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87エンドオブ・ザ・マイワールド
不審な電話の人物から送られて来たグロリアスを開いて、オレが目の当たりにしたのは画面越しの緊急事態


「て、いう事なんだけど!!


「ふーん・・・・」



夏休みも、もう半分以上が過ぎてしまった今日この頃だが、オレにとってはこれからが本番、というか事態を把握した今、嫌でも本気を出していかなければならないという事である


なのに、この温度差、唯一情報を共有出来るがゆえに呼び出した助っ人は、オレの100分の一も本気を出してくれない
100分の一つーか、ゼロだ、オレの話に、本気になってくれないどころか、好奇心すら感じられない


「ねえ!聞いてた!坂本、坂本にストーカーが居る!マジで!ちょっとこれ見てくれや、グロリアスに坂本板があんだよ、坂本の写メがいっぱい!」


「はあーあー・・・」



こ、こいつ!次は興味を示さないどころか、オレの話を遮った!ため息で!

こちとら遊びじゃないのだ、冷やかしお断りと、本来なら喝を入れる所だが

こいつがうちにやって来て早30分、ようやく何もない壁を見つめる眼差しで、様子が異常な事に気が付く。



「なんかあったか?」



嫌な予感がして、余り踏み込みたくはなかったが、ここはオレの部屋、別件でも、呼び出してしまったからには、この空間で起きてる事には責任を取らないといけない。




「あったよ・・・」



うちへやって来て、ようやく空中から視線を外し、オレと目を合わせてくれたらんは、魂が抜けたような顔で返事を返してきた






【エンドオブ・ザ・マイワールド】




先日、正体不明の人物からパスワードと共に送られて来たグロリアス。
会員以外には渡されないパスワードをわざわざ付けて送られて来た、という事は、正体不明の誰かが、試している、とオレは取った。

その挑戦状に乗り、踏み込んだグロリアスで見た物に案の定、オレは驚愕する。

相手は、オレが見るだろう事を想定して、オレの動きを待っているのかもしれない。


向こう側の期待通り、いてもたってもいられなくなったオレが、一番最初に頭に浮かんだのが、らん。


頭の悪いオレでも、さすがに坂本の敵が、オレの敵が誰なのかという検討はついている。


相手は、間違いなく、樫木、やはりダイナマイトで居合わせたあの日から、始まっていたのだ。




「何があったわけ?」



と、ここまでは理解して来たオレだが、思わぬ所で、別の問題とぶつかっている今。

発生したのは、対策メンバーと認めて呼び出した助っ人のコンディションの異変。

ダイナマイトでのあの日に居合わせていた一人で、グロリアスの事を話し済みで、坂本に詳しいとなれば、協力してもらうには、話が早いと電話で呼び出してうちまで来て貰ったのだが




