72暗い所で鉢合わせ
話している間ずっとらんの指に挟まれていた煙草の火が消えている
初めの一口から、らんの肺に運ばれる事のなかったそれは、今ただの灰になってテーブルに落ちた。
「黒やんのサーファー仲間から聞いた」
らんの知らない、たえさんと黒やんの空白の四ヶ月。
「たえの誕生日の次の日から、二人はよく喧嘩してた」
らんが消えたあの夜
「黒やんは毎日いらいらしてたって」
あの夜の次の日からか、なんか嫌な偶然だね
それから再びらんの元に黒やんが現れた同時期、二人は別れた。
「やっぱオレが悪いよね」
そんなのたまたま気にするな、そう言える程オレは無神経じゃない
「黒やんが絶対見捨てないでいてくれるのは、オレ。でも、黒やんが好きだったのは、たえ」
別れたからといって、自分を選んでくれたのだと手放しで喜ぶ程、らんは自惚れてはいかった。
本気で、大好きたからこそらんには分かったのだ
計りにかけてはいけない二人を無理矢理計らせてしまった故、黒やんの天秤が壊れてしまったという事。
【暗い所で鉢合わせ】
こんなにしんみりと、らんと話したのはいつぶりか
そうそう、らんの家で二人、停学記念酒盛りをしたあの日、らんの黒やんへの気持ちを知ったあの日以来の事。
あの日も、そう、今日みたいだった
今日みたいに、酒が入ってるオレら二人は
しんみりモードが長時間保てない
「ほらほら〜!これがヤンキー時代の黒やん!超オタカラ!あの子ってば野球部の先輩ボコしてクビになっちゃったから、ぐれたんよ!かわいいっしょ〜、理由。」
「うはー!!!黒やん髪所々赤いっす!!あの黒髪はバージンヘアーじゃなかったの!!!」
「アハハハー!!!この写真はもうこの世でオレしか持ってね〜んだよ!!黒やんは全部焼いたからね!」
「アハハハ!!つーか、持ち歩くなし!!」
ドス暗くなっていた気持ちを上げる為に、テキーラ一気山手線ゲームをしていたオレ達(呂律が回らなくなった方の負け)
一々グラスに注ぐのが面倒になったセージくんから瓶ごと渡されて、放置されたのがいけなかった。
数分後には懐に忍ばせていた黒やんの中学時代の写真をばらまき始めるらんとそれに食いつくオレ
もう本日は先程のしんみりなオレらに戻れそうにはない。
「はー、はー、苦しい・・でもなんで黒やん先輩とそんな事なっちゃったの?」
「鳩中の野球部って元々カスでさ〜、全然野球しねーで毎日一年同士に賭けプロレスさせんのが伝統、んで入部して5週間後に黒やんがブチ切れた」
「あ〜!!黒やんは野球したかったわけね、でも騙されてレスリング部だったわけね、アハハー!ハハ・・ヒッ、ヒッ、ひどいね・・ヒッ・・」
「ハハハー!!ハハハッ・・・え!!!泣く!?」
「ヒッ・・・ヒッ・・短気の黒やんが・・5週間も・・ヒッ・・」
「待って!!!ケンケン!!この話はオレでも泣けない!!何故に泣く!?」
一緒に酔気分の楽しさを共有していたオレの突然の泣き所に、らんはビビりながらテキーラを零す。
そう、オレは酔いがある一定のラインを越えると泣きに走るうっとうしい酒癖。
どんなしょうもない話も悲しくて仕方ない。
待って、らん、オレだって普通なら泣きツボじゃない
情緒の感覚を疑れたくないから、説明したいけど、今の状況じゃ頭が回らず、言葉が出てこないオレ
そんなオレを一人で預けられたらんは、鳴咽を止められないオレを前に困惑しまくりである。
「何だ〜!!何なんだ〜!!!?っとにもー、あきおくんはどこ行ってんだ!?」
「ヒッ・・ヒッ・くるし・・」
「おーいあきおくんが戻ってこねーからケンケン泣いてっぞー!!お〜い!!どこだー!!さかもとー!!」
理解不能に泣きまくるオレがうっとおしくて恐ろしいらんは、一人ふらりと立ち去ってから戻って来ない坂本にバトンタッチを求めた。
しかし、夏休みに入ったばかりで、若者がおしづめになっているクラブ
らんの特徴的な声も、爆発音みたいなミュージックに掻き消され、届かない。
野性的な読みで、あの集団を嗅ぎ付けてついに見付けたばかりの、坂本の元には
その頃、坂本は一人クラブの隅のソファースペースに座る数人にふらふらと近くついていた。
絞った決め手は、彼らの話から坂本の耳に届いた、禁止ワードの音漏れ
「おまえ、今週何人落とした」
「三人、全部アカコー」
「え?エンジェルくん」
「エンジェルくんじゃない、エンジェルくんは羽ついてっから中々捕まんね」
「中身からっぽだから宙に浮いちゃうんよ、高い所探さなきゃ」
