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78理想の樫木
坂本が誠悟のアパートを訪問して、三時間経過した今、二人は鳩中近くのファミコレスに居た。


テーブルの上には、何やらボールペンで書き込まれた紙ナプキンが無数に散乱している。

端から見ればゴミにしか見えないそれを真剣に眺めながら、先程から静かに討論する坂本と誠悟


「一人樫木がいる」


「ああ」


紙ナプキンの一枚に書かれている赤丸でぐりぐり囲まれた偽樫木の文字。
恐らく、この二人にしかわからない謎のキーワードである。


「お前がやればいい、せーご」

「駄目だバレんだろ」

「オレよかマシだろ、樫木に知ってる奴なんかおらん」

「抜かり無く行くなら本物の樫木がいいだろ、第一樫木の制服なんて持ってねえ」

「そんぐらい余裕で調達出来るわ」

「嫌だよ、何で現役なのに制服コスプレしなくちゃいけねーんだよ」



両者納得のいく結論にたどり着かず、言葉の投げ合いは延々に続く。

無意識に二人息を吐きながら、偽樫木のキーワードさえ埋まれば直ぐにでも始まろうとする紙ナプキンに乱雑に書かれたこれまでの三時間を眺めた。



「あーあ、どっかいねーのかよ、理想の樫木」


タバコを吸いながら、目線だけで下を見る坂本の元に、理想の樫木が届く数時間前の映像である。




【理想の樫木】




偽樫木、それが一体何を指すのか今の所端目では分からない状況だが、そこには黙々と電話を掛ける坂本と、その横で、坂本が電話を切った後、紙に書かれたリストの名前を消していく誠悟の姿があった。