「世界が終わった・・・」


戦力どころじゃない、話にならん。

むしろ、よくここまで一人で来れたな、という位の生気の無さに、オレはグロリアス問題と同等レベルで不安になった。

夏休み中はずっとテンションの低かったらんだが、今現在更に悪化している。



「ねえ、頼むから、もっとわかりやすく話してよ、黒やんか?」


「くろ、やん・・・ううううううう」


「だろーな」



小松蘭太朗という人間の図太い精神を、ここまで滅ぼすものなんて黒やん関係以外有り得るわけがない



「もうさ、黒やんとたえさんが昔付き合ってたとか、変えようがないじゃん、でも黒やんが好きで今まで通りやっていきたいなら、割り切るしかねーよ」


「切ったよ・・もう」


「じゃあさ、この際たえさんに腹割って全部話しちゃえば、そうすれば、お前もいくらか楽になんべ」


「話したよ!ああもう!!ケンケンが思いつく事なんざこっちはもう既に全部やってんだよチクショー!!」


「何なの!?じゃあもうなんなんだよテメエ!」




こっちだって、好きでお前の立場をシュミレーションして知恵をふり絞ってんじゃないやい

オレの知らぬ間に結構進歩してたんだな、らん

そう少し尊敬の眼差しで、らんを眺め入るオレ


がしかし、今の状態は、とても良くなってるとは言えない物である

ぐるぐるとした渦から一歩外側に出たらんに、一体何が起こったというのだ。




「黒やんに聞かれた・・」


「何を?」


「オレが好きだって・・」

「誰を?」


「黒やんを・・」


「誰が?」


「オレが・・」



誰を、って続ければ、永遠のループ。

切れぎれのらんの言葉を、頭の中で繋げてみると、一つのシンプルな文章が出来上がる。



黒やんを好きだと、黒やんに聞かれた


それは小学生でも理解出来るような、わかりやすい言葉の羅列


そのまま受け取めれば、それはすなわち




「うっそおおおおお!!?うおい!いっちゃったわけか!?」


「言ったんじゃねー!聞かれたんだよ!」


「聞かれちゃったのか!!」


「だから終わったわけよ!世界が!!」




一体、どういうシュチュエーションでそんな事態になったのかはわからないが


オレは自分の体が震えているのを感じる。


経験者だけが共感出来る武者震いってやつだ。


一気に体感として蘇ってくる自分の事、坂本に、好きだとぶっちゃけた時の、今までの人生で感じた事のない緊張と覚悟だ。



「おめでとう、オレもうれしい・・」


「なぜ!?イジメか!?」

「違うって、本気で感動ですよ」


「ケンケンはオレの味方じゃないんですか!?」



胸に手を当てて、過去のときめきを味わっているオレとは正反対に、有り得ないものでも見るような目付きでオレに食ってかかろうとするらん。


なんだ、今の発言は、らんにとって裏切りととれる言動だったのか


何か間違えてしまったのかもしれないと、困惑するオレに、肉食獣のような気迫から一変、睫毛を伏せて弱々しくオレを掴むらんは、ここにやって来た当初の死にそうな面持ちで言葉を吐いた



「黒やん、もうオレと目を合わせてくれなくなった」

「え」


「せっかく、今まで、必死こいてやって来たのになあ」


「・・・」


「あっけないもんだな」





背中のベットに、体を押し倒しながら、らんは言った。

顔を伏せた夏用の掛け布団からは、くぐもった鼻を啜る音が聞こえてくる。


オレが掛けられる言葉は、全て無意味だと理解した瞬間から行き場を無くし

間抜けに開いた口は、沈んだ空気を舌に残すだけ




「恋愛なんて、この世になければいーのにね」


「らん」


「恋とか愛とか変にわけなくてもいいなら、オレだって、何百回も黒やんに好きって言ってもおかしくないのに」



恋愛とは、一体何なのか、愛の順位の一番てっぺんに君臨しているのか

オレらが誰かを、死ぬ程好きだという気持ちより、どれだけ偉いのか

包み込んで、善悪超越す程溢れ出る、誰か一人を肯定した想いを捩伏せられる程の価値があるのか




「オレの十七年は、なんだったのかな」



決まってるじゃないか、分かれよ、恋よりも愛よりも、尊い色で塗り替さねられた十七年だったはずだ



「らん、終わったのは、世界じゃなくて、お前の世界よ」


「は?」


「ここを越えてしまえば、生きていけない、て自分で思い込んでたラインから、外に出てしまっただけの話しょ?」


「思い込んでた、て」


「本当は、全然広いんだよ、世界は」




思い出すのは、オレを突き抜く坂本の瞳。
オレも、終わりを覚悟して、坂本に好きだと告げた。
目の前の坂本を、最後だ、最後だ、と噛み締めながら向かい合ったあの瞬間。

今思えば、多かれ少なかれ、あの瞬間に坂本の世界も変わったはずだ。


だからきっと、らんの気持ちを知った黒やんの世界も、変わっている。

終わりじゃなくて、ただ新たな道が出来ただけ。


らんが終わりだと思っている世界は、本当は、始まりの道、一人じゃなくなった道。



「でもよー、今までほとんど完璧だったのよ、オレが望んでたもんは、今までのオレの世界に全部あったわけよ、それを今更、ケンケンなら平気?」



「平気って?」


「うん、前から聞こうと思ってたけどさあ、ケンケン、合コンみたいなのの時さあ、あきおくんに思いっきし舌入れてチューされたじゃん、あんなんされて、今更好きとか言えんの?」



