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83ひと夏の経験(過去巡り編2)
生乾きの格好のまま、らんが訪れたのは、河原のすぐ上にあるコンビニ。

勿論手には釣ったラジカセを持っている。

こんな物、持ち歩かなくとも盗む人間などいないのに、河原に置き去りにしておくのが心配だったらんは、店内まで持ち込んだ

ただでさえ怪しい濡れた衣服に、追い打ちをかけるようこのラジカセ、店員は明らかに不審な眼差しを向けている

自分の格好が異常な事位らんも十分承知だが、ヤニ切れの緊急事態には勝てず、仕方なしにこのままタバコを買いに来た。


らんは、店内の他には目もくれず、レジに直行し、タバコを買う。

店員がバーコードを読んでいる間、目に入ったレジ横の100円ライターを見て、らんは思い出した

全身水に浸かってしまったんだった
勿論ライターもポケットに入れたまま、多分湿気で駄目になってしまったはず
一緒にライターも買おう、と、手を伸ばしたその時

無意識の背中に自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「え、らん?」



聞き覚えのあるその声が、誰のものであるか思い出した瞬間、力の抜けた指からはピンクのライターが鈍い音を立てて床に落ちた。



【ひと夏の経験(過去巡り編その2)】





振り返るとそこに居るのは、ボーズ頭で作業着姿の若い男。
鋭い目を見開き、驚いたようにらんの顔を眺めている

忘れはしない、いや忘れてはいけない。

思いも寄らない人物との再会に、らんは視線を合わせつつも気軽にかけられる言葉が見つからなかった。



「お客さん、お会計、740円になります」


いつの間にかレジ打ち作業を終えていたコンビニの店員が、気まずそうに、らんに支払いを求める

しかし、心中それ以上に気まずくて、軽くパニックのらんには正確に言葉が届いていなかった。

声を掛けて来た人物から、顔を反らせないらんは、放心状態のまま店員に言葉を返す。



「マルメン二つ下さい・・」


「それは伺いました、ライター含めてお会計が740円になります」


「あライターも一緒に・・」


「だから、740円ですってば!!」



ついに怒り始める店員だが、らんはそれどころでは無かった。

目の前に居る男の名は、エースケ、中学時代の、同級生。

姿を見たのは卒業以来、声を最後に聞いたのは、もっと前。

一番の思い出は、ああ、やっぱ体育館裏でボコられた中三夏休み明けの時だろうな

そう、らんに声を掛けて来たのは、中三の頃、黒やんと離れていて荒れまくっていた時期に、一緒に遊んでくれていた黒やんの友達、エースケだ。

後に、酔っ払って、彼の彼女に手を出しまうという、恩を最悪の仇で返したらんは、それ以来完全に縁を切られていた


はず、だが、今彼はただ挙動不審ならんの行動をポカンと見つめている

その瞳に、あの時のような憎しみの色は感じられなかった。



「おい、740円、だって」

店員に、助けろという視線を送られたエースケは、顎をしゃくってらんに伝える。

言葉を発したエースケに、らんはビクッと体を反応させた後に、ポケットから湿った一万扎を出して、レジに置いた。




「お釣りはパスします・・」



小さく店員に呟いたと同時、らんは素早く商品を掻っ払いダッシュで出入口に走った。

突然、逃げ出したらんに、エースケも思わず買い物籠を置いて追い掛ける。


たった二人だけ居た客が、一気に消え去った店内には、状態がつかめず呆然とする店員と、鳴り響く出入口のチャイムだけが残されていった





「おい!らん!逃げんなよ!」


「逃げてないっす!追い掛けないで!!」


「おいって!つーかお前なんでそんな濡れてんだよ!そのゴミは何!?」


「このゴミは、えーとえーと・・オレ自身です!」


「意味分からんいいから止まれやー!!!」




しばらく叫びながら河原を疾走していた二人だが、強い陽射しに体力を奪われ、どんどんペースが落ちて行った。


最後は二人一気にウォーキングをしていた人に抜かされて、同時に地面に倒れ込む。

やっと会話が出来るまでの距離に近付いたというのに、二人そろってはあはあと苦しみ出すものだから一時そこに言葉は無かった。



「はあはあ、まさか、お前オレの事忘れてたり、とかじゃ、ねーよな?」


「はあはあ、そんなまさか、忘れてねーから、合わせる顔が、ないんだよ、はあ、死ぬ・・」



苦しみながらも、途切れ途切れ声を出し始める二人の間に、初めてお互いを認識する会話が成立した。


エースケとはモメて以降、今まで全く口を聞いていなかった。

らんのロンリー時代は、あれからしばらくして終わり、当事者以外の周りは以前と同じように接するようになってからも、エースケだけは、当然らんを避け、校内でたまたま居合わせてしまったらツラ見せるんじゃねーよオーラで舌打ちして去り際に校舎を破壊していくという、和解不可能な関係であった。

