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現世乱武小説
見えない心(成綱)


あの人が行くところは自然と限られてくる。
へそが曲がっているときは尚更だ。
綱元は迷いを感じさせない足取りのまま庭に出た。

マメなうちの支配人が手入れをしている庭園は結構な広さを持っている。
しかし綱元は一度だけざっとその庭を見渡すと、速度を落としてゆったりとある場所へと足を進めた。

客間からは見えない植木の隙間。
そこに、池の中を睨みつけるようにして丸くなっている成実がいた。


「鯉とか食わねーでくださいよ?」

「っ!」


冗談混じりに声をかけると、小さな背中がびくりと大仰に跳ねた。

よいしょと植え込みを乗り越えて成実の隣に辿り着き胡座をかく。
こちらが動く気はないということを悟ったのか成実は一瞬腰を浮かしかけたが、結局諦めたらしくのろのろと座りなおした。


「…ご飯も食べないで情け掛けにきてくれたんだ」


言い方にはどうしてもトゲがあったが、ここは女の扱いに慣れているという経験値が綱元の心を寛大にさせた。
要は素直に来てくれてありがとうを言うのが照れくさいのだ。

が、ここで成実に女に対するように接するつもりはない。
…いや、まあ成実さんは男だしただの同僚なのだから、つもりも何もそうして当たり前なのだが。


「ええ。おかげで腹ぺこっすよ。成実さんだってまだなんでしょう?」


この人がいつもなかなか時間が合わない俺の昼飯を待っていてくれていることは知っている。
本人はバレていないつもりかもしれないが、無断で先に食い終わっているということが今までに一度もないのだ。普通に気付くだろう。
そしてたまに俺を待っていたせいで自分が昼食をとる時間がなくなってしまっても、誰に文句を言うことなく仕事に戻る。
…俺はこの人の、そういうところがよく判らないのだ。


「……」

「一緒に食いましょーよ。なんならここに持ってきます?」


むすっとしたままの成実さんに提案すると、大きな瞳がちらりとこちらを向いた。
…よし、どうやら好感触のようだ。


――と思い、気を抜いた直後。
音もなく伸びてきた手が俺の顎を掴んで、成実さんの顔がずいと迫ってきた。


「つなもっちゃんはさ…、佐助さんとかたくーのこと、知ってるんだよね?」

「え……っと、付き合ってるってこと…っすよね…?」


なんだか前にも同じことを訊かれた気がするが、詰め寄る成実さんの双眸がひどく悲痛そうに見えてつい真面目に答えてしまった。

ちなみに今、俺の顎には成実さんの細い指がだいぶ深く食い込んでいる。
悲しいことに片倉と違って平々凡々な育ちであり、成実さんと違って体術の心得もない俺にこの体勢から抜け出す術など残されていないのだった。

しかしそんなことに気を回す余裕もないのかもしくはわざとなのか、成実は顎にやった手を離す気配もなくじゃあと続ける。


「…佐助さんに何を期待してるの?」

「……期待」


綱元は単語だけをぽつりと反芻して、それきり硬直した。

成実は相変わらず真剣な顔そのもの。
対するこちらはなんのことだか話が見えず、返す言葉を失っていた。


半月ほど前もそうだった。
オーナーたちが無事にテストを終えて、うちの旅館でオーナーのクラスメイトを集めてドンチャン騒ぎをした夜。
酔っ払った俺に今みたいにクソ真面目な表情で片倉のことをどう思っているか問いただされた。

…今だから言えるが、あのとき俺は今まで抱えていた片倉への有り得ない気持ちに気付いて、成実さんにも知られエールとばかりにマッサージを受けた。まあその数日後に片倉とのことはきっぱり諦めたわけだが。


ああ、そうだ。
そのときに同じ質問をされたんだっけ。

――佐助さんとかたくーのこと、知ってるんだよね?

ツラそうな面持ちで、どこか焦っているように。


……ということは今回の、猿飛への期待云々のこの質問もそこを疑っているからこそのもの…なのか?


「……」


よく判らないが、どうやら成実さんは片倉と猿飛の関係に横槍が入ることを嫌がっているらしい。

ならばと綱元は口を開いた。


「心配しなくても…俺はもう男になんて惚れませんよ」


安心させてあげようと思って口にした言葉だっただけに、成実さんがきゅっと唇を噛んだ理由がわからなかった。


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