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80柔らかいイナズマ
近頃のオレの生活を見て、家族は言う、寝過ぎだ、と。

違う、オレはただ寝ているんじゃない、考えているのだ。

布団に潜って、他からの雑念を全てシャットアウト。
考えている、真剣に、オレについて。
違う、引きこもりじゃない、だって今のオレはいつになくアグレッシブ。

越えなきゃいけない所だと思うんだ

逃げない、今まで逃げて来た道を戻っていく、昔乗ったタクシーの運転手が言った、一度通った所をまた同じ道順で戻るのが一番だるいんですよ、意味は違うが確かに逆走するのはしんどい
でもオレは戻る、戻ってまた同じ場所で考えたい


坂本がいない今だからこそ




【柔らかいイナズマ】





瞼の上にぼんやりとした青が見えた、今日は晴天だ。
昨日は気が付いたら眠っていて、開けっ放しのカーテンから青々とした厚塗の空

時刻は午前8時過ぎ、今の時間帯から昼前までの時間の事を、オレは最近こう呼んでいる

自分の魂を叫ばせる時間。

声を出さなければ心の中で何叫んでもオーケー。
テレビを含む外部からの音は一切流さず
動物の鳴き声は無視。

マギーはウサギだから鳴かない、さすが坂本から貰ったウサギ。




「ねえ早く朝飯片付けないとかーちゃんキレるよ」



問題は人間だ、オレの部屋に入る時は絶対にノックをしない妹、れな。

チキショウ!一日の中で今最も重要な時間だっつにー!
朝飯の話なんてするな!



「おい!今はオレとマギーしかこの部屋に入ってきちゃいけねー時間なんだよ!出てけバーカ!」


「なんでだよ、つーかウサギはあんたが寝てる間にとーちゃんが持っていったからいねーよ」


「え!じゃあオレが今触ってるこのフワフワって何!?」


「親父のファージャケットだよ!めんどくせーな目ぇ開けて喋れよ!」


何と言われても頑固に目を開けようとしないオレとの会話が面倒になってきたれなは何も言わずに立ち去って、また静寂に包まれた部屋の中。

マギー、さっきから動かないから寝てるのかと思ってたのに。

服だったのか、しかも冬物。
わざわざ冬物を引っ張り出してまでマギーとジャケットを入れ変えるなんて、父は今ウサギで何やってんだ。

れなに邪魔された事によって雑念が混ざり初めた頭、いやいやいけないとまた思考を切り替えるオレ。


テーマはたった一つだ、でもたった一つに物凄い時間が掛かる。

オレは逃げたから、嫌過ぎて逃げた考える事から逃げた。
携帯を着信拒否にして赤高に逃げた。
やましい事なんか無いと思ってたのに、怒る事からも逃げた。
大事な事を主張する事からも逃げた。

きっとその時その時にいっぱい道はあったのに何も考えずに全部逃げるを選択した。


自分でどうにかケリを着け無かったから、周りの人の中にも消えない。
先輩んちで思い知らされたのは、赤部で平穏に暮らしてて、昔の事なんか全然大丈夫なふうにしてて、本当はまだ全然大丈夫じゃ無かった事。


先輩んちから逃げ切った帰り道、先輩の携帯を着信拒否にして、もう二度と会わなければ、先輩を避けていけばもうこれから先も大丈夫だと思った。

でもふと頭を過ぎるのは、これから先もオレの携帯に着信拒否ナンバーが増え続けていくのかという事。

なんでオレの方が先輩の居る場所を避けて生きなければいけないのか

オレこんなんじゃなかったはず

苦手な物を消していかないまま放置している限り、苦手な物はそこからどんどん増え続けるのだ。


マイちゃん、ちょっと前は口に出すだけで胃がキリキリと痛んだ、でもキレて錯乱したまま先輩に怒鳴った時、なんだか立ちはだかっていた厳つい壁が少しだけ欠けたような、雨雲が少しだけ晴れたような

逃げて避けて進んで来た今までは一度だって見えた事のないような答えが一瞬点滅して


このままの方向で、進んでいかなければいけない、と思った。


思った、そして、オレは何をやるべ


ちょっとストップ




「ん・・・・?」




突然の違和感に、オレの思考に集中し初めていた頭が、また脱線を起こす。


無視しようか悩んだが、今まで静かだった部屋に響く音は、何と言うか聞こえてくる限りでは余りにも近い。

どんな音か、例えるならガラスを爪でカチカチと叩くような、小さいけどきになるあの音。

聞こえてくるのはベランダ側、という事は、これは何かが窓にぶつかっているというなのだろうか。


断続的に続いているから、風に飛ばされた何かが当たっているわけではないはず。
なんだろう、生き物?虫?