勿論らんは自分の立場を弁え、エースケの怒りを有りのまま受けとめていた。

許して貰おうなどど、考えもしない。

それはこれから一生変わらない事だと思っていたので、今になって、普通に話し掛けてくる彼に、らんの方は、久しぶりだななど、軽い言葉が掛けられるわけが無かったのだ。



呟かれた弱々しい言葉に、エースケは少し間を開けた後、首を傾けてらんを見る。

昔を思い出してるのか、ただへばってるのか、完全に頭を落としてるらんに対して、エースケは呼吸を整えて返事を返した。




「あー・・まあな、でも、もう昔の話だろ」


「いや、でもさ」


「あの話はよ、結局オレだって悪かったんだわ」



物凄く、穏やかな声。
思いも寄らないエースケの言葉に、らんはようやく頭を上げる

混乱と動揺で眉間に皺を寄せるらんに対しエースケは何も言う事もなく、タバコに火をつけ煙りをはいた



「いや、悪いのは、完全に100パーセントオレだべ・・誰が見ても」


「そりゃーお前も悪いけど、100ではねーよ、オレも悪かったし、アミも悪かった」


アミとは、当時エースケが付き合っていた彼女の名前。

らんが家に連れ込んでしまった女の子の事だ。

その後、彼らが別れてしまったのかどうかは、エースケと縁が切れてしまっていたらんは知らない。

らんは、まだエースケの言う言葉の意味が理解出来ず、何も返事を返せないまま、黙ってエースケを見る。


「ダセーから言いたくねーけど、アミが浮気したのはお前が最初じゃない、仲間の前じゃ何もないよう見せてたけど、あの時はオレら喧嘩ばっかだったんだわ」


エースケの口から聞くのは初めての事だったが、当時、らんはなんとなくその空気を察していた。

アミとエースケの接し方は、長く付き合っているカップルの落ち着きにも見える一方どこか冷めたようにも見えた、どっちなのか、断定していたわけではないが。

それでも、エースケがらんに対して怒るのが当然で、まだ、エースケの言葉に納得出来ない物があった




「覚えてる。お前とアミが消えたあの時、喧嘩してたもんで、うざったいから、ずっとアミを放っといてオレは友達と飲んでた、結局アミが居ない事に気付いたのは次の日の朝」



「ごめん、オレはあんまり、覚えてねー」



「だろーね、お前泥酔してたし、まあ、アミとお前が一緒に消えた事人から聞いて、オレはキレたわけよ」

「うん」



「一番がオレを舐めてるアミにで、二番が彼女がいなくなったのに気がつかない自分にで、まあ、三番がお前にかな」



笑う、エースケの顔を見るのは久しぶりで、らんには懐かしさを感じさせる物だった。

懐かしい、という優しい言葉に少しの辛みが含まれている感覚。

当時の匂いが香る、甘さも苦さも混ざった、全ての香り。

夏の暑さは、それをより一層、濃くして、らんは目眩がした。




「はは、アミの奴、よりによって、らんかよーてなー」


「よりによって、て何が?」


「オシャレな面したセレブになびきやがってーて」



「アハハハ!いるわなーそーゆー悪役」



「何より、オレの友達かよ、て」



いつの間にか出ていた笑い声は、エースケの言葉に、また静まる

黒やんの友達、という関係で会話をした事はあったものの、友達と呼べる間柄にあったのは、ほんの一月ちょっと

彼女との事を知った後のエースケにとって、らんは裏切り者にしか見えなかったはずだ。

一瞬の事かもしれない、今だから言える事なのかも知れない。

それでも、らんは、エースケがそんな事を考えていたという事実に、胸が苦しくなった。



「あの時は、そんな事考えないで、お前がアミに手え出さなきゃって、腹立つの全部お前にぶつけてしまったけど、今考えたら、オレ相当格好悪かったわな」


「や、誰でもそーだべ」



「なんだかんだ言って、あの時は、目茶苦茶アミが好きだったから」




思い返すように呟くエースケの顔。

らんは、ようやく気が付く、エースケがどんなに、自分も悪かったのだと語ろうと、どうしても、自分で自分を許せないわけが


無茶苦茶好きだったから


そうだ、エースケも、らんと同じだ。

何が悪いか、どの位悪いか、本当に悪なのか、考えれば分かるけど


たえが、悪気を持って言った言葉じゃないと、そんなのとっくの昔に分かっている。

でも、目茶苦茶、黒やんが好きだから、コントロールが出来無かった。

たえ、という人間が嫌いな訳ではない、けれどもいつだって、悪意だけが心に刺さるわけではない


