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74始まりのクラッシュ音
ダイナマイトで樫木と対面したあの夜から早三日

この日オレと坂本は、とあるアパートの一室に訪れていた
節電中の為眩しい外と対照的なひんやりとした六畳1DK

物珍しさに、室内を見回す目が落ち着かないオレ


足の長いテーブルの下に積まれた沢山の図鑑。
壁に貼ってある巨大な空の地図には沢山の星の名前が書き込まれている。
部屋のあちこちにあるビーズクッションを両手に4つ抱え、オレら二人に麦茶を出すなかがわ

なんと奇妙だ。


「良樹は?」


「二時です」


「え?まだ一時じゃん、ていうか良樹はどこいんのって?」


「だから、二時です」



この部屋の持ち主、良樹の行方を聞いているのに、さっきから時刻しか言わないなかがわ

しかも間違っている、宿の心配がいらなくなった事により元々薄かった緊張感が0になっているこいつ

ぼけっとし過ぎて会話もままならないのか



「良樹いねーのにオレら勝手にくつろいでていーのかな」


「大丈夫、二時ですに行ってて夜まで帰ってこねーから」


なんか文法がおかしいけど




【始まりのクラッシュ音】





「良樹は、『二時です』ていうカレー屋でバイトしてるんです」


なかがわの不可解な発言の原因は、良樹がバイトしてる店の名前がおかしい事にあった。


オレらがダイナマイトから帰った翌日、なかがわから今良樹の家に居ると電話が入り、なかがわの望みが叶った事を知ったオレら二人は、こいつらが一体どういう暮らしをしてんのかどうしても見てみたく、良樹の住むアパートに足を向けた今日。


部屋のチャイムを鳴らしてみれば出てきたのは寝巻きのような格好のなかがわだけ

どうやら良樹は日中働いているらしく、暇なオレらの相手が出来るのは居候のこいつだけらしい

一体なかがわがどう言って良樹を騙したのか知らないが、再会したあの日からなかがわはこの部屋の半永住権を手に入れたらしく、既に我が物顔でビーズクッションを抱きしめまくっている。


この間まで偽名しか知らなかった不審人物に留守まで任せていいのか良樹よ

そして一人暮らしだったのか良樹、中学の頃もクールでミステリアスであまり生活感を感じさせなかった良樹の内面が垣間見えるような部屋にオレの好奇心は大きく傾く。




「なかがわ、良樹とどんな事話すの?」


「どんなって、別にどってことねー話ばっかよ、昨日話したのは良樹は蛇が嫌いなんだと昔噛まれた事あるんだってでかいやつに」


「本当どってことねーな、パイの話はしてなかった?」


初めて来た他人の家だというのに、マットレスの上に寝そべりながらエアコンを強にする坂本

節電中だって聞いとるっちゅーに、帰り際に電気代として千円くらい置いて帰れ。

坂本はオレとなかがわの会話に横やりを入れながら、良樹がカッパパイの事を覚えてるかどうか探ってくる。

グロリアスの事実さえなければ平和な夏休みの図なのだか。



今の所、坂本がなかがわに樫木やグロリアスの話をする様子は無い。

オレは坂本が、今樫木に対してどう思っているのか分からなかった。
あの日、セージくんに連れて行かれてから戻って来た後の坂本は、まるで何事も無かったかのようにオレとらんに何も話さなかった。
まるきり普通に戻って、帰ると言い出した坂本に、無視出来ない程の違和感を感じたオレとらんは、きっとこれから何かあると無言で目を合わせたのだが、三日経った今も、何事も起こらず、それについての話すら出てこない。


