現世乱武小説
なみだ(成綱)
頭が働かなくても体は動くものだ。
とりあえず意味不明なことをぬかしやがった片倉の膝に外から蹴りを入れた。
「いっ…てぇな、なんだ急に」
「こっちの台詞だド阿呆!俺ァ真面目にだなっ…」
顔をしかめてとぼける阿呆に詰め寄るが、阿呆は意に介した風もなく口を開く。
「事実だろうが。最終的にはそこも理由の一つになるだろ」
「……はあ? わけわかんねーって…」
俺が成実さんについて悩むことが、どう繋がれば成実さんの元気がないことに結び付くのか。
…判らない。
俺がいちいち悩まなければ成実さんもいつも通りになる、とか?
「……その無駄にいい頭、全然使えねーじゃねぇか」
「うるせーな!テメェの言葉が足りねーからだろっ。ちゃんと判るように説明しろ!」
やれやれとばかりに溜め息をつかれ、むっとして綱元が声を張る。
しかし小十郎は小難しい顔で首の後ろに手をやると、くるりと踵を返してしまった。
「根本的にズレてんだよ、お前の考えは」
「………。」
ズレている。考えが。根っこから。
バタンと事務所のドアが閉まる音が虚しく響く。
きっかり三秒後には、忍耐を司る大切な血管が一本切れてしまった。
「だから……判るように言えっつってんだろーがあぁぁ!!!」
+++
「お待たせしま…し、た?」
とにかく待たせっぱなしはよくないと思い、綱元は怒りを発散するのもそこそこに成実のもとへと戻ってきた。
裏口を出てみると膝を抱き込むようにして階段にしゃがみ込んだ成実がいて、どう見ても快調とはいえないその様子に綱元が息を詰めた直後。
思い出したように成実がぱっと立ち上がり、こちらを振り返った。
「おっそいよつなもっちゃん!早くラーメン行こ!」
「……、」
まただ。
笑っているのに、何かが違う。
「…成実さん」
「ん?」
一段低いところに立つ成実の大きな瞳がこちらを見上げてくる。
きょろきょろと動く黒目がちの眼は男だとわかっていても可愛いと思う。
そんな可愛らしい人だから。
「…無理して笑うの、ナシっすよ」
「……え?」
成実の口元に力が入ったのが判る。
それで綱元は確信した。
「あんま俺のこと甘く見ねぇでください。確かに人のことに気づくのは苦手っすけど、成実さんのことはちゃんと見てるつもりなんすよ、これでも」
「――…」
成実はぐっと押し黙ると、顔を隠すように俯いてしまった。
何か理由があるはずだ。
いつも明るいこの人がこんなにツラそうにしている理由が。
片倉が言うにはそこには俺も多少なりとも関わっているらしいし、ここではっきりさせてシコリを解消させることができれば万々歳だ。
が、下の方から鼻をすするような音が聞こえた瞬間、綱元はぎくりと体を固くした。
「あ、れ…? あの、成実さん…もしかして今、その…」
泣いてます…?
そう続けようとしたとき、それまで顔を伏せていた成実がばっとこちらを振り仰いだ。
その表情は泣き顔なんかではなくて。
「やだなーつなもっちゃん。オレ無理なんかしてないけど? ほら、ご飯行こっ」
「し、成実さん……俺ァ真面目にっ…」
向けられたのは、これまでのことを微塵も匂わせない明るい笑顔。
作られたものかそうでないかは一見しただけでは分からなくなってしまったが、流れから考えて普通に偽物のほうだろう。そのくらい判る。
だからこそその根源を突き止めたいのに…
「よくわかんないけど、たぶん心配してくれてるんだよね。でも大丈夫だからさ、ありがと」
「……」
俺には、言えないことなんすか。
口にしようと思った言葉は、結局音にはならなくて。
だけど成実が今、この話題から逃げたがっていることは肌で感じ取ることができたから。
「……、」
別に成実さんを追いつめたいわけでも、困らせたいわけでもない。
ただ俺とこの人のあいだにある目に見えない何かを、除けるならば除いてしまいたいだけだ。
その何かが俺に言いたくないことなのだとしたら、俺にできることはひたすら待ち続けることくらいだから。
「……腹、減りましたね」
「ねー。オレ塩がいいなー」
「あれ、いつもとんこつでしたよね」
「うん、今日はなんか塩!」
「じゃあ俺とんこつにすっかなぁ」
「……やめときなよ。胃もたれするだけだから」
「ひでえっ」
俺は普段どおりにどんと構えて待っていよう。
成実さんがいつ心の内を晒け出しても、受け止めてあげられるように。
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