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現世乱武小説
 1


「…うー、寒」


日も沈みかけた頃、佐助は今日も危なげなく作業を終わらせてくれたメンバーたちと別れて現場をあとにし、原付バイクを駆って帰宅を果たした。

この時期のバイクは骨身に凍みる。いい加減車の免許がほしいとも思うが、今の生活のどこに教習所に通う暇があるのだろうと考えると結局後回しになってしまうのだ。


「…こんなことなら高校のときに先にとっとけばよかったかな」


信玄の手伝いも多少はあったが、あの頃は今に比べれば随分と暇を持て余していたように思う。
今更どうにもならないことをぼやきつつ、かじかむ手をグローブから引っこ抜き尻ポケットをまさぐる。
視線の先には暖かそうな灯りを居間の窓から零す我が家。幸村が帰るには少し早い時分だから、おそらく今は信玄だけだろう。

いつもは書斎に籠もっているのに居間にいるなんて珍しい。
そんなことを考える佐助の指先が家の鍵に触れた刹那――


後ろに回した手が、唐突に誰かに掴まれた。


「っ!」


咄嗟に反転しようとするも、背を押さえられたまま腕を捻り上げるように持ち上げられ堪らず上体をかがめる。


「いっ――!」

「佐助さん、静かに」

「はっ…?」


強盗か何かに襲われているような危機的状況の中、聞き覚えのある声にすぐ近くで名を呼ばれて思わず声が裏返った。
…すぐ近くというか、真後ろというか。

ぎりぎりと腕を絞られたままで振り返ることも叶わず、痛みに顔を歪めながらまさかと思い背後に問いかける。

あの声にこの体裁き。間違いない、この襲撃者――


「し、成実さん…?」

「うん、お願いしたいことがあってさ」


いやいや「うん」じゃないだろう。しかもこの体勢でお願いとか、する方もされる方も気まずいだけなのに悪気なしかこの人。
いずれにせよ、この柔道やら空手やらに精通した若者に今背くことは腕が折れてしまうなんて事態も招きかねない。

佐助は極力声を押し殺して必死に背後へと了承の意を示した。


「わかった、話聞く。うん。だからちょっと腕…」

「まじ? ありがとー。ごめんね仕事終わりなのに」

「……」


俺は知っている。
本当に悪いと思っている人はこんなに楽しそうに謝ったりしないということを。
しかしすぐに、成実のそんな様子の理由を知るところになる。

佐助が解放された腕の軋みを宥めながらのろのろと振り返り、まるで母親に話を聞いてもらいたがっている子供のように口元をうずうずさせている相手にお願いとやらの内容を訊ねると、成実はどこか気恥ずかしそうにはにかんだ。


「あのね…チョコケーキ、作りたいんだ」

「…チョコケーキ?」


もちろんチョコケーキが何か判らなかったわけではない。
まあ何故チョコケーキを理由に関節技をキメられてしまったのかは判らないが。…俺に逃げられると思ったのだろうか。

それはそれとして、要はチョコレートケーキを作りたいからその作り方を教えてくれ、と。


「うーん…ケーキかぁ。俺お菓子とかあんまり作んないから役に立たないと思うよ」


料理は生活に必要だし好きなのでそれなりに自信はあるが、お菓子作りはほとんど経験がない。一番の理由としては、そういった娯楽にあてる費用が勿体ないという非常に寂しいものだったりするのだが。

しかし、そんなこちらの事情は成実には関係がなかったようで。


「大丈夫だよ! 佐助さん作る気になればなんでも作れそうな顔してるもん」


底抜けに明るい笑顔でばっちり親指まで立ててみせる成実に少々頭痛を覚えつつ、気を取り直して佐助は訊ねた。


「そもそもなんでいきなりケーキ? もっと初心者向けのお菓子いっぱいあるでしょ」

「だって…どうせあげるなら難易度高いほうがいいかなって」

「あ、誰かにあげるんだ? 誕生日とか?」


単純にプレゼント用に作ろうとしていることを確認しようとしただけだったのだが、成実は信じられないとでも言いたげな眼差しで凝視してきた。


「佐助さん…それボケのつもり? バレンタインだよ! つなもっちゃん確か春生まれだし」

「……へえ」

「へえ…って! 佐助さんもかたくーにあげるんじゃないの?」

「いや…そんな予定なかったけど」


確かに世間的にはもうじきバレンタインデーではあるが、男同士は対象外ではなかろうか。

と。
そこまで考えて、佐助はいや待てよと思いなおす。
近年友チョコやら逆チョコやらの造語が量産され、女が好きな男に渡すという固定観念は崩れつつある。
ということはこの広い世の中、男が男に贈るチョコ、つまりゲイチョコというものも存在するのかもしれない。


自分はゲイではないがそういう括りがあるとしたら乗ってみるのも面白そうだ。
成実さんもどこかでゲイチョコの話を聞いたとなれば、同じことを考えて鬼庭さんにあげるという発想に行き着いてもおかしくない。


「…なるほどね、そういうことか。」

「そう! …何が?」


合点した佐助はひとつ大きく頷くと、成実の細い肩をがっしと掴んだ。


「よし、一緒にゲイチョコ作ろう、成実さん!」

「やった! ありがと佐助さん! ……てかゲイチョコって何? ケーキの名前?」


日も沈んだ2月の寒空の下。
目を輝かせた両者は翌朝再び会うことを約束した。


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あきゅろす。
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