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現世乱武小説
餞別(小十佐)


「悪い、待たせた」


業務を終えて帰り支度を済ませた小十郎が裏口に姿を見せると、佐助は擽ったい気持ちを抑えて従業員用の駐車場に停めてあるベントレーへと足を向けた。

最近自分の仕事ばかりでこちらに来ることがなくなってから、この高級車に乗る機会もなかったため久しぶりの乗車になる。


しかしそんな浮かれ気味の佐助の進行は、うしろから伸びてきた大きな手に肘を捉えられて呆気なく阻止された。
たたらを踏みつつ振り返ると、こちらの肘を掴んだまま煙草の箱をポケットから取り出した小十郎が緩く首を振る。


「車はいらねぇ」

「え、置いてくの?」

「ここのすぐ裏だって言っただろ。」


もう見えてる。

煙草を一本唇の隅で引き抜きながら小十郎が流した視線の先を目で追うと、隣の敷地にどんと構えるマンションがすぐに視界に入った。
隣も隣、旅館を囲むように造られた植え込みの反対側がすでにそのマンションなのだ。


「…こんな近いの?」


高さはそれほどでもない。四階建てくらいだろうか。
景観を損なわない程度の控えめな存在感と落ち着いた色合いのマンションだ。
とは言っても旅館の客室からは見えないようしっかり設計されているようで、佐助自身こんなにすぐ近くにこんなものがあるということには気づかなかったのだが。

…ひとつ気になるところといえば、高さがない代わりにやけに横に長いという点くらいか。


「わざわざ車で移動することもねぇから、普段からこっちに停めてる」

「そりゃまた…」


言われてみれば、この駐車場にこの車がなかったことなどないような…
まあ、小十郎がいるときにしかこの旅館に来ないということも理由の一端なのだろうが。

煙草に火をつけながら歩き出す小十郎の隣に並び、佐助はだいぶ前から訊きたかったことを切り出してみた。


「あの車って小十郎さんが買ったの?」


テレビでしか見たことがないような、黒塗りのベントレー。
一般人が乗る自家用車とは到底釣り合わない。

もしかして指を詰めずに抜け出したという世界にいた頃、何かよからぬことをして稼いだ金で買った…とか。
はたまたこれまでに議員経験があるとか。
…いや、あの顔で選挙なんて無謀すぎるか。

選挙カーの窓からにこやかな笑顔を称えて手を振る小十郎さん。
ウグイス嬢も用いずにあの低く色のある声で清き一票を、なんて言っている小十郎さん。


…うん、ないな。


どっちかというと出馬する側じゃなくて、出馬する伊達の旦那の第一秘書とか。
額に「政宗様」の三文字が眩しい真っ白なハチマキを締めている姿なんて容易に想像できる。


「…当たらずとも遠からずってとこか」

「まじで!?」


冗談のつもりで出した議員話だったが、軽く首を傾げられてしまった。
佐助が驚いて声を張ると、細く煙を吐きながら小十郎が続ける。


「政宗様のお父上が議員の職についていらっしゃる」

「……伊達の旦那の?」


小十郎とは少し距離のある人物の登場に、さすがにきょとんとしてしまう。
そんな佐助の様子に苦く笑いながら、煙草の煙をくゆらせて小十郎は一息にとんでもないことを言った。


「あの車は政宗様のお父上から譲り受けたものだ」

「……………」


え。

貰いもの…?

あんな高級車が?


「政宗様を支えると決めた俺への餞別だそうだ」

「餞別……高い餞別だなぁ」


政宗の父親になんてもちろん会ったことはないし、政宗の口から親の話が出たこともないため、その議員だという父親がどんな人物なのかはさっぱり判らないけれど。

きっと政宗のことを大切に思っているのだろう。
でなければ息子の創業を支えると口約束を交わしただけの赤の他人に車など与えたりはしないだろうから。


「じゃあ伊達の旦那って結構裕福なところの出なんだ?」


鼻にかけるような態度が見受けられないためそんな印象はまったくなかった。
意外そうに佐助が訊ねるが、小十郎はすっと目を細めると煙草を蒸かすだけで特に反応をくれることはなかった。


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