数名の候補の名前が書かれたリスト、それは坂本が、もしかしたら樫木だったかもしれない、と思う知人の名前である。


誠悟は小学校卒業時にこの土地を離れてしまっていたため、思い当たる人物がおらず、残された希望は坂本のリストのみとなっている。


現在状況はというと、既に掛けた分は結局記憶違いで全滅。
やはり、だったかもしれない系の記憶は当てにならない。




「あんどー、オレオレ」


「オレオレ詐欺かよ」


「振り込め」


「振り込め詐欺かよ、寝てたつうに何で非通知なん?」


「別に(本当に別に意味は無い)」


全滅寸前のリストの最後の一人、アンジーに無意味に非通知で電話を掛けた坂本は、前にアンジーがちらりと言っていた言葉に逆転を賭けていた。


樫木に知り合いが居る、という言葉。

事実かどうか疑わしい所だが、もうこれしか思い当たる所がない故に、取り敢えず話を聞かない訳にはいかなかった。



「ねーお前樫木に知り合いいるつってたべ、それ何ていう人」


「は?ああ、樫木な。なんで?」


「何ででもじゃ、早く言えや」


「牛嶋くん、3年。樫木つっても留年してっけどな、今頭スキンで普通に30代に見える」


「ふざけんな、そんな樫木はいらん」


「はあ?何だテメー意味わかんねんだよ、くだらねえ事で電話してきやがって、寝てたんだよ謝れ!」


「うるせえ振り込め!」


「訴えんぞ非通知!」




結局、アンジーに賭けた勝負も空しく、リスト制作から30分で全滅に終わる。

アンジーに樫木の知り合いが居るのは事実らしいが、坂本の求めている樫木には余りにもかけ離れていた。

坂本の求めているのは、見た目いかにも樫木だという感じの樫木生

普段なら樫木とかかわるような生活をしていない為、そんな人物が容易く坂本の周りを転がっているわけが無い。


むしろ、本来樫木の方が坂本のような風貌の者を避けるのである、今だけホイホイ坂本に近づいてくる奴なんていない。


そしてグロリアス関係者であっては駄目なので知らない奴を適当に連れてくるわけにもいかない、そうなると目的とする樫木生は相当絞られてくるのである。



「もう本物じゃなくてもいいわ、赤高から眼鏡の奴でも適当に選んでくる」


「演技テストもしろよ、ちょっとでもとちったら終わりだかんな、相手は樫木よ」


長らく考え込んで、段々面倒になってきた坂本と誠悟。
妥協案を話し出したその時に、ファミレス内に新規の来店を告げるチャイムがなり響く。


音に反応した坂本が、入り口に目をやれば、良く知るすらりとした体型がそこにある。

普通のファミレスなのに、ウエートレスが皆出迎えに行き、それに戸惑う顔は非常に見覚えのあるものだった。



「あ」


「あ!」



坂本が呟いたと同時、向こうも少し離れた場所から視線を送る坂本に気付き、声を上げる。


条件反射で、少し引きつってしまう顔は、長年坂本が仕込んだ通りで、間違い無く本物であるという証拠。


「坂本さん、何やってるんですか」


姿勢よく歩きながら、紙ナプキン山積みのテーブルに近づいてくるのは、元鳩中出身で現在赤高一年


一人でファミレスにやって来ようが何しようが許される程の最強イケメン、ヒコボーである。


被っていた黒いキャップを脱ぎ、それでパタパタ顔を扇ぎながら、ヒコボーは坂本に話し掛けた。



「今日外暑いです、坂本さんこの紙なんですか?」


ヒコボーの些細な呟きを拾ったウエートレスが、まだ着席もしてないのに、ヒコにおしぼりとお冷やを渡した。

一変したファミレス内の様子に各席で、メイド喫茶かよ、とビビる他の客の心の声が音無く響く。



「プロジェクトエックスよ」

「オレこんな紙ナプキン使ってる人見た事ないっす」

「ヒコ、今煮詰まり気味だから、プロジェクトエックスの歌うたって応援して」

「ここで地上の星ですか!?勘弁して下さい・・このファミレスよく来るんですよ」



無茶振りに真剣に嫌がるヒコの反応を楽しみながらも坂本の頭は、まだ偽樫木のキーワードが締めていた。
テーブルの上に散乱する紙ナプキンに視線を落としながら、坂本は無意識の一人言のように呟く。



「どっかにいねーかな、樫木・・」



ポツリと呟いたその言葉に、ヒコボーは不思議そうな目を坂本に向ける。

坂本の発言の意図はよく理解来出ずにいたが、なんだか思い当たるその言葉

ヒコボーは自分に対して向けられたのではないと分かっていたが、なんとなしに返事を返した。



「え、坂本さん樫木の人探してるんですか?オレいますよ、樫木のともだち」


扇ぐ動作を続けながら、なんの気もなく言ったつもりが、言った後、坂本のみならず向かいに座っていた誠悟にまで凝視され、ヒコボーは思わずキャップを持つ手を止めた。

予想以上のリアクションが返って来た事に、何事なんだと困惑する。



「ヒコ、その人10代に見える?」


「え、はい、もちろん」


「インターネットで怪しいサイトとか作ってねー?」

「えー、まさかー」



訳も分からず、にこやかに話すヒコボーの顔を見て、ここに来てのまさかの出会いに、坂本と誠悟はどちらともなく目を合わせて、にやりと笑む



「ねえ、悪いけど今すぐその人ここに呼び出してくんない?」



覇気の戻った坂本は、そう言ってテーブルの上の紙ナプキンをまとめてポケットの中に突っ込んだ。




突然の頼まれ事にヒコボーは不信がりながらも電話でアポを取り、なんとか約束を取り付けた。

電話対応に少しくたびれた様子で、坂本達の席で一緒に相手の到着を待つ。



「本当に来んのかよ、なんか電話で超揉めてたべ」


「うーん大丈夫だと思います、多分」


「本当にともだち?お前嫌われてんじゃねーの」


「うーん、かもしれない・・・」



待ち合わせ時刻を過ぎても一向に現れる事のない目当ての樫木生に、ヒコボーは段々不安になり、坂本も疑いの眼差しを向ける。


若干気まずい空気の中、ヒコボーが可哀想に思えてきた誠悟は、空気を変えるべくヒコボーに話を振った。


「その樫木の人、どんな奴なの、やっぱ真面目な感じ?」


「真面目なんですけど、何か面白いんです」


「面白い?」


「頭良くて、運動出来て、家も金持ちなのに、なんかそれだけにしとくのが勿体ないと思わせるような・・」


「どんな奴だよ」



ヒコボーは真面目な顔で説明するが、誠悟にはヒコボーの言葉で人物像を想像する事が難しかった。

普通でいいのに、もしかしたら、無駄に濃いキャラなのかもしれない。

余計なオプションだ


そんな誠悟の予想がまんまと当たってしまう、直前の会話であった。






「坂井くん!鳩中元バスケ部の個人情報が流出してるっていうのは本当か!?早く詳しく話してくれ!」



待ちくたびれた三人のテーブルに、新規来店のチャイムと共に血相を変えた一人の男が到着したのは一瞬の出来事だった。


前髪を横に流した爽やかヘアーに、参考書が入った重そうな荷物、不安と焦りを宿した瞳はヒコボーを見つめる。



「大体なんでそんな事知ってるんだ!?坂井くんは帰宅部だったじゃないか!とにかくうちは病院なんだ!個人情報の流出なんか困る!」


「諸星くん・・」



「内申に響くかもしれない!」



「久しぶり・・」



「何をそんな呑気なんだ!!」



ヒコボーがこんな呑気な事しか言えないのは、個人情報の流出なんか、勿論嘘だからである。

電話に出た時点で、不機嫌であった彼に、どうにか来て貰おうという負けず嫌いが無駄に働いてしまい、彼の気を引く作戦を考えてしまったのだ。

真面目な彼に、先輩が会いたがってるからちょっと出て来て欲しいと素直に言ってもきっと相手にされない。

そう悟ったヒコボーは少々大袈裟な冗談を言ってしまったが、現在の焦りようを見て、かなり後悔している。

中学時代同じクラスでどの分野でも一番優秀だったのにも関わらず、ヒコボーがイケメン過ぎる余り何かと比較対象にされてきた彼がヒコボーの事を敵視しているのを、当のヒコボー本人は知らない。


