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現世乱武小説
the emblem(小十佐)


政宗の話題はそれきり上がらなくなり、小十郎と共に横長のマンションへと入る。

白を基調とした清潔感のあるロビーを進むと奥にエレベーターが二つあり、それで上の階へと向かう仕組みらしい。


「何階?」

「二階だ」


気持ちいいほどに声がよく通る。
そのくらい何もないロビーだった。

小十郎が答えながらエレベーターをボタンで呼ぶと、待っていたかのように片方のエレベーターが扉を開く。
おそらく一台は常にロビーに控えているようになっているのだろう。

二人で乗り込み、目的の二階に到着。
ぽーん、という篭もった音を響かせて扉が開くと、すぐ目の前に玄関が現れた。
外から見る限りではなかなかに高そうなマンションだったので指紋認証やら声紋認証やらが待ちかまえているのかと思いきや、鍵ひとつで開閉のきく至って普通の玄関だった。

小十郎はポケットから鍵を取り出すと、煙草を携帯用の吸い殻入れにねじ込んでドアを開けた。


「部屋じゃ吸わないんだ?伊達の旦那が匂いダメとか?」

「いや、政宗様は自由に吸えと言ってくださる。なんとなく俺が制限してるだけだ」


まあ、小十郎さんなら確かにそういうエチケットは重んじそうだ。
内心納得し、促されるままに部屋へと入った。


「お邪魔しまーす。……あれ」

「どうした」


玄関に踏み込んですぐ。
佐助は足下を凝視して硬直した。
後ろから投げられる小十郎の声が思いのほか近くて、振り返ることもできないまま慌てて答える。


「あ、いやっ、伊達の旦那って言葉遣いとかもそうだけど洋風じゃん?…てっきり家も靴とか履いたままだとばかり…」


あははと苦く笑って誤魔化しつつ、靴を揃えるようにして脱ぐ。
勝手な先入観で失礼だったかもとしどろもどろになるこちらの心の内を読んでか、普段より幾分か優しい声が背中にかかる。


「政宗様は文化までは外国かぶれしてねぇさ。寧ろ日本ってもんを大切にしている」

「…そういえばあの旅館も和風だよね。あれも伊達の旦那が?」

「ああ。無駄に背伸びしてるホテルとかにゃ負けたくねぇらしい。…本当、幼少から負けず嫌いな方だ」


……。


なんだろう、この感じ。


「…どうした、奥進んでいいぞ」


嫉妬、じゃなくて…
もっとこう、小十郎さんへの思いというより伊達の旦那に対してのもやもや。

……罪悪感、かな。


「…佐助?」


廊下を進もうとしないこちらを怪訝に思った小十郎が、佐助の前にあった電気をつけて控えめに名を呼ぶ。


…ここは伊達の旦那と小十郎さんの部屋。
なのに、今は伊達の旦那の自慢である小十郎さんと俺の二人しかいない。


「……」


はじめて小十郎さんが俺と付き合っていると知ったとき、伊達の旦那はどう思い何を感じたのか。
既に真田の旦那という男を好きになっていたから、同様に同性を愛する小十郎に安心感を覚えたのは確かだろう。

でも、本当にそれだけ?


「……来い」

「う、わっ!」


こちらの脇をすり抜けて前に出た小十郎に唐突に手首を掴まれ、半ば引きずられるように廊下を進んでいく。

リビングと思しきドアを開けると、電気をつけるのもそこそこにソファに放られた。
程よく沈むソファにしがみつきながらいきなりなんだと顔を上げると、眼前に小十郎がしゃがんで視線を合わせる。


「なに…」

「遠慮なんかするな」

「……」


難しそうな顔で。
諭すように。

部屋に足を踏み入れることに躊躇しているように見られてしまったのかもしれない。
まったく、見かけによらず気配り上手な恋人を持つと幸せすぎて困る。


「わかってる。のんびり寛がせてもらいますよっと」


そう言ってソファに深く腰を預けると、そうじゃないとばかりにまた手首を掴まれた。


「この部屋への遠慮じゃねぇ、政宗様への遠慮だ」

「――…」


鋭い三白眼が真剣な光を称えて見つめてくる。
この双眸にはいったいどこまで見透かされているのだろう。


伊達の旦那への遠慮。

きっとそれは、さっき感じていたもやもやの正体。
そう、本当は罪悪感なんて大それたもの、感じていなかったのだろう。
いくら申し訳なく思ったところで結局小十郎さんを手放す気がない以上、そんなものは偽善でしかないのだから。

…否、偽善にすら成り得ない。
――ただの自己満足だ。


掴まれた右の手首が、すごく熱く感じた。


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