蜂?


目を閉じる事はオレの中で絶対条件ではあるが、この音が気になり過ぎて、考えに集中出来ない。

今回だけ、特別に一瞬だけ目を開けてみようと決意したオレは割とどきどきしながら、意を決して瞼を持ち上げる。



寝返りと同時に首を向けた窓の外、サンサンと光のよく当たるベランダで恨めしげにこっちを見ている瞳と、カチ合う


なんで



「坂本・・・?」




オレは思わずベットから転げ落ちてそのままの勢いで窓の鍵を開けた。


なんで、何やってんだこいつ?
会えないんじゃなかったのか、何でベランダ?

坂本だ、本物だ、金髪だ。

いつぶりかも数えてない程、久々の生身の坂本を前に、オレの頭はさっきまでの思考を全部おじゃんにしていた。

もうバッチリ目は開いて、今見えているのは、鍵を開けた瞬間にグッタリと部屋に倒れ込む坂本、のみ。



「から・・い・・」


一体いつからベランダに居たのか、日射病寸前の坂本の声は掠れて弱々しく、何て言ってるのか全然分からない。

一体何なんだ、声を出す力もないのか、だからずっとガラスを弾いてたのか



「坂本!どーしたの!?大丈夫か!お前!」


「から・・って・・い」


「日射病だったらどうしよう、今部屋冷やすね」


「・・・い」


「ねえ水分補給とかした方がいいんじゃね、顔あけーぞ」



「だからダカラ持ってこいってさっきから言ってんだろとっとと動けこんにゃろう!!!」



うわごと位にしか声を発せ無かった坂本が、最後の力を振り絞ってオレに蹴りを入れる。

今までダカラ持って来いって言ってたのか、やっぱり相当熱さに参ってるみたいだ。

気付くのが遅かった事に罪悪感を感じるも
よく分からないが、見た事ない位弱った坂本が心配は勿論だが、無性に愛しい。



「ねーダカラってあのポカリみたいなやつよね、うちにはポカリもねーのにダカラなんてあるわけ無いよ」

「知るかバカ、喋らせんな・・」


「おー我が儘過ぎる・・・、とにかく何か飲むもん持ってくるから、そこにいて」



いきなり電話に出なくなったかと思えば、いきなりベランダからやって来て体調不良。

やっぱりこの人間だけは、分からな過ぎる



冷蔵庫の中に適当にあったペットボトルを、二本抱えて部屋に戻ると、坂本はいつの間にか起き上がって、オレのベットに頭だけ乗せていた。

なんだかちょっと疲れてるみたいだが、やはり樫木の件で何かやってるんだろうか

色々聞きたい事はあるけど、とりあえずは黙って目の前に座りペットボトルを渡すと、坂本は数秒で500ミリリットルの水を全部飲んで、また床に仰向けになった。


水分補給で、少し回復した色の顔は下からじっとオレを見つめ、オレが少し戸惑ってしまった後、息の音だけで笑う。



「人の電話で遊んでんじゃーねよ」



言われて、数秒は何の事か、よく分からなかったが

思い当たる事はあるわけで、でもここ数日はやってなくて


どうせ聞かれないだろうと思って、毎日の日課に入れていた坂本の留守電。

100パーセント絶対に聞かれないと思っていたわけじゃないけど、聞かれていた場合の事を考えずに入れていたわけだから、こう、まさかのお返事が来ると結構恥ずかしさが沸き上がってくる



