現世乱武小説
ユメモノガタリ(成綱)
*成実side*
鬼庭綱元という男は、救いようのない鈍感だと思う。
いくら身を呈して気持ちを伝えようと、言葉を用いて知らしめようと、彼の途方もない先入観を覆すことはできないのだ。
オレが、自分を恋愛対象としているわけがないという先入観。
結構わかりやすくやっているつもりだ。
あの、政宗たちのテスト終了を祝した宴会の夜にその思いに気付いてから、ずっと。
なのに綱元は気付かない。
…オレの思いは、届かない。
――心配しなくても、俺はもう男になんて惚れたりしませんよ。
……。
ねえ、それって本音?
心配ってなに?
声にならない質問に答えなんてないから。
暗い思考の海にゆったりと沈んでいく。
「成実さーん、お待たせしましたっと」
がさがさと茂みを掻き分けて顔を出した綱元の手には、屋外にはまったく似つかわしくないふたつの弁当。
少し間抜けだが、綱元と二人でとれる食事ならなんだって構わない。だからあえて拒まなかったのだ。
昔から綱元は、三傑と呼ばれる中でずば抜けて若いオレをよく構ってくれていた。
小十郎も面倒見はよかったが、彼は彼でオーナーを支えることに全力を注いでいたからオレの子守にまで手が回らなかったのだろう。
だから、小十郎のことも好きだったが綱元のことはもっと好きだった。
「フライとハンバーグ、どっちにします?」
「…ハンバーグ」
答えてやると、綱元は得意げにふふんと笑ってみせた。
「そういうと思って…ハンバーグ弁当のほうめっちゃ熱めにあっためてきたんすよ」
綱元は猫舌だ。
熱いものを食べるとすぐに舌を火傷させてしまう。
対するオレは熱ければ熱いほど美味いと感じるタイプ。
強面の綱元が猫舌だというと大抵の者は驚くが、成実にはそこも含めて可愛く見えてしまうのだから仕方ない。
「…ありがと」
弁当を受け取り小さく礼を述べる。
なんでオレが急に事務所から逃げ出したのか、実際のところこの男は判っていないのだろう。
もしかしたらひとりで怒ってへそを曲げて、面倒な奴だと思われているかもしれない。
それでも。
面倒だろうとなんだろうと、ちゃんといつも通りに接してくれるこの男が好きなんだ。
「…やーっと笑ってくれましたね」
不意にそう言われて、自分の口元が緩んでいたことに気付く。
はっとする成実に綱元はくしゃっと破顔した。
ばっちり目があった状態での不意打ちの表情はこちらの心臓を鷲掴みにするには十分すぎて、一瞬我を忘れそうになる。
「やっぱ成実さんは笑顔のが似合うわ。疲れんでしょ、仏頂面」
「……ぷっ」
次いでいきなり飛んできた口説き文句のような台詞。思わず吹き出してしまった。
外で弁当をつつきながらではなくて、もっとちゃんとしたシチュエーションだったらきっと無理にでも相手に抱きついていただろう。
「はあ…勝てないなぁ、つなもっちゃんには」
苦笑して一口サイズに切り分けたハンバーグを箸の先で遊びながらぼやくと、やっぱりというかなんというか、よく判っていないような瞬きを寄越された。
「…それ、絶対俺の台詞だと思いますけど」
「んーん、合ってるんだよ。はいコレ、一個あげる」
「……これはあれっすか。ハンバーグひと欠片の代わりにエビフライ一匹よこせと…?」
「…ねえ、オレってそんなガメツく見える?」
たまに思うんだけど、つなもっちゃんはオレをなんだと思っているんだろう。
そんな横暴な態度をとった覚えもないのだが。
そうしていつの間にか不貞腐れていたことも忘れて相手のペースに乗せられてしまう。
悔しいなと思いつつもそんな関係に確かな居心地の良さも感じていて。
「あ。じゃあこの漬け物あげるからそれちょうだい」
「ちょちょちょっ、それ取られたら俺なにで飯食えばいいんすか!ほら、好き嫌いしないでちゃんと食って!」
「うわーシイタケとかキモッ」
「だから…言いながら俺の弁当に投げねぇでくださいっ!」
欲を言えば、もの足りない。
小十郎や佐助を見ていると尚更そう思うけど、実際問題、両思いになるだけでも奇跡的なのにましてや同性間。
求めているような関係になりたいという願望こそ抱けど、期待はほとんどしていないというのが本当のところだ。
しかも綱元にはもう男を好きになる気はないときている。
ただ、それでもこの気持ちに気づいてくれたら綱元なら応えてくれるんじゃないか。
そんな淡い夢物語だけはどうしても捨てきれない。
それはつまり、綱元の優しさにつけ込む形になってしまうんだろうけれど。
オレはズルい人間だから。
騒がしいやりとりをする成実の瞳がそっと暗くなったことに、鈍感な彼はやっぱり気がつかなかった。
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