ソファーに居るのは、高校生くらいの男五人。
その真ん中に座る男は、他の四人の話を聞きながら、常に、視線をケータイに落としている。
ケータイの男が、一瞬だけ視線を横に流し出した後、口元だけで笑い呟く。
「じゃー、夏休み中にエンジェルくん捕まえた奴に賞金10万」
低い男の声に、雑談していた四人は一世に目を向ける
「マジで、それマジならオレ殺してでも捕まえんぞ」
「マジだよ、動画残した奴には15万」
「やば、明日からカシコー一斉でテンシ狩りじゃん」
「あ、別に何してもいいけど、背中、背中だけオレに残しといて」
「は?背中?」
「そーそー、オレ天使の背中にマジックでハネ書きてーんだわ」
「はあ、何それ楽しーわけ?」
男の話に沸く周りをよそに、彼はまた視線をケータイに戻した。
次の瞬間、その視界に入るテーブルを踏む靴と、真上から降ってくる男の声が耳に入る間
「ねー、その話オレにも聞かして、ダイマーのシールあげるからさー」
クラブダイナマイトの常連は、ここの事をダイマーと呼ぶ。
オーナーのセージくんが趣味で作っている、ダイナマイトのイラストが描かれたステッカーをケータイから視線を自分に寄越す男の髪に貼りつける坂本は
テーブルの上の飲み物を足払いで蹴散らしながら、笑う。
その頃のオレはというと、テキーラを片手に持ったらんに引きずられ、泣きの二次災害で止まらなくなったしゃっくりに苦しみながら、坂本を探されていた。
「ヒッ・・!ヒック!ヒック!苦しい・・らん、苦しい」
「あいあい、今あきおくん見付けたげるから、呼吸止めて待ってなさい」
テキーラを煽りながらフロアを徘徊するらんとそれに引きずられるオレの光景は恥である。
ついさっきまでは、オレがらんをなだめる立場だったのに
らんはオレが泣くとすぐシラフに戻りやがるのである
こんな人の中、ちゃんと坂本を見付けられるのやら、と思ったのもつかの間。
らんが急にピタリと立ち止まり、あ?と微妙な音程の声をオレに聞かせた。
「あ〜あ、あきおくん知らない人の所に乱入してるよ」
「え、ヒック?」
「あーあーあー、グラスとか割っちゃってるよ・・」
「ええ、ヒック?」
しばらく戻ってこないや坂本とは思っていたけど、やっぱり穏やかじゃない事やってるんだとオレは不安になったが、こんな時でもオレのしゃっくりは止まらず、虚しいのである
「アカコーの坂本くんじゃん、何キレてんの坂本くん」
急に現れて、自分達の場を破壊した坂本に、異様な目を向ける奴らの中で、一人ケータイの男だけは落ち着き払った様子で坂本に言葉を返す。
「ん、別に。で、お前らが噂のカシギ?なんかオレの知ってる話ばっか聞こえてくるから呼ばれてんのかと思ってたー」
「え?今のオレらの話分かったの、あれ全部妄想だから。カシギはアカコーみたいに面白くねーからトークも大変なのよ」
「いいってーいいってーそんなヒソヒソしなくても、憲法で認められてるっしょー、変態行為のじゆー、オレの事もグロリアスのアイドルにしてよー」
お互い、真顔のままじりじりと顔を近づけあう、ケータイの男と坂本。
その様子を、オレとらんは少し離れた位置から観察する
坂本は酔っ払ってない、聞こえてきたカシギという単語に、坂本が泥酔して暴れてるわけじゃないと悟る。
「坂本くーん、カシギはねえ、仙山とは違うのよ」
「ふーん例えば」
「何かトラブルが起こってもー、馬鹿同士の仙山と赤高生みたいに世間は赤高と樫木を平等に扱ってくれねーんだよ」
「やったじゃーん」
「赤高から一歩外に出たら分かるっしょ、世間が赤高と樫木の言う事どっち信じるか、オレ人間刺したの初めてだけど、知らなかった反省文も書かなくていーんだな」
夏休み少し前の赤高集会、闇に包まれた傷害事件の真相を笑いながら話す男。
あいつが、例の樫高生
グロリアスの黒幕もきっと
「悪いけど、悪魔でもアカコーはカシギには勝てねーよ、坂本くん」
男はそのまま、ケータイのカメラを起動させ、坂本の靴から顔に流し、笑う。
余裕に満ちた男の態度に、他の四人も落ちつきを取り戻し、ニヤつきながら、坂本を見上げた。
「んふふ、何かわいー事言ってんの?」
その視線に坂本も笑い、向けられたカメラの光りに掛けていたサングラスを外す
笑う坂本の心情は掴めないが、久しぶりに聞いた、坂本のキレた声だった。
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