偉そうに、人生論を語るオレに、らんから食らう思わぬ反撃

そうか、そうだ、らんには恐らく、オレが坂本ラブだという所まではバレている。

しかし、調度らん停学くらっていた頃のその後の事件については、一切打ち明けたてない。


なるほどだから、今までらんは、やけにベタベタつるんでいるオレと坂本を目の前に、まさかチューするのが日常な間柄にまで発展しているとは想像もついていないのであろう


合コンの時も、マジで仕込んであった坂本のネタに振り回されるオレ、ラッキーなのかアンラッキーなのかと悶々とさせていたに違いない



「いや、つーかね、なんていうかね、オレは坂本が好きよ」


「認めてくれればいいっす、別に誰にも言わないし」


「それでね、それはね、坂本も知っている」


「は?」


「もうずっと前から、坂本は知ってる、知ってて、ああいう事するわけよ、あの人」



「待って!!!」



おお、期待以上のリアクション、うわあ、本当にらんは一切何も察していなかったんだな、とオレは自分の発言が浅はかだったんじゃないだろうかと、不安になった。



「何!?て、いう事は!?お前ら何なの?」


「なんなのだろう・・」


「え!?ずっと前からって、詳しくはいつから!?」

「一学期の、ああ坂本一回仙山とモメたじゃん、調度その後くらいよ」


「信じらんねえ!!どういう事!?有りなの!?」


「有りなんだよ!だから世界は広いつってんだろ!!」



オレの衝撃発言に酷く同様したらんは、物凄い気迫でオレに言いよるが、オレはそれを一等両断にする

オレは男で、坂本も男、でも好きだと告げた時点で、良くも悪くも今だって何もかも片付いた訳ではない



「らん、オレの世界は終わってないし、益々忙しくなったわけよ、だからお前も、今からが本当の苦労だ」

「でも、黒やんは今オレを視界にすら入れない感じよ」


「それが普通だって、坂本がおかしいんだよ」


「それもそうか・・」


「ノーマルな出だしでよかったじゃん」




坂本はおかしい、という言葉で何故か納得してくれたらんは、先程よりも随分と落ち着いた様子に変わっていった。


苦労するよ、それは誰が誰を相手にしたってそうなんだから


でもだからこそ、それも有りだ、と突き進む程の精神でいかないと、すぐに誰かが作ったルールの中に飲まれてしまうんだ


本当は誰も、自分以外の誰かの場合なんて、知らないのに


オレが言った言葉の中に、らんに伝わる何かがあったのか、しばらく黙って何かを考えるらん。


するとその思考に割って入るように、携帯の着信音が室内に響いた。

耳慣れないそのメロディは、オレのものではなく、らんの携帯から鳴り響いているの

着信表示に一瞬だけ目を通した後に、らんは自然な動作で開き通話ボタンを押した。



「たえ?」


「あ、らん、今平気?」


「うん、何?」


「ダイね、過労と軽い脱水症状だから、二三日休めば、大丈夫だから」



電話の相手は、たえさんのようだ。
たえさんに、何かを伝えられ、らんは仏頂面をあまり変化させないまま、息だけで安堵した様子を見せる


「そっか、ならよかった」

「それとね、私今日、向こうに戻るわ」


「え、今日?」


「うん、今空港に向かってる、大分長居した、でも帰って来てよかった」


「そっか・・、ねえ結局たえは何しに帰ってきたわけ?」



らんの言葉だけで、なんとなく会話の内容が掴めたオレは、気になり、少し戸惑う様子のらんを観察する


「ふふ、らんの顔を見に来たのよ」





短い通話が終了した後、何とも腑に落ちないような顔で携帯を眺めるらん

口を尖らせながら、もう聞こえていない相手に向かって呟いた。




「なんだそりゃ」


「たえさん?」


「うん、今日、アメリカに帰るって」


「え、それって」



オレは以前に、たえさんから聞いていた

たえさんが、ここに戻って来た本当の事情

おそらくその時はまだ誰にも話ていなかった事。

今の様子からして、らんは今もまだ、その事を知らずにいるのだろう

変な顔で、オレの言葉の続きを待っている



