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現世乱武小説
今だけの。(小十佐)


小十郎と喋りながら夕飯をたいらげ、ひと心地ついてのんびりお茶を淹れていると 不意に小十郎がそういえばと口を開いた。


「お前、今夜帰るのか?」

「ん? …うーん、普通番だし帰るつもりだったけど、」


泊まっていったほうがいいなら泊まるよ。

人手不足なのは重々承知だ。
お茶を両手で包むように持ってデスクに移動しつつ答えると、小十郎は少し考えて言い直した。


「質問を変える。…今夜うちに来るか?」

「……え。」


その一音を発してからたっぷり五秒。
硬直したあと、佐助は落ち着けたばかりの腰をがたんと上げた。


「い、いいんですか!!」


小十郎が政宗と共に同じマンションに住んでいるということは以前聞いていた。
ただ、そのマンションに帰ることができるのは旅館に宿泊客がいなくて人手が十分なときのみらしい。

まあ考えてみれば当然で、いくら真夜中で起きている者が少ない時間帯でもそれなりの対応ができる人物が一人や二人はいなくてはならない。


「あ、でも…」


必然的にそこは政宗、小十郎、綱元、成実の四人でやりくりすることになるのだが、今日はうち小十郎しかいない。
そして夏休みということで宿泊客も複数いる今夜、ここを空けて帰るというのは少々厳しくはないだろうか…

せっかくのお誘いなのにと惜しく思いながら控えめにそれを告げるが、小十郎は突っ立ったままのこちらに小さく笑みを向けた。


「それなんだが、どうやらほかの連中がカバーしてくれるらしくてな。厨房スタッフに三人組がいただろう」

「…ああ、昼間の?」


滅茶苦茶な三票を勝手に投票してきた、あの男どうしの営みに目覚めてしまった三人を思い出す。
ちなみにあの三人とは夕方も一緒に仕事をしたが、やはり仕事中は別段変わりないのだった。彼らが自分たちをそういう目で見ているということすら忘れてしまいそうになる。

そして言うなれば、彼らの存在があるからこの敷地内での色事は禁止になったわけで。
小十郎も首の後ろに手をやりながらどこか気まずそうに頷いた。


「……ここでしねぇならどこでするんだ、だってよ」

「……。…で、マンションに帰れるよう計らってくれたと」


ものすごく大きなお世話だと思うが、心配されているのだと考えるとそれも無碍にはできない。そんなところだろう。


「政宗様が不在の中で俺やお前が体調崩したら敵わねぇらしい」

「体調ね…」


体調を崩しそうなほど溜まっていると思われているのだろうか…
まあ確かに自分もまだ若いし、抑えが効かなくなってしまうことだってある。本当の目的が違ってもそういう配慮は有り難い……ということにしておこう。

淹れてそのまま放置してしまっていたお茶に手を伸ばし、佐助はバンダナを外した。


「んじゃ、お言葉に甘えて上がろうよ。じき八時だし」


せっかくのお茶を立ったまま一気に飲み干してしまうのは少々貧乏精神が咎めたが、今だけは特別でもいいだろう。
だって、これから大好きな人の住まいに行くんだ。
政宗のこともあってなかなか言い出せなかったものの、行ってみたいという気持ちは確かにあったから。


「場所近いの?」

「ああ。ここのすぐ裏だ。先に着替えて待ってろ、これだけ終わらせたら俺も上がる」

「はーい」


それだけ言ってパソコンに向き直る小十郎に素直な返事を返し、佐助は湯飲みと空になった弁当を片付けて言われたとおり更衣室へと足を向けた。


事務所の外では、計画どおり小十郎と佐助を帰らせることができるという運びに三つの気配が鼻息を荒くして称え合っていた。


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