真っ直ぐでありたい、けれども感情が交差仕合うこの世では、誰かを好きになってしまえばそれがとても難しい。


エースケや、らんだけじゃない、誰だってそうだ。


誰だって、悪役ではなく、ヒーローになりたい、本当は。




「とか言いながら、ちょっと喧嘩しただけで、アミの事無視するような、オレが馬鹿だったんだよ、好きならもっと行動で示しときゃ良かった」



話を聞くのが、もうらんには苦し過ぎた。
膝を抱えたまま、動けずに居る。
エースケの言っている意味が、もう全て分かった。

全部自分の事のように感じて、苦しい。




「まあ、もう昔の話だけどな」





エースケの言葉は、らんに本心を話した事により、昔の話しとなった。

エースケがアミとまだ付き合っているのか、別れているのか、まだ好きなのか、らんには分からない


けれど、エースケは、らんを許していた、らんの知らない間に。

時は経っている確実に、皆少しつづ変わっていく、それを受け取めている者は、今穏やかに笑っている。


らんは、思う、自分は、取り残されているのではないかと


一体、いつから




「なー、お前はどうなの?」


「え、何が?」


「彼女いねーのか?」


「いねー」


「好きな奴も、お前にはいねーのか」



エースケの質問に、らんは口をつぐむ。

頭に浮かぶのは、やはり、黒川大一。

好き、という言葉で浮かぶのは、昔からずっと、黒やん、いつも、どんな時でも



「いや、好きな奴は、いる・・」


「へーえ、いつから好きなの?」


「いつから・・・」




言われてみれば、自分はいつから黒やんが好きなのだろうか

エースケに聞かれて、らんは初めて、その事について考えてみた。

でも、よく、分からない、記憶の中の自分は、いつだって、黒やんを全てもの基準として考えていた気がする。


黒やんに初めて会ったのは、もう随分昔の事で、その時の事を、らんはよく覚えていない。

物凄く、幼い頃だ、不思議な事に10年以上経った今も、黒やんのイメージはその頃と変わらない。

恋に落ちる理由になる、劇的な何かが起こった記憶も無い

こんな風に、悩んだりする事が来るとは、想像すらしていなかった頃から、何も変わった事は無い気がする


いつから、言うなれば、最初からなのかもしれない


まだ何も知らなかった、頃から



「好きなのは、多分ずっと前からだ」




そう、それは、愛とか恋とかの、言葉の意味を知るよりもずっと前から。


何も知らなかった、辛さも、痛みも、知らずにいたから、言葉にする必要も無く、純粋に愛しかった。


あの頃は、それでよかった。





「相手には言ってんのか?」


「いや、言ってない、言えない」



「まあ、事情はしんねーけど、どこかしらで、本当の事は本当にしないと、自分が損すっぞ」




エースケの言う言葉は、身に染みて分かる。

思いきり、言えるのならば、その瞬間は、今まで損して来た事全てが報われるのかもしれない

でも、その後は

言った後は、無くして来た物と引きかえに、反対側の守ってきた物全部を手渡す事になるだろう

揺れる天秤、やりなおしは二度と、きかない




「言わねーと、誰も気付けねーぞ、お前がそんな顔してる事とか」



エースケに指さされる自分が、どんな顔をしているのか、らんには何となく分かった。

きっと情けない顔をしているのだと思う、渋そうに、歪んで、過去を乗り気っているエースケの事を、羨ましそうな目で、見ているのだろう。


素直に頷くらんに、エースケは愉快そうに笑って、一息ついた後、立ち上がりケータイの時計を見る

首元のタオルを巻き直しながら、見上げてくるらんに告げた。



「そろそろ休憩終わりだから、戻るわ。あ、オレ今、土方やってんの、高校行かなかったんで」



「ああ、黒やんも似たよーなバイトやってんぜ。学校行く直前とかまで働いてたりするから」



「マジか、懐かしいわー会いてーなー黒やん」




元々黒やんと仲の良かったエースケは、らんが名前を出すと、たわいもない近況を喜んだ。

らんはそんな狭間に自分が居る事が嬉しく、余計に口の端が上がる。




「今度黒やんに会わせてな、らん」


去り際に、呟かれたエースケの言葉


その言葉を聞いた後のらんの心には、今、自分が何をするべきかの答えが導き出されていた

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