75優秀なヒール
坂本明男は、樫木に本気になったようだ
きっと坂本のやり方で、樫木に何かアクションを起こす事だろう
坂本は本気だ、樫木対策を練るのに相当夢中になっているのだろう
だから、そのせいで、坂本の家から帰ったあの日から、ここ数日音沙汰が無い
「只今留守にしておりますご用件のある方は・・」
「ああああ!!なんで留守電なんだよチキショー!!」
メッセージなんてどうせ聞かないくせに
慣れない留守番機能なんか使いやがって、留守番なんかにしなくてもあんまり出ないくせに
こんななら、出なくても長いコールを待ってる方がマシだ、僅かな期待すら持てないじゃないか
なんで、オレには何も教えてくれない
「ピー・・」
「7月30日、晴れ、今日も坂本らぶです・・」
どうせ聞かれる事はないだろうと、この数日、坂本の携帯の留守番機能はオレの日記代わりにされている
坂本に会いたい
【優秀なヒール】
今日の一言が留守番に録音された直後、いつものごとくノック無しで部屋を覗いてきたのは、短パン姿ですっぴんのれなだった。
我が妹ながら、眉毛くらいかけよと兄は呆れる
「ケン、スイカ食べる?」
なぜ17歳の夏休みに家で妹とスイカを食べなくちゃいけないのだ。
こちとらバリバリ平成生まれだっつーの、若気の至りが義務だっちゅうのに
余りにも寂しい己の現状にオレは、自分の不甲斐なさを恥じた
「れな、お前も仙山ギャルなら、夏休みに兄と一緒にスイカ食う事をちょっとは悩めよ」
「だってかーちゃんに、ケンにスイカ食うかどうか聞いてこいって言われたんだもん」
「言われたんだもんじゃない!こんな天気いい日に遊ぶ奴いねーのかおめえはよー!!」
「あんたなんなの!?てめーが最近毎日暇してるからってこっちに当たんじゃねーよ!!坂本さんと遊び行けばいーだろバカ!」
「遊べるならオレだって遊びてえよバアカ!!オレ寂しいんだよ・・一緒に水族館でも行く?」
「えええ?嫌だよ友達に見られたら恥ずかしい」
オレが情緒不安定な事を悟ったれなは、スイカの件を無かった事にしてさっさとオレの部屋を引き上げた。
ああ、八つ当たりしても妹は口喧嘩もそこそこにしかしてくれない
また一人になった部屋でオレは途方に暮れる。
坂本はオレと真逆で、考えている事が全然顔に出ないから。
あの日、あの後、二人で割れたガラスを片していた時は(ほぼオレが片したけど)、坂本はいつまでも警察だ!と叫ぶオレに、途中からなぜかウケ出し、住居侵入罪で逮捕!と部屋にあったプラスチックの手錠でオレをドアノブと繋ぐという嫌がらせをして楽しんでいたのだが。
人を招いておきながら侵入罪だなんて、じゃあいつも知らない間にオレの部屋に勝手にいるお前はなんなんだと思ったりして
樫木の事一瞬忘れてしまうくらい楽しかったのだが
こんなふうに、樫木対策で籠もるとは思わなかった。
会えなくなるって知らなかった
もっともっとイチャイチャしとけばよかった
まだまだ修行が足りないのだろうか、これからはもういい時も悪い時も坂本と一緒に幸福にもピンチにもなれると思っていたのに
はあ、とため息をついたら、益々寂しさと悲しさが増していった。
坂本は、誰よりも速い、感情や衝動がすぐにあちこちに飛び回る
きっと何もが坂本には追い付けない所にあるのだ
それでも一番近くにいるのはオレだと思わなきゃ
散る気をきゅっと結びオレはケータイをテーブルの上に置いた。
気分を変えようと窓を開けタバコに火を付けたら、あれだけ無反応だった携帯が机の上でバイブレーターを鳴らす
短い振動は電話ではなくメールの着信を伝えた
それでも先ほどまでずっとなんらかの反応を待っていたオレは意識をあっという間に逆戻りさせ携帯を開く
ドキドキしながらメールボックスを開くとそこにあったのは見慣れた短文だった
「あ・・・」
期待したメールは坂本からではなく、内容も毎度同じ
そういえば、二度もメールをシカトしてしまっていたと思い出す
今夜暇?
とだけ打ってあるそのメールは、中学時代と同じ
合コン帰りのあの夜久しぶりに見た、千羽先輩からだ
この人は本当適当だから、取りあえず自分が暇なら、こういうメールを送って、即返せば適当に遊び、返事が遅くなれば本人も送った事を忘れる
だから、シカトしてしまったものの今日まで気にする事もなく過ごしてきたのだが
退屈な現在からか、情緒不安定からか、なんとなくオレはこのメールを返した
別に暇
家でスイカ食ってた方が後々良かったと気付くのは、もう少し後。
オレがこんなやっちゃったな選択をしている間、一方あの坂本さんはというと
とあるアパートの一室を訪ねていたのだ
階段上がって二階、造りは良樹のアパートと似ているが、こっちの方が少し日当たりがいい
居留守を使われるような相手でもないのに、しょっぱならからのチャイムの連打。
出てくるであろう彼は、きっと坂本の訪問に驚く
「坂本・・・?」
「や!」
確実に、遊びに誘われるわけではないだろう事は、訪ねられた彼も良く分かっていた。
けれども、坂本明男が考えて持ってきた目的まではさすがの彼にもまだ分からない。
「やっぱ陰湿ないじめっ子相手には陰湿ないじめっ子が一番だわ」
「何、それオレの事?」
一対一でこんなに会話したのは、小学生以来だろうなと、きっとこの時双方が思った事だろう
お互いに承知の全く違う人種。
だけど、全然気が合わないわけでもない。
「久々に、なんか卑劣な事やってくんない?せーご」
ニッと笑う坂本の心を大まかに感じ取った横須賀くんは、疑問を残した顔のまま僅かに笑い、坂本を部屋の中に入れ玄関を閉めた。
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