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現世乱武小説
ふたつの弁当(小十佐)
*佐助side*





政宗と元親の穴は予想以上に大きかった。
今が夏休みの真っ只中であることも手伝って、客入りもいいおかげでてんやわんやだ。

そんなどたばたの旅館に穏やかな時間が戻ったのは、夜の膳の片付けがすべて終了した頃のこと。
佐助は疲労に重たくなった体を引きずって事務所に入るなり、政宗の椅子に深く腰掛けてデスクに突っ伏した。


「…大丈夫かお前」


額を直接デスクに押しつけて一言も発さない佐助を見かねて小十郎がそっと訊ねると、額を擦って赤茶の頭が頷く。


「こんなに重労働だとは思ってなかったわ…」


硬質のデスクに向かって本音を漏らした。
今までは数時間だけお手伝い、という形で参戦していたが丸一日となると話は別だ。

屍と化した佐助に小十郎は小さく笑ってパソコンをぱたんと閉じた。


「大工のがよっぽど重労働だろ」

「……無理」


そりゃあ瞬間の運動量で見れば大工のほうが動いているだろうが、それはあくまでも縦軸のみの話だ。
横軸、つまり持久力の面から見たら接客兼裏方のこちらには遠く及ばない。
建築とは違って自分たちで見切りをつけることができないツラさというものを、今日一日で随分と痛感させられた。


「よくこんなん毎日できるね…」

「まあ、普通の平日は客足も少ねぇから毎日ってわけでもねえさ」


お前はピンチヒッターだから忙しいときにしか呼んでやれなくて悪いな。
そう付け足して小十郎は弁当を佐助の頭の横に置いた。

疲労感ももちろんあったがそれ以上に空腹感にも苛まれていたので、怠くてもここはのそりと体を起こす。
と、そこで小十郎のデスクに二つの未開封の弁当があることに気付いた。


「鬼庭さんと成実さんはあがっちゃったんだ?」


特にどうという感情もなく思ったことを口にしただけだったが、小十郎には何か思うところがあったらしい。
ああと軽く頷いてからどこか難しそうな顔で付け足した。


「鬼庭の野郎、下手なこと言って成実殿を傷付けなけりゃいいが…」

「うーん…。俺様が思うに、あの二人……両思いになってもキューピットなしじゃずっと平行線だろうね」


弁当をあけて早速中身をつつきながら佐助がぼやくと、小十郎は苦い顔で続けた。


「お互い変なところで慎重だからな…」


楽観主義者と思われがちな成実さんは、その実先のことを常に考える頭の回転の速い人なのだそうだ。
どうでもいいこととそうでないことを割り切るのは早くても、"そうでないこと"に割り振られたものをどうこうするのが極端に苦手らしい。

一方鬼庭さんはというと。
現段階ではまず、成実さんのことを本当に恋愛対象としているのかすら曖昧だ。
…否、曖昧ではない。おそらくそんな目で見てはいまい。
例え見るようになったとしても成実さんに遠慮してその足を踏み出したりすることはないだろう。


思考しつつも空腹をしっかり着実に埋めているこちらを見守るように眺めながら、小十郎が調子を変えて口を開く。


「まあ逆の意味、今までが慎重じゃなけりゃとっくにあの二人はくっついてんだろ」

「……そっか!」


綱元がほんの少し前まで小十郎に思いを寄せていたことは佐助にも、もちろん小十郎にも知る由はなく。

揃ってそれもそうだと可笑しそうに笑いあう二人のあいだでは、この時点で大団円におさまってしまった。


頼られたら手を貸してやればいい。
変に世話を焼いても邪魔になってしまうだろうから。
結局自分たちの心のどこかには、あの二人ならどうにかケリをつけるだろうと信じている部分があるのかもしれない。
それは他人事だからという割り切り方ではなく、信頼の証。


「なんかあの二人見てると俺様たちが焦っちゃうよね」

「そりゃ肉食のお前からしたらもどかしくてしょうがねぇだろうな」

「え、肉食……って、俺様がっ?」

「ああ。少なくとも俺へのがっつき方は草食じゃねぇ」

「こ、小十郎さんだって夜とかめっちゃ肉食っしょ!」

「夜か…夜もお前肉食だよな。もっととか言って脚を俺の腰に…」

「うわああああ!!!」


閉まった事務所の扉の向こうに、不毛な会話をそっと聞いて身悶えしている厨房スタッフ三人組が潜んでいることは誰も知らない…


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あきゅろす。
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