して、若干引き気味な黒やんは、なんとなく申し訳なさそうに呟く。

ドアの隙間から覗く黒やんの姿で、初めてオレの部屋に客が来ている事を知ったレナは、さっきまでの威勢はどこへやら


ポカンとレナを見る黒やんとは対称的に、真面目な顔で固まっていた。




「黒川さん・・」


「え」


「泥糊蹴露ちゃんの黒川さん!」


「は!?」



突然の出来事である、妹が黒やんを見た瞬間、意味不明な言葉を発しながら興奮し、その言葉を聞いた黒やんは思いっきり顔を引き攣っている

オレはマギーを胸に抱いたまま、二人の間に入っていけずにいる



「ドロンコケロちゃん?」

とは一体?
カエルが主人公の漫画か何かか?
それが黒やんと何の関係があるというのだ


「黒川さん、泥糊蹴露ちゃんの初代殿様蛙っすよね」

「え、や、何でその存在知ってんの?」


「知ってますよ!泥糊蹴露ちゃんマジヤバイ!!」


「やめてやめてマジ、勘弁して下さい!!」



い、一体どうしたんだ今日の黒やんは!?
目を輝かせながら怪しいキーワードを連呼するレナに対して、敬語で懇願している


何なんだ!?


ドロンコケロちゃんって



「黒やん、ドロンコケロちゃんって何?」


「知らない知らない知らない」


「何で隠すんですか!黒川さんが殿様蛙だった頃の蹴露ちゃんはほんと・・」


「知らない知らない知らない!!!」



最初はその存在を認めていたかにもように見えた黒やんだったが、遂には鍵をかけてオレの部屋に引きこもってしまった

自分の部屋なのに閉め出されてしまったオレは、まだ興奮覚めやらないレナと一緒に廊下に取り残される



「ねえ、ドロンコケロちゃんて何よ?」


「昔鳩中にあった、格闘派の人達が作ってたデンジャーなスポーツサークルじゃん、知らねーの?」


「知らねーべ、オレ城中だし、つーかお前も城中じゃん」


「馬鹿じゃん、蹴露ちゃんチャンバラ初代チャンピオンの黒川さんは有名なんだよ」


「何ケロちゃんチャンバラて」


「一メートル以上の木材チャンバラ」



さすが、ヤンキー、れな。

思わぬ黒やんの秘密を知ってしまったオレは、益々掛けていい言葉が見つからず、ただウサギの速い鼓動を手の中で感じるだけだったのである

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あきゅろす。
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