現世乱武小説
気分屋を追え(成綱)
*綱元side*
下りてきたカートに最後の料理を乗せ、エレベーターに運ばれていく様子を見送って綱元は厨房内を振り返った。
「休憩交替いくぞー」
「うーっす」
帰ってくる野暮ったい返事を背中で聞きつつ残っていた従業員をみんな連れて上へと上がる。
あとは先に休憩に行っている連中と合流して厨房の番を任せ、下げ膳の時間になったら揃ってまた降りていくだけだ。
空腹に苛まれる腹を抱えぞろぞろと事務所に戻って、さっそく各々に弁当を配っていると背筋にぞくりと悪寒が走りすかさず身を捻った直後。
「つーなもっちゃん!」
軽い身のこなしでつい先ほどまで俺がいた場所に成実さんが着地した。
…うん、着地で正しいと思う。この人、今明らかに上から降ってきたように見えた。
猫のように衝撃もなく降り立った成実は、ばっとこちらを振り仰ぐなりしゃがみ込んだまま足に両腕を絡めてきた。
「…何やってんすか、成実さん」
「んー、マーキング?」
俺の足に頬擦りしながら幸せそうによく判らないことを言う成実さん。
なんだか最近、この人とのこういうスキンシップがやたらと増えた気がするのは気のせいだろうか。
「あ、鬼庭さん、」
呼ばれて顔を上げてみると、片倉の肩を揉んでいる厨房の救世主と目があった。
「配膳終わったんだ。交替だよね?」
「おう、頼むわ。時間になったら俺らもまた戻るからよ」
綱元は正直、この猿飛佐助という青年に感心していた。
よく働いてくれるだけでなく、若いのにすぐに気がつくし礼儀もわかっている。
今時こんなにできた若者は珍しいのではなかろうか。
そんなことを考えていると、唐突に膝の皿に手刀がはいった。
関節に逆らった不意打ちは油断していたそこに容赦なくめり込む手は確認するまでもなく成実さんのもので。
柔道、剣道だけでなく空手道にも精通している人物からの徒手空拳に耐えられるほど俺の膝は頑丈ではないわけで。
「おおうっ!」
ガクンと無様に崩れ落ちて、同じ目線になった成実に膝をさすりながら恨みがましく横目を投げる。
「何すんすか…」
このあと屈託のない笑みで「つなもっちゃんの膝が構ってって言ってたからー」などとおどけて言ってくるのを覚悟していたのだが、実際に返ってきたのはまったく別の反応だった。
拗ねている風でもなく、ただ不機嫌そうな態度で。視線を外して声も消え入りそうなほど小さく、ぼそりと一言。
「……別に」
それだけ言うとこちらを見ないままに立ち上がり、成実さんはふわりと事務所から出て行ってしまった。
あとには膝を抱えてうずくまる俺だけが残され、非難に満ちた眼差しが至るところから突き刺さる。
「…おい鬼庭、お前何かしたか?」
呑気に猿飛からマッサージを受けている片倉が、表情だけは真剣になって訊いてきた。
椅子の背もたれの間から相手の顔を見つけ、しゃがみ込んだままに首を捻る。
「いや……身に覚えが…」
もともと気まぐれで気分屋な部分が強い成実は、周りが知らないうちに不貞腐れているというときが間々ある。
そして大抵はしばらくしてまた知らないうちに機嫌がなおっている、というパターンが多いのだが…
ちなみにここ数日、その原因不明の不機嫌の頻度が高くなってきたような気がしないでもない。
ううむと考え込んでいると、佐助が群青の羽織に袖を通しながら控えめに口を開いた。
「…ちょっと追いかけてみた方がいいんじゃない?」
「追いかけるって……俺が? 成実さんを? …いや大丈夫だろ」
「……でもさっきのってたぶん…」
「?」
佐助は言葉を濁して何故か助けを求めるような視線を小十郎に投げたが、小十郎はどこか諦めたように首を横に振っただけで特に何も言ってはこなかった。
何か心当たりでもあるのだろうか。
しかし佐助は力なくなんでもないと笑い、先に休憩に来ていた従業員と厨房へと降りていった。
「…なあ片倉、よくわかんねぇけどちっと抜けるわ。俺の弁当食うなよ」
「食わねぇよ」
どうやら追いかけたほうがいいらしいという空気をようやく掴み、綱元は弁当を自分のデスクに置くと足早に事務所をあとにした。
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