「それって、て、何?」




余り軽く口を割ってもいい話ではないと、オレも承知で今まで他言せずにいたが

オレの口の動きを一瞬たりとも見逃さないように、刺さるような視線を向けてくるらんには、別だ







オレの家からタクシーで空港まで、一時間半弱、ぐんぐん上がっていくメーターも世間話を振る運転手の声も、らんの意識には入っていない


社内の窓から空を見上げ、たえさんが乗る飛行機が飛び発っていないかを確認し続ける。



空港に到着するやいなや、多めの料金を支払い車を飛び出してロビーに走るらんを運転手は呆然と眺めていた。




携帯でたえさんに電番を掛け続けながら、広い空港のロビーを走り回るらんに、周りの人は振り返り注目する


まるで、ドラマのワンシーン、遠い国に発つ恋人を引き留めようとする主人公のようだった


でも、事実は、恋人ではなく、片思いの相手の元恋人、一目じゃ、誰もその奇妙なシナリオに気付く事はない


「たえ!」



一際大声で自分の名前を呼ぶ声に、大きなボストンバッグを肩にぶら下げたたえさんは振り返り驚きの表情を向ける。


「らん、どーしたの?」


「おい、膝悪いのかよ!」

「え、それを聞きに来たの?」


「それなら最初っからちゃんと言っとけよ!」



たえさんは、久々の帰郷の旅の最後に、こんな光景を見られるとは夢にも思っていなかった

髪を乱し、汗だくで、なぜか自分に怒っている様子のらん。

疑問や驚きを越えて、あっけに取られているたえさんは、らんが人目も気にせずに怒鳴りまくる言葉よりも、その姿に意識を持っていかれた。


「サーフィンやめんの?」

「なに、そんなに汗びっしょりで、ふふ、やめないよ」


「本当?」


「これからは、もっと気楽に、一生やるの」



可笑しそうに笑いながら言うたえさんの言葉に、らんもようやく冷静を取り戻す。

大人しくなったらんに、たえさんはゆっくりと近付き小さな掌でポンとらんの肩を押した



「私も、もう、大丈夫よ」

「黒やんが、昔言ってたべ、オレらの周りでプロになれる実力があんのは、たえだけだって」


「そう、でも、私はもう、プロになる事だけが生き甲斐じゃなくなっちゃった」

「なんで?」


「らんが許してくれたから、またここに帰ってくるのが、楽しみよ」





作り物じゃない、たえさんの笑顔に、らんは熱いものが胸に込み上げてくるのを感じた。


なんなんだろう、これは、なんて言ったらいいんだろう

たえさんが抱えて来た物を分かっていたら、もっと違う視点で見れていたのか

それとも、こんな感情も含めて、今までの道則の結果なのか

今まで、自分の世界は、囲いのある敷地状の物だと思っていたけど
本当はどこまでも続く一本線だっだ


どこまでも続く、どこまでも、どこまでも


果てだと思っていた水平線の先には、まだ道があった。

今まで起こらなかった事が、そこからは起こり始める。




「唯一の見送りが、ホモで悪りーな」


「何言ってんの、調子に乗っちゃだめよ、アメリカはもっと進んでるんだから」

「全然普通?」


「当たり前で退屈」




ゲートを潜る直前まで、二人で鞄のとってを分けて持ち合った。

初め大袈裟に騒いで登場したのが今に来て恥ずかしくなったのか、無言のまま歩幅の狭いたえさんよりのろのろと歩くらんを、たえさんは横目で見て微笑む。



「じゃあ、行ってくるね」

「子供と間違えられんなよ〜」


「間違えられるわけないでしょ」




たえさんが乗る飛行機が遠く雲の中に消えて行くまで、らんは空港の前に立ち、目で追った。


きっと新しい世界は、あの空の先みたいに、肉眼じゃ把握出来ない程果てしない



「さーあ、もう一苦労味わいますかい」



腕を天に伸ばし、一足踏んだ地面は、もう既に今までとは違った色をしているように、らんには思えた。

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あきゅろす。
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