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現世乱武小説
 6


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一方、時を同じくして竜の住み処。


「おお! すげえっ」

「すごい? すごいっ? よっしゃ掴みばっちり!」


事務所にスタッフが何人残っていようと、成実には関係なかった。

『バレンタインだからつなもっちゃんにこれあげる!』
『……え、』
『手作りだよ! 開けて、今!』

周囲を憚らないはきはきとした声でそう明言し、佐助と選んだそこそこ見栄えのいい紙袋を問答無用で綱元の胸に押しつけた。

少数といえどもその場にいたスタッフたちの視線を一身に受け、気後れしながらも綱元は言われるまま中の箱を取り出してそれを開けたのだった。


綱元と成実の歓声に興味を持ったスタッフたちも何事かと箱を覗き込んでは口々に感嘆の声を上げが、生憎ケーキは一人分しか持ってきていない。
そうやって差を付けると相手を落としやすいとテレビが言っていた。


「これね、佐助さんと作ったんだー」

「へえ……こんなのもいけんのか。本当に器用な人だなぁ」

「うわ、オレだって手伝ったんだからねっ……て、ちょっと聞いてる?」

「聞いてます聞いてます。んじゃ、いただきまーす」

「かじるの!?」


せっかく気の利く年下として使い捨てフォークをこっそり持ってきていたのに、綱元がそういったものを求める気配は一切なく。
僅かな躊躇いもなく箱に手を突っ込んでケーキを掴み上げると、そのままケーキの半分程を口に収めてしまった。

まあ早く食べてほしかったのは事実だし、外観もシンプルだからずっと見ていたところで新しい発見など何もないだろうけど。
もう少しこう、なんていうか……大事に…


「んぉ! んんー!」

「…なんつってるか判んないよ」


それなりに体格がいい綱元は口も小さくないとはいえ、ショートケーキサイズのものを一度に半分も頬張ればいっぱいにもなるというもので。
ハムスターのように頬を膨らませながら興奮した様子で何かを訴える姿がなんだか可愛らしくて、味わってもらえなかったことに対する切なさはじわじわと溶かされていった。


綱元は厳つい見た目とは裏腹に、和洋問わずスイーツに目がない。
だからといって単純に甘いものが好きというわけではないらしく、その辺の好みは成実もまだ把握しきっていなかった。
なので甘さの調整やらバランスやらはすべて佐助に一任していたのだが…

残り半分のケーキも一気に詰め込んだところをみると、どうやら美味しかったらしい。
さすがは佐助さん。


「食べるの早いなー…。作った時間ってなんだったんだろ」


苦笑しつつぼやくも、その胸の内には暖かいようなこそばゆいようなものがじんわりと広がっていて。

顎を動かすことに一生懸命だった綱元にそのぼやきは届かなかったようで、ケーキを飲み下すなり非常に満足げな笑顔をこちらに向けてきた。


「すっげー美味かった! もう一個食いてぇくらいっすよ」

「物足りないくらいがちょうどいいって、いつもつなもっちゃんが言ってたんじゃん」


だからあえてひとつしか持ってこなかったというのに…
呆れ気味に言ってやると、綱元はいえそうなんすけどねと照れを隠すようにはにかんだ。
……可愛かった。


「まだ余ってるから明日も持ってこよっか?」

「いいんすか! うわ、今すげー幸せ」


幸せの規模が随分小さい男である。
まあそんなところも含めて好きなのだが。


「来年も期待しててねっ」

「一年とか遠いなぁ……でもこれより美味いの出来たら店開けますよ。まず俺が常連になります」

「ダメダメ、店開くときは一緒にやるんだから」

「つーか、旅館の中にコーナー作るのも有りっすよね……そしたら毎日余りもん食える!」

「絶対そっち目当てでしょ……てかオレの話わざとスルーした? ねえ」

「スルーなんかしてねえっすよ。一年後もくれるんでしょ?」

「それじゃなくてさ…」


相変わらず判っていてやっているのか、はたまたただの鈍感なのか判らない。
でもそっちがその気ならこっちだってそれなりの対応策を講じねば。


成実は周りのスタッフたちが美味そうだったなーと口々に言いながらデスクに戻っていくのを横目で見やって、すいと綱元の耳元に顔を寄せた。


「…来年はウェディングケーキにする?」

「ぶっ! な、なに……なに…!」


一瞬で顔を赤くする綱元への仕返しも済んだところで、成実は己のデスクからおもむろに携帯を手に取った。
フリップを開いてみるとメールが一通。


『ゲイチョコ作戦、大成功』


佐助からだった。

だからゲイチョコってなんなんだと首を捻りつつ、成実も文字を打ち込み返信する。


『同じく大成功。来年も協力求む』


フリップを閉じてそっと振り返ると、まだ顔を赤らめたまま憮然とした面持ちでケーキの箱を睨み付ける愛しい男の姿があって。


「つーなもっちゃん!」

「なんすか」


込み上げる幸せを抑えきれず、椅子に座ったままの広い背中に飛び付いた。
むすっとした応答も、耳まで赤いこの有様ではまったく怖くない。


「大丈夫だよ、心配しなくても。ちゃんとまたプロポーズしてあげるから」

「いらねっすよ!」


そろそろ日付も変わる頃。
今年のバレンタインは忘れられないものになりそうだ。

嫌がる綱元の銀の髪に頭をぐりぐりと擦り付けながら、成実は破顔した。


fin.
あとがき→



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