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現世乱武小説
 3


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昼過ぎの浴場清掃の忙しい時間帯を乗り越え、旅館のスタッフたちが羽を休める事務所兼休憩室。
遅めの昼食をとったらそろそろチェックインの客を迎えなくてはならないため、あまりのんびりしてはいられない。

そんな中、賄いをつついていたオーナーたる政宗の緊張感のないぼやきがそっと響いた。


「…あれ、シゲがいねえ」


スタッフ一同揃って手や口を止め、それまで歓談していた者も固まって若きリーダーに視線を向ける。
水を打ったような沈黙の空白を埋めたのは頭の出来を外見に裏切られる男、鬼庭綱元。
場の雰囲気を和ませようと苦笑を浮かべつつやんわりと口を挟む。


「今更っすかオーナー。もう昼なのに」

「……あ、綱元? お前いつからいたんだよ」

「ひでえっ! 朝から一緒にいたじゃないっすか!」


演技などではなく本当に今気付いたとばかりの政宗の反応に衝撃を受ける綱元のデスクから、シフト表として使用しているファイルを手に取り小十郎が補足する。


「確かに本日成実殿が早番の予定でしたが……急な用事とかで鬼庭と入れ替えになっています。夜番として出勤するそうですね」

「ほーぉ? …俺のとこにはなんにもきてねーんだけど?」


共に旅館を立ち上げた仲間とはいえ、一従業員としての勝手な行動に政宗は隻眼を細める。
報告、連絡、相談。この当たり前ができなくなれば、その企業は破綻していくだけなのだ。


「あーでも昨日、相当急いでるようでしたよ? ちょっと抜けてくるとか言って夕方頃どっか行ってたみてぇだし」


思い出すように綱元が言うと、政宗は逡巡しておもむろに事務所の壁に掛かっているカレンダーを見やった。


「…政宗様、如何なさいました」

「あー……、あーはいはい、なるほどなぁ…。小十郎、」

「は」

「今日佐助は?」

「………、…は?」


なんの前置きもなく飛び出した愛しい者の名にすぐに反応することができず、妙な間を空けてからぎこちなく答える。


「土曜なので……休みかと」


それが何か、と言わんばかりの小十郎の眼差しを頬で受け流し、そういうことかと政宗は一人納得する。
そして改めて己を支えてくれている強面の二傑を眺め、どこか物思いに耽るような哀愁漂う溜め息をひとつ。


「…世の中ってこうだよな。これでアレだろ? 俺はねえんだろ? 幸村だもんなぁ」

「なんすかオーナー……急にそんな物憂げに…」

「いや、気付かねえほうがいいときに気付いちまうのが、クールすぎる俺の悪い癖だ」

「……えーと」


困惑する綱元同様、小十郎も今回は政宗の腹のうちが読めそうになかった。
遠い目で寂しげに小さく笑う様は、さながらトレンチコートを纏い夕日に向かって佇む刑事ドラマの主人公のようでクールだが、本人がそういう意味で言っているわけではないことくらい判っている。


やがて何かを吹っ切るように政宗はぱんっと手を叩き、勢いよく立ち上がると声を張った。


「さっ、ゲストを迎える準備だ! 手ェ抜いたら承知しねーぞお前ら!」


威勢のいい言葉に、胃袋を満たされた野暮ったい声がそこかしこから応える。
小十郎と綱元も、何がなんだか判らないまま残りの飯を掻き込み仕事に戻った。


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