小説置場 1 一年前に探偵業界大手の会社から独立し『浅倉探偵事務所』を立ち上げた、浅倉匠は頭を抱えていた。 「ヤバいよなぁ…」 乱雑な自宅兼事務所のソファーに座り、独り言を呟く。 浅倉探偵事務所は浅倉しか居ない。 従業員を雇える程の収入が無く、浅倉独りでこの一年やってきた。 客はどうしても大手探偵会社に流れがちで、無名の弱小探偵事務所にはまず訪れない。 たまに元勤務していた探偵会社から客を紹介してもらい、なんとか続けられている状態だった。 浅倉はもう一度深くため息をつき、目の前の机の上にある、先程帰った客が持ってきた書類と前金50万が入った封筒に目をやる。 客の依頼はとんでもない物だった。 ――ヤクザの素行調査。 とにかくこのヤクザの行動を細かく調査して欲しいという。 客が持ってきた対象者のヤクザの写真をもう一度見る。 隠し撮りした写真は少しボヤけてはいるが、ヤクザに見えない男が写っていた。 黒っぽいスーツを着こなし黒髪をオールバックに撫で付け、その端正な顔はまるで俳優みたいだ。 周りを若い衆に囲まれて居なければだが。 広域指定暴力団、講和会系音羽組のナンバー2、桜沢鷹史。 まだ35才なのにナンバー2という肩書きに、この男の凄さが分かる。 一般人の浅倉でも音羽組の名前は聞いた事がある。 かなり大きい組織だ。 又ひとつため息をついて、浅倉は吹っ切れたように立ち上がった。 「しょーがねぇ、やるか」 この決断が浅倉匠の人生を狂わせる事になるとは、この時考えてもみなかった。 次の日の朝、まず音羽組事務所を張り込み、桜沢が現われるのを待った。 少し離れた場所の木々の隙間から様子を伺っている。 昼近くになり何人かのチンピラが事務所から出てきて、入り口付近をウロウロし始めた。 一台の黒塗りの外車が事務所前に止まり、チンピラ達が一斉に車と入り口を囲むように並んだ。 浅倉は双眼鏡で、黒塗りの車から降り立つ男を見て、桜沢を確認した。 生で見る桜沢は貫禄があった。 高そうなスーツを着る体躯はガッシリとしており、身長も180cm以上ありそうだった。 写真ではボヤけて見えなかったが、左の目元に刃物で出来た切り傷らしき物を発見した。 桜沢は車から降りすぐ事務所の入り口へ入って行った。 「ふぅ…」 一息つき緊張を柔らげると、双眼鏡を目から外し桜沢が事務所に入った時間やらをメモした。 [次へ] [戻る] |