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70暗い所で煮込んだ昔話V
歌ばかり口ずさむのは、言えない本音が多過ぎて気ままに出していい言葉が見つからないから。


黙ったままで居られないのは、好きな人の名前を呼ぶ自分の声を忘れそうだから。



あれから、たえさんはらんがよく歌う歌を全て覚えた。
気が付いたのは、内容がラブソングではない邦楽か、洋楽のどちらかだという事。

時間が経つにつれ、らんはたえさんの事を少しづつ覚え、あれやあのでお互いに通じるような会話も出来るようになった。


初めて、らんがたえさんに笑顔を向けた日


らんとの間に存在した、原因の検討がつかなったわだかまりが、やっと全て無くなった


解決したと、思ってしまったのだった





【暗い所で煮込んだ昔話V】






梅雨空けが間近に迫ったその日の昼、小雨が降り注ぐ中でもらんの機嫌はよかった。


雨上がりを待つサーファー達と一緒に小屋に居たらんは、ボードにワックスを掛ける黒やんの隣に座り、いつものごとく、脈絡の無い内容の話を延々と話し続ける。



「ねー小学校くらいの時に流行った、ちっちゃい緑色の実覚えてる『小人のスプーン』てみんな呼んでて、ちっちゃい実ぃ割ると中から更にちっちゃいスプーンの形した白いやつが出てくる」


「はいはい、スプーン・・」


「そんでーオレは上級生に、千個に一個の割合で『小人のティーセット』が入ってる実があるって騙されて〜、6千個くらい割った所で気付いたじゃん、都市伝説か!て」


「はいはい、ティーセット・・・」


常人には堪えられないような、らんの唐突な話にいちいち、一応の返事を返してあげるのは黒やんが長年で培った人間性があるからこそ、なせる技である。


オチも不明な話を黒やんに話している間、らんは黒やんが話を聞きながら、何か考え込んでいるのに気付く。

らんの話を流すように聞くのはいつもの事だが、今日はいつもとはどこか違う、上の空な顔つきだ。


一通り話し終えて、満足した後、小屋の窓辺で雑談していた二人のサーファーにふらふらと近づいて行き、黒やんに聞こえないような小声で尋ねた。



「ね、なんか今日、黒やんボーっとしてねえ?」


聞こえてはまずいと、こっそりと耳打ちしてくるらんに、サーファー達は顔を見合わせて、思い当たる事に笑いながら答えた





「今日な、たえの誕生日だから何してやればいいか考えてんだよ」



黒やんにちらりと視線を送りながら、からかうように教える年上のサーファーの言葉に、らんは固まった



「今日なんだ・・」



黒やんと、たえさんの事については話した事がなかったらんは、その事実を今知り、上手く表情が作れなくなる。


機嫌が良かったらんの、急な顔色の変化に、年上のサーファー不思議に思いながらも、話を続けた。




「この雨だから、たえはまだここに来ないと思うけど、どーせ夜になったらダイに会いにくんだろ、あんなに悩まなくても好きなもん同士なんだから、夜の海って場所さえあればどうにでも盛り上がんのになー」



