現世乱武小説
人違い、的な?(成綱)
夕方近くなって二組の客が帰り、入れ違うようにまた一組来館した。
やはり来るのは学生が多い。
成実が自分と同じくらいの年の客を部屋に通していると、うちの一人、かなり上背があって長い髪を頭の高い位置で一本にまとめた男に唐突に声をかけられた。
「あれっ、あんた――」
振り返ってみたが、成実にはその男に見覚えはなくて。
茶髪に人懐っこい笑顔が特徴的で、年齢は自分とそう変わらない……政宗と同じくらいだろうか。
しかし相手も成実の顔を見るなりしまったという風に表情を固くしたことから、おそらく人違いだったのだろう。
男は困ったように頭に手をやって、照れを隠すように笑みを浮かべた。
「悪い、あんた知り合いにすげー似ててさ…」
「あーいえ、お構いなく」
…わざわざ言い直さなくても、そのまま無視していってくれて構わなかったんだけど。
なに、新手のナンパ?
実際女と間違えられてナンパされたこともあるだけに、そういう考えも捨てきれない。
眼前の男もこちらの声を聞いて驚いているようだった。
まあそういう反応には既に慣れているし、女と思われるのも面白いから嫌いではないのだが。
「あ、なあなあ、オーナーの政宗って今日いるかい?」
不意に男は思い出したように訊ねてきた。
なるほど、どうやら政宗の友人らしい。
オレと間違えたというのもおそらく政宗と間違えたのだろう。
髪の長さも目つきも違うと思うのだが、似ているという声は結構多い。
「政宗ね、今日からしばらくお休み。…っていうか今無人島行ってるんだよね」
客というより政宗の友人という目で見ると自然と口調が砕けたが、男はさして気にした様子もなくこちらの言葉に素直に驚いていた。
「無人島っ?…そりゃまたすごいね」
「成実さん、」
と、そこで何よりも優先すべき声が聞こえて、天井から糸で吊られたように成実はぴんと背筋を伸ばした。
振り返るとちょうど角を曲がって顔を見せた綱元がいて。
裏方に回ることが多い綱元が客の出入りがある廊下に足を運ぶことは珍しい。何かあったのかと訊ねようとしたところで、政宗の友人という男は遠慮がちに口を開いた。
「あー、お仕事中悪かったね!それじゃ、二泊三日なんでよろしくっ」
軽く会釈をして邪魔をしたとばかりにいそいそと他の友人たちが待つ部屋へと引っ込んだ。
なんとなくその背を見送っていると綱元がふらりと隣に立った。
小十郎よりは身長がある綱元だが、先ほどの男よりは低い。
「…お知り合いっすか?」
成実同様、男を目で追っていたらしい綱元が視線を閉まった襖に向けたまま無感動な声音で訊いてくる。
どちらかというと豪快に笑い飛ばすタイプの綱元の、あまり聞くことのないその声。
そこに気づいてやれればよかったのだろうが、並んでいる互いの体の近さに全神経を傾けてしまっていたからか、そういったことに敏感なはずの成実は今回ばかりは見落としていた。
「ううん、政宗の友達だって。また間違えられたー…そんな似てるかねーオレと政宗」
「んー、雰囲気とかっすかね…?」
旧知の仲である綱元や小十郎にはさすがに間違えられたことはない。
オレや政宗と一緒で、きっとどこが似ているか判らない側の人間なのだろう。
「んで、どしたの」
「…え、なんの話でしたっけ?」
近い距離のままにこちらを見下ろす綱元に不覚にもどぎまぎしつつ、不自然にならないよう視線を逸らして大袈裟にため息をついてみせた。
「こっち来るなんて珍しいじゃん。しかも接客中に声かけてきたからなんかあったのかと思って」
「ああ、………」
綱元はようやく合点したようだが、その後どういうわけか沈黙が降りた。
何かを言い澱むような沈黙ではなく、言葉が出てこなくて自分で驚いているような沈黙。
たっぷり十秒近く二人でフリーズしてから、綱元が難しい顔でぽつりと呟いた。
「…たぶん、なんでもねえっす」
「え。…なんの用か忘れた……的な?」
「……いや、用も特になくて…ただ成実さんが誰かといたからつい呼んじまった……的な?」
こちらの語尾を真似て首を捻る綱元がなんだかおかしくて、なにそれと笑うとなんなんですかねと苦い笑顔を返された。
綱元の声は、いつもの屈託のないものに戻っていた。
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