現世乱武小説
2
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ケーキを作ると一口に言っても零からスタートの自分たちにはまず必要なものがない。
まずレシピ。
料理は己の味覚と目分量でやればなんとなくそれらしいものができるが、お菓子となると砂糖やベーキングパウダーを少しでも間違えればそれはもう失敗作だ。
だからといって今回限りのためだけにお菓子の本を買うというのも気が引けたので、ネット社会の力を借りてインターネットから資料を漁るところからはじまった。
武田家はネット環境にないため、どんなケーキを作りたいかというところも含めてレシピ探しは成実の担当となり、翌日佐助と成実はレシピをもとに材料集めとしてスーパーに訪れていた。
「へぇ…材料って同じ場所に置いてくれてるんだ。便利だねぇ」
「成実さんスーパーとか来ないの?」
カートを押しつつ物珍しそうにきょろきょろと商品棚を見てまわる成実に、佐助がプリントアウトしてもらったレシピの紙の材料欄をチェックして必要なものを確保しながら何気なく訊ねてみると、陳列棚からアーモンドの袋を手に取り中身を潰しながら成実は頷く。
「来ても飲み物とか弁当とか……そういうのしか買わないからちゃんと見たことないんだよね」
「あー、まあ料理とかしないならそうなるか。それやめなさい」
「楽しいよ。佐助さんもやる?」
「売り物で遊ばない」
ぴしゃりと言い渡してよれよれになってしまったアーモンドの袋を取り上げ、何事もなかったかのように棚に戻す。
おそらくこいつがこの値段で消費者の手に渡ることはもうないだろう。
「あはは、佐助さん母親みたい。かたくーにもそんな感じ?」
「小十郎さんはまず怒られるような遊びしないの。ほら次行くよ」
まだはじまったばかりだというのに早速前途多難を思わせるやり取りに若干の頭痛を覚えつつ、佐助はカートを押す成実の背を促して次の材料を調達しに行った。
朝のうちにすべての材料を揃え、二人は成実のアパートに帰った。
成実が選んだチョコケーキは普通のパウンドではなくガトーショコラ。
なんだかアテにされているようだが、佐助がこれまで作った洋菓子は中学だか高校だかの調理実習でのマフィンが精々で、それだってもう流れる月日のおかげで思いの外体力勝負だったこと以外何も覚えていない。
だというのにいきなりガトーショコラ。
レシピと材料、そして必要な器具さえあればなんとかなるかもしれないが、初挑戦に対する佐助の好奇心に不安因子の影が差しつつある。
その影の正体は……判っているのだが。
「成実さーん、計量カップとかどこにある?」
「えーと……ガス台の下の引き出しだったかな」
「んー? …ごめん、見当たんないけど」
「え? やっだな佐助さん持ってんじゃん」
「持っ……これ、計量スプーン」
「うん」
「いや、これスプーン。俺様探してるのカップね」
「カップ? うちカップないよ」
「…ないっ?」
素っ頓狂な声になりながら訊き返すと、成実はもう一度しっかり首肯した。
待て待て、お菓子作りに計量カップは必須だろう。
粉とか全部スプーンで計れとでも言う気じゃないだろうな…
いや、何も分量だけがすべてじゃないか。
冷や冷やしながらもう一つの可能性を信じ、佐助は気を取り直して成実に訊ねた。
「じゃあ量りはっ? 重さ量るやつ!」
「た、体重計ならあるけど…」
「……」
一縷の望みが断たれ、言葉もないまま呆然として改めてキッチンを見まわす。
「当然泡立て器とかヘラなんてないよね」
「あ…箸とスプーンでいけるかなって…」
「ああ、型もないのか」
「適当なタッパーで…!」
「…ねえ、もしかしてオーブンもない?」
「あっ、でもレンジならあるよ!」
「……」
確か成実のアパートで作業することになったのは本人の提案だった。
使う器具の話をしなかった俺も悪かったかもしれないが、できればレシピを探していた段階で気づいてほしかったところではある。
佐助が思考を切り替えて広げられた買ったばかりの材料たちを袋に戻していると、慌てて成実がこちらの腕に取り縋ってきた。
「ごめんごめんっ! オレ全然考えてなくてさ! もうケーキとかじゃなくてできるやつでいいからもうちょい付き合って! お願いっ」
形のいい眉をハの字にして一生懸命引き留めようとする成実。
どうやらこの子は勘違いをしているらしい。
佐助は腕を掴む相手の手を取り、意志の篭もった視線でその揺れる大きな双眸をまっすぐ捉えた。
「いや、作るものはガトーショコラのままでいこう」
「でも…」
「道具さえ揃えばいいんでしょ? うち行くよ」
ちゃんとした型はないが、カンだの箱だのといった入れ物類は結構余っている。
単に勿体なくて捨てられなかっただけではあるが、こうして使い道があるなら利用しない手はない。
迷惑じゃないかなどと遠慮がちに気にする成実の手を引いて、買い物袋を下げ佐助はアパートを出た。
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