誠悟は予想以上の熱さに、思わず口を開けて彼から目が離せなくなっている。


ヒコボーも、余りにも自分の嘘を信じきってしまっている彼の様子に、今さら嘘と言えず、心の中で懺悔しまくっていた。


そんな中、坂本ただ一人が無表情で彼を上から下まで眺める。

何かの確認が済んだ後坂本は、非常に満足そうに歯を覗かせて笑った。




「いいねえ」


「何がいいんだ!僕はこの後塾があるんだ!!早く話してくれ!」


「イイ、イイ、イイねー」


いきなり言葉を発した坂本は、立ち上がり、苛立ち気味に声を上げる彼に、至近距離で視線を合わせる

近づいてきた坂本に、ビクリと体を震わせ、荷物を床に落とす彼の肩を坂本はがっしりと掴んだ。




「いかにも、オレと関わり無さそうで、実にイイよ」


ニヤリと悪どい笑みを向けられたが最後、彼は恐らくプロジェクトエックスから逃れる事は不可能。



「名前なに?」



「な、名前?僕は、あの諸星千鶴だ!!」


彼、諸星千鶴の、迷宮への入り口が開かれた瞬間である



「へえ、オレはあの坂本アキオ、よろしくね偽樫木ちゃん」



坂本明男の手によって






初対面から一時間、夕暮れの中、四人はとあるアパートの一室の扉の前に立っていた。


あの後、とうとう、個人情報の流出の話が嘘である事をヒコボーが白状し、それに諸星は、ブチ切れた。

時間の無駄だと行って諸星は帰ろうとしたが、勿論坂本がようやく見付けた理想の樫木を帰すわけがなく、ファミレスから苦情が来る前に退出し、無理矢理このアパート前まで諸星を引きずって連れて来たのだった。



「弁護士を雇う!絶対弁護士を雇ってやる!これは誘拐だ!」


「雇っていいから聞きなさい、あのさーお願いがあるんだー」


「ふざけるな!知るか!僕に願うな!」


ここに来て、坂本はようやく本題を切り出した

聞く耳持たない様子で暴れる諸星を気にせず、坂本は淡々と続きを話す。



「ここの部屋に居る奴に今から会わせるから、これから数日か数週間かわかんねーけど、ここに来てそいつの世話して欲しいわけよ」

「ありえない、あのな、僕は毎日塾があるんだよ、今日だって本当はもう塾が始まってる時間なんだよ、こんな事して、非常識にも程がある!」



「大丈夫、塾の時間はいい、世話つってもそいつの代わりに買い物行ったり、一人でふらふらどっか行ったりしないように見張っとくだけでいいから」


「馬鹿か、何で僕がそんな事しなければいけないんだ」


「選ばれたのよ、ヒーローズ見た事ある?」



「あああ!もう帰る!本当に帰る!絶対しな・・」



玄関先で成立しない交渉が繰り広げられる中、頑なに坂本の要望を拒否する諸星が、大声で叫びを上げたその時

背後で閉ざしていた玄関の扉が、いきなりキイと開いた

その場に居た全員がその音に反応し、半開きのドアに視線をやる


「なんだー・・すげえ騒がしいと思ったら、何やってんの」


半開きの隙間から、顔だけ覗かせるのは、その部屋の居候。
寝起きの顔で玄関先の奇妙な団体をボンヤリと見つめる、なかがわが居た。


「良樹は?」


「二時ですだよ」


「また二時ですかよ」



諸星が逃げないように手首を掴んだまま、なかがわと話す坂本だったが、不思議と諸星はその掴む手から逃れようとする力は感じられない

先程まで拒否の言葉を繰り返していたのに、今はその声が聞こえて来なかった。


「はい、こいつが、今から会わせるっつった奴。ねえお願い、カッパパイあげるから」


振り返った坂本が、諸星に声を掛けたが、返事は無い。

諸星はまるで坂本の声が聞こえていないかのように、無反応で、ただ玄関から顔を出すなかがわに釘付けになっていた。



「天使だ・・・」



突然の様子の変化に驚く周りが見えない程、なかがわを前に立ち尽くす諸星は

今自分が心の内を声に出して呟いた事にもまだ気がついていなかった

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あきゅろす。
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