「だ、だっていちいち留守電に繋がるから、お前出ないし、なんか喋りたいじゃん」


「ふ、ミジメな奴ね」


「ふ・・別にいーんだ・・お前相手にならいくらでもミジメな奴で」



ふて腐れ気味に笑ってみると、坂本は空になったペットボトルを望遠鏡にしてオレを覗き込む

水滴ごしに当てられる茶色い瞳はオレの全てを透視しているようで

些細な行動にも関わらず、何だかオレは戸惑ってしまう。





「で、今度は何?」



強張るオレの顔が、ペットボトルに映る。

突然切り出した具体性の無い坂本の言葉に、まんまと最近のオレの心情がリンクし、誘導尋問でもされてるような緊張が走った。



「何だそれ・・・」


「ここ三日留守電入って無かったけど、どーなの」

「さっきは遊ぶなって言ったし・・」


「やるんなら最後までやれよ」



万華鏡のようにクルクルとペットボトルを回す坂本は、決してオレの心に安息を与えにここへやって来たりはしない。

目の前に転がっている男が、今なぜここにいるのか


やっと分かって、無意識に固く握っていた拳が緩み、胸の中は奥底からじわじわ熱くなっていった。

何でベランダから侵入して来たのかは分からないが、坂本はオレに会いに来た

坂本の留守電に、メッセージを入れ無くなった変なオレを見に


オレが思ってるよりも多く、坂本はオレを見ていた


坂本はオレのつかの間の休息には決してならない。

坂本はいつだってオレに電気を流す。


ピリピリ、ピリピリ、シビれてしまう


出会いから、今まで、エコ嫌いのこの男からずっと電気を流され続けてきたから

オレも変わりたいと思うようになったのかな




「ねえ、坂本はさあ、何かを決める時に色々選択肢があったら、どうやって一個を決める?」


「何それなぞなぞ?」


「違うわ、何かを決める時って、いっぱい選択肢があるじゃん、そのうちから一つ選んで、それが本当に良かったのかどうか分からないうちにまた新しい選択肢が出てくる」


「それが?」


「オレは、それを選んでいくのが、苦手なんだわ」



オレの言葉は解りずらくて、自分でも今思っている事をちゃんと表せたのかよく解らなかった。

坂本は言葉を言い終えた後のオレをペットボトルを捨てて、じっと見つめる

変な物でも見るかのような目でまじまじとオレを見た後下を向いて少し笑い、オレの腕を使って上体を起こした。





「そんなもんは適当に決めりゃいいんだよ」


「え」




空気の抜けたような坂本の声は、オレの重たい言葉の一つ一つをピンポン球を飛ばすように軽く弾く



「どうせ重要なのは最後に絞られた二択くらいだから」



少し寝ただけで、随分と乱れる坂本の髪は坂本の瞳を隠していたが、大きく歯を覗かせて笑う口元で、どんな表情をしているのか、なんとなく分かった。


前髪を少しねじってオレを映し出した、瞳には何の迷いも無い。



「そうかな・・」


「大体はね」


「二択か・・オレは更に決めるの迷うかもな」



一つに二つ、複雑なように見えてシンプルでストレートな坂本のやり方


今日みたいな快晴を真っ二つに割る飛行機雲みたいな選択

それで例え雨が降ったとしても、きっと坂本は後悔しない



「迷えば」


「え」


「迷って、ヤケになって、必死こいて二択に絞れ」



立ち上がった坂本を見上げるオレの顔に、真上から手が伸び手がふれる

いつの間にか、クーラーに冷却され、乾燥してひんやりと冷たい右手が小さくオレの頬をはたいた




「最後はオレが選んでやるよ」



言葉が先だったか振り返るのが先だったか、オレがボーゼンとしてる間に、坂本はいつの間にかまたベランダに居て、足に柵を掛けている体制。


何か言おうと音の出ない口を動かしているうちに、後姿のまま坂本は少しだけこちらに視線を寄越す。




「なんだその顔」



豪快に笑う坂本の横顔は、オレの目を奪ってるうちに一瞬で下に落下して消えた。ボーゼンとしているのは、坂本の居た30分が、一人で考えていた三日間よりも、確実にオレの頭をクリアにしていったから

ごちゃごちゃしていた物を坂本が持って行った。

帰る時もベランダからの男は窓を閉めないまま、またどこかに消え部屋の中に風を吹かす


なんか出来そーだ、全く新しい何か特別な事。


太陽が真上に昇ろうとする前の白い陽射しの中で、オレはそんな言葉を舌の上で転がしてニヤけた

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