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現世乱武小説
 4


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自分たちの昼食もすっかり忘れて作業に没頭し、気が付けばとっぷり日も沈んだいい時間帯になっていた。

レシピと睨めっこして試行錯誤しながらなんとかそれらしい形にすることに成功し、オーブンから出したときの感動は一塩だった。
現在ガトーショコラは冷蔵庫で冷やされ、仕上げの粉糖と成実が遊び心で購入した金粉が飾られるのを待っている。


使った器具をがちゃがちゃと仲良く二人で洗っていると、不意に成実が弾かれたように顔を上げた。


「なに、どしたの」


成実が取り落としてしまわないようにその手からボールをさりげなく取り上げつつ佐助が訊ねると、成実はぎこちなく台所の窓に横目を投げてから自身の左手首を見やる。
普段腕時計を巻いている人がたまに着けていないときにでる挙動だと佐助が察するのには十分で、案の定成実は慌ただしく部屋を見渡しながら早口に訊いてきた。


「ごめん佐助さん、今何時っ?」

「んー、とね……7時ちょい前」


成実の求めるものを汲んでいた佐助はさっさと居間に移動して壁掛け時計を確認する。
時刻を告げると成実は安堵の溜め息をひとつ零し、力なくシンクに肘を突いた。


「あっぶねー…時間のこと完璧忘れてたー」

「仕事夜番? 残りの片付け俺様やっとくけど」

「あー平気平気、7時半にここ出れば問題ないんだ」


確か夜番の入り時間は夜の9時。
7時半に出るということは…

洗い物を再開しながら佐助は口を開いた。


「成実さん、もしかして一回アパート戻る?」

「うん、そのつもりー。シャツ粉まみれになっちゃったし」


そう言って視線を落とす成実の本来黒いはずの胸元の生地は、まだらに付着した白い粉によってところどころ変色している。
さすがに接客業でこれは確かによろしくないかもしれない。

佐助はというと普段から愛用しているエプロンを装着しているため服に被害はないが、やはりエプロンには粉やチョコがついて汚れてしまっていた。


お互いのボロボロ具合に二人で苦々しく笑ってから、佐助はじゃあさと本題に立ち返る。


「そしたらさ、一個お願いがあるんだけど」

「お願い? なになに?」

「うちでこのまま冷やしてるとたぶんバレンタインまで残ってないから……成実さんとこで冷やしといてもらえる?」


そう。
我が武田家には大食らいが一人いるのだ。
食べられるものならなんでもいいという横暴な胃袋を持つその人物は、特に甘いものには目がない。
無断で食べるなどと行儀の悪いことはしないだろうが、据え膳の如く数日もの間冷やされているそれを我慢しろというのも気が引ける。
結局自分が甘いのがいけないのだが。


説明すると成実はおかしそうに笑いながら快く承諾してくれた。


「そーいうことね。冷蔵庫ならうちにもあるからさっ、お安いご用だよ!」

「あー助かるよ。仕上げのときはまたお邪魔するからさ」


その後二人で片付けを終え、成実はガトーショコラを入れた箱を手にアパートへと帰っていった。

見送りを済ませて嵐が去ったあとのようにしんと静まり返った我が家に入ろうとしたとき。


「うおおおおお!!!」

「……」


すぐにもう一つの嵐が、自転車を全力で漕ぎながら応援同好会の活動から帰ってきた。

そしてその声を聞いてはじめて、佐助は家事炊事が染みついているはずの体が今まで忘れたことのない重大な任務をほったらかしていたことに気がついた。


「…メシ! やばっ、なんにもしてねえ!」

「おおおおおおおお!!!!」


その日の武田家の夕飯は、インスタントラーメンに冷凍の餃子をあわせただけのお手軽メニューだったという。


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あきゅろす。
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