他のサーファー仲間にとっては公認の恋人同士。

仲間達の中でも年下に当たる二人の今日という日を、みんな微笑ましく語る。



温かい空気の中、らんの心だけは反比例して冷えていった。


こういう場面を実質上見たのは初めてだったから。

黒やんは、あまり愛や恋を口に出す方じゃない。

らんにたえさんへの愛情を語る事は無かった。


たえさんを見る時の、黒やんの目、時折弾む声、らんが意識して辛くなるのは普段のそれ


けれども、それ以上に、今この瞬間の黒やんこそが、たえさんを愛してるんだな、と思わせる証明。



リズムのように聞こえていた雨音は、すっかりただの梅雨のうっとおしさに変わる。


分かってる、分かってるからこそ毎日ここに足を運ぶ。


黒やんが居て、必ずたえさんが居る。


そういうのに慣れようと思ったから、たえさんに会おうと決めたのだ。


無視するのが、困難な程存在感を主張しながら湧いてくる感情を、らんは息を止めながら封じ込め、周りに溶け込めるように笑った。




目が覚めた時に見えた窓の外はもう夜、雨は一時的に上がったようだか、凝縮されて見える空には闇の中にも、まだ分厚い雨雲が見える。


昼に居たサーファー達はとっくの昔に帰ったらしく、小屋の中は静かだった


床に面していた背中を上げ、らんは目を擦る。


現在の時刻を確認しようと後ろを向けば、自分の寝ぼけた顔に微笑み掛けるたえさんと目があった



「起きた?」


「あー・・来てたんだ」



自分だけだと思っていた小屋の中にたえさんの姿を見つけ、らんは少し後悔した。


昼間、サーファー達から夜たえさんが来ると聞いていたのに時間を忘れて眠るんじゃなかったと、気まずそうにたえさんから顔を反らす。


小屋全体を見回して、黒やんがまだ来ていない事を確認したらんは、急いで自分の物をポケットにしまい、帰る準備をした


寝起きで、まだ血の巡らない頭のまま、必死にどこかに置きっぱなしのはずのケータイを探す。



「ケータイが無い・・」


呟きながら、探し回るらんを見て、たえさんは自分のケータイを取り出しながら、声を掛ける



「ちょっと待って、今鳴らしてあげるね」


困っているらんに手助けしようと、たえさんはらんの番号に電話を掛けた


数秒後、大音量の音楽が流れてきたのは、らんが寝る前に脱いだ靴の中。



「あ〜・・そうだった、無くさないようにここに入れといたんだったわ・・」


「あはは、よくそんな所思いついたね、忘れてて靴穿いちゃったらケータイ潰されちゃうよ」



変な所から発見されたらんのケータイが可笑しくて、たえさんは思い切り笑った。


笑った後にふらふらと靴を穿くらんを微笑んだままの顔で見つめ


何気なく頭に浮かんだ言葉を口に出したのだった



そう、本当に何気なくだ、悪意も含みも無い感想。


だからこそ、残酷な。




「ははは、本当危なかったな」


「何が?」


たえさんが一息ついて出した主語のない言葉に、らんは耳だけで反応して尋ねる




「らんがさあ、もし女の子だったら、ダイは絶対他に目もくれないよ、きっとらんの事を好きになってた」


軽く冗談混じりに話し続けるたえさんは、らんの空気が凍りつくのに気付く事が出来なかった




「危なっかしくて、かわいくて、守ってあげなきゃいけないような幼なじみの女の子だったら、私には何の勝ち目もないよ」



らんの耳にどう届いているのか、たえさんは想像がつかなかった





「らんが女の子じゃなくて、本当に良かった」






言い終えても、何の反応も返ってこない事を不思議に感じたたえさんが顔を上げれば、目の前には光の無い瞳で自分を刺すらんの姿。


急変したらんの雰囲気に、たえさんは訳が解らず、ただ無言でらんの顔を見詰めた



「何笑ってんの?」



らんとの距離はどんどん近付く

たえさんは次第に恐怖を感じ始め、手に汗が滲んだ




「なあ、それどういう意味?何が楽しくて言ってんの?」





理性を忘れたような、低いらんの声。


初めて出会った時に感じた、濃度の強い色の目

それが今、更に沸騰したように深く恐ろしく、合わせただけで火傷してしまうようだった





「いや・・らん、どうし、」


「女だったら、勝ち目ない、本気で思ってんなら何喜んでんの?」




怯えるたえさんに、一切躊躇わず、らんは胸倉を掴む。

返す言葉が出ないまま、たえさんはただ驚愕した。


今まで、背は高くともどこか中性的な存在だったらん
今目の前で怒りをあらわにしているのは、紛れもない男の顔。



なぜ、らんはこんなに怒っているのか


自分の胸倉を掴み、今にも怒りの全てをぶつけてきそうな中で、深く思考する余裕は、たえさんの中に残ってはいない






「ふざけんな・・、ふざけんじゃねぇよ・・!!オレは・・・!!」





らんの声が怒鳴りに変わった瞬間。


室内に雨の音が響く。
雨はまた降り出していた。

黒やんが開いた事により、外の音と繋がったドアが、緊迫していた空気の二人にそれを教える。



二人の視線は、同時に、黒やんの顔に注がれた。



黒やんの視線は、たえさんの首元を握り絞める


らんの手





「てめぇ・・何やってんだよ」




怒らせた事は何度もあった、本気で叱る時の黒やんの顔は知っている


けれども、今みたいな顔をさせた事は一度も


まるで、憎んでるみたいな、嫌悪の対象を睨むような




「おい・・、らん!!!」



中途半端に開いたドアの隙間を全力疾走で走り抜ける
大きく響く黒やんの声


ハッキリと聞こえたが、らんは待た無かった。






雨はどんどん強まり、遠くで落雷の音が聞こえたが、走るらんは気にも止めない。



ただ繰り返していた、さっき我を忘れてたえさんにぶつけようとしていた言葉



オレは


オレは



お前がそうやって、笑いながら冗談で言える事

隠しながら、毎日、真剣に思ってる




自分が女だったら、たえさんが男だったら、黒やんが女だったら


オレの好きは、黒やんにいつ頃伝わっていたのか。



自分の居場所にどれだけ自惚れても、たえさんの位置にはいけない

どれだけの重みで愛情を募らせても、黒やんが好きな相手の僅かな不安要素にもなれない



体力が限界を迎え、らんは足を止めた


遮る物のない場所で、まともにくらう大きな雨粒の感触。




「オレも明日で15か・・」


聞いてる者など誰もいない、夜の海岸線

一日違いの誕生日の皮肉さに、らんは笑う。


愛してる人の誕生日は、黒やん、あんなふうに悩むんだな


今まで一緒に居て、今年初めて知った事。

自分とじゃ、知る事の出来なかった事。




「本当に素晴らしきよ・・・オレの人生は」




あと数時間で変わる自分の歳。

今年の誕生日は雨、惨めな今を無理矢理に祝うしかない


その日を境に、らんはあの小屋に足を向ける事をやめた。


たえさんの耳にらんの歌声が流れる事も、無くなった。

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あきゅろす。
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