店の物を破壊した事でセージ君に説教されたのだとしても、他人に言われたくらいでおとなしくなるような坂本ではないし


ただ、今日、良樹の家になががわを見に行くと言い出したのは坂本。

この行為は、ようやく樫木に結びつく何かなのかと思っていただけに、何もなさすぎる今にジリジリとしてくる。

そろそろ、坂本さんの思惑が知りたくて、疼いてくるオレ。



「パイ?パイじゃなくてカントリーマアムなら冷蔵庫入ってるけど、食っていいかはわかんねーわ、でもいいんじゃね別に」


「そんなの聞いてないから、ま、いーわ。つうわけで帰る、お前今日どっか出かけんの?」


「もう帰んの?別に良樹が二時ですから帰ってくるまではどこもいかねーよ、良樹が帰って来たら港行って二時ですのカレー食うかも、良樹は野外で飯食うのが好きなんだって」


「別にいいけどてめー二時ですって連発し過ぎよ」


「だっておもしれーじゃん、とにかく言いたいわけよ」



良樹の家で帰りを待つなががわは非常に充実感に満ちた姿だった。

一人は一人だけど、以前とは一人の質が違う。

カレーばっかり食ってても、前より健康に見える、相変わらず顔はリンスインシャンプーのように白いけど。



「なかがわ、良かったね、自分の寝巻きが持てて」

「アジト良かったね、寝巻き来た後返さなくてよくて」


「うるさいもう寝る、ばいばい気を付けてね」



なかがわは玄関までオレらを見送ってくれたが最後までビーズクッションを手放す事は無かった。

そんなに好きなのか、確か前も赤高カバンに綿を入れて物凄くクッション的な物が欲しそうな様子だったけど、住居を手に入れた喜びの満喫が微妙に地味だぜ


そして、一方、坂本もやはり最後までグロリアスや樫木の事を口に出す事は無かった。

ただ、一つ気になった事は


「なかがわが、一人でどっか出掛けるっつってたら止めてた?」


「ん?」


「樫木は本気でおかしーて分かったべ、なかがわに家に居てもらった方が安全?」


痺れを切らして、オレは自分から話を切り出す。

グロリアスをやってる樫木の奴を初めて見て、オレは本当に危険かもしれないという事を再認識させられた。

仙山なんかとの恐ろしさの違いは、賢さは勿論、この辺を知る子供であるのは違いないのに

坂本明男に対しての動じなさ、赤高と樫木、接点がなさすぎる故の文化の違いもあるにしろ、こっちだって樫木の事など何も知らない。

裏に何を持ってようと読めない、加えて、終始携帯をいじくっていたあの男の冷めた目が薄気味悪い。



「んふふ、ケンのくせに何か勘ぐってる?」


「樫木と何話したのよ、正直オレはお前にあの人達とあんま関わって欲しくねー、けど」


坂本にグロリアスの事を教えた時点で、オレの望み通りの僅かな可能性は消えたと知ってる。


「何かする気しょ、教えてよ」


夏休みの高校生なんぞ、暇過ぎて禁忌の代名詞。

それは、坂本も樫木も同様。
それが仕方ないにしろ、オレにも少しは、お前の夏休みを分けてくれ坂本。
なんでかなんて、お前の唐突な行動に、意味も分からずとも必ずついていってしまうオレが今ここに居るから、説明しなくてもわかんじゃん。



「言ったじゃん、これからだって」


「だから何がよ、何か凄い作戦でもあるんですか?」

「作戦?オレはやり方なんか決めないの、決めるのは始まりと終わりだけ」



絶対に具体的に何も言おうとしない坂本の後をオレは今回も辿るだけか。

それなら、絶対に坂本を見失わないようにしないと



「しかし、暑いわ、これからどこ行くの?」


「んーこっからオレんちが近い、オレんち」


「え?オレの家じゃなくて、坂本んち?」


「なんだよ文句あんのかテメー、坂本オレんち居すぎっていつもぶつぶつ言ってるくせに」


「それはお前がオレの知らない時に突然来てるからだって、別に文句は無いけど・・」



坂本と過ごすのは99%オレんちで、坂本の家には数える程しか行った事がない。
坂本の家は基本家族全員留守がちで、人目を気にせずいちゃつくなら(そう簡単にはいちゃつかせて貰えないけど)、いつもオレんちじゃなくて坂本んちに行った方が都合が良さそうに思えるが


そうならないのは、何せ坂本の部屋は



「おお・・、久しぶりに来たけど、相変わらず」



坂本の部屋は滅茶苦茶物が多くて、非常に落ち着かないのである。

物が多いといっても、散らかっているわけではなく、まるで雑貨屋のように正体不明なガラクタが絶妙なバランスで積まれて、不意に体を動かせば崩れてしまいそう
壁は、どっかの店の看板やらカッパやらで隙間無く埋められ、天井にはどでかいハンモック、今日はパイナップルやらマンゴーがずっしりと積まれとんでもない圧迫感だ。

いつものごとく、家に帰ったらすぐに上に着ていた服を脱ぎ、冷房を最強にする坂本。風邪ひくぞ。


「あー幸せ・・」


坂本自身は、この自分の部屋が大層お気に入りのようで、南国フルーツの香りが広がる涼しい部屋で、物を倒さないように慎重に床に体を伸ばした。

やはり自分でも物が邪魔で寛ぎにくいと分かってるから、週6くらいでうちに寝にくるんだろうな



「あー・・涼しい」


「だろ、オレは節電しない」

「人んちではしろよ」



冷房はすぐに部屋中に周り、半裸の坂本の体の熱はあっという間にマイナスになっていく。

寒い、と言い出してゼブラ柄の毛布を引っ張り出してきた自分が潜りこんだ半分を捲りオレをじっと見る

久しぶりの実家で、やけにご機嫌な坂本の声に、オレは異常にドキッとした。



「こっち来て」



断っておくが、こんなに緊張するのは坂本が半裸だからなわけじゃない、男の半裸なんて自分のと同じだし第一坂本は年がら年中半裸でオレのベッドで寝ている。
坂本が寒くてオレを突然布団の中に引きずり込むようなシュチュエーションも、今までありふれ過ぎて、今更意識するような事でもない。


それなのに異常に心臓がばくばくしてしまうのは、赤いブラインドから漏れる光が赤色でなんだか妖しいからか


「さ、寒いなら服着ればいいじゃん」


「寒いだけなら毛布で十分じゃんあほ」



凄く楽しそうにオレをあほと呼ぶ坂本に腕を捕まれて、引っ張られたのか自分から飛び込んだのか決めかねているまま体はゼブラに包まれ、隙を付かれた時には頭まで毛布の中に引き摺り込まれた



「うわ!」


「あはは」


「はー!なになに!」


「もう喋んないの」



薄い毛布の中で思いっきり坂本に奪われる舌

首をそらさないよう頭ごと掴んでくる坂本の指はオレの髪を弄る

ヘアー命のオレが髪をぐしゃぐしゃにされる事を嫌がる事を知っている坂本は、わざと髪をぐしゃぐしゃに弄ってオレが頭部を気にしている顔を眺める

坂本はそんな意地悪が大好きな事を知ってるオレは、その時の愉快そうな坂本の目が好きだ

他の何かに髪を乱されるのは腹立つが坂本が楽しそうなのが微妙に気持ちいいオレ

必死に抵抗するふりをする
けど期待するオレの目はきっと坂本にばれている



長い、長い、至上最長記録かもしれない長いチューの間、薄い毛布の外で、さっきから動く度に何かが倒れる音がする。

毛布からでたら、山積みになっていたCDがばらばらになっているかも知れないが、ボルテージ上がりっぱなしのオレはそんな心配をしてる暇が無かった。


だが、酸欠間近の瞬間、爪先に当たった物が倒れるのとは比べ物にならないくらいの破壊音が部屋の中に響く


「は?」

「え?」


慌てて毛布から顔を出せば、目の前に飛び散ったガラスの破片が散らばり、オレは顔が青ざめた


「窓、割れてる・・」


「これだわ」


ブラインドの奥にあった窓ガラスが数分前の見る影もなく、粉々に砕け散っていた。

坂本が手にしているのは、ブラインドの下に転がり落ちていた野球ボール。

質のよさそうなそのボールには、金色の糸で、樫木高校と刺繍が入っていて、オレは益々血の気が引く。



「樫木・・?」


「だね」


「何でお前んち知ってんの?」


「あっぱれだわな」



だから、一体お前はあの夜、樫木と何があったんだ

居ない事の方が多い坂本の部屋にタイミングを外す事無く投げ込まれたボール

読まれたのは、クーラーの室外気からだろうか

とにかく、やっぱり樫木はやばい



「警察!これは警察だろ!!普通にストーカー!まじ気色悪い!無理無理無理!オレ本当こういうの無理!」


「はいはいやかましい、はしゃいでんじゃねーよ」


「お前はもっとはしゃげよこの野郎!!!」



イチャイチャしてると邪魔が入ってくるのが最近の定番になってきて、困るが

今はそれどころではない、坂本明男にこんな喧嘩の売り方、赤高じゃ考えられない

坂本明男を知らないで、坂本明男に本気になるのも坂本明男を本気にさせるのも、やめて欲しい、マジで。


「こういう遊びはオレの方がプロだから」


そう言ってボールを外に返す坂本に、オレは訴える言葉が見つから無かった。



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あきゅろす。
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