現世乱武小説
三票の行方(小十佐)
昼食の準備も終え、あとは配膳のときに盛り付ければ完成という段階まできて佐助や数名の従業員は厨房をあとにした。
このあと慌ただしくなるのは配膳部隊のみ。
男手しかないここでは配膳部隊に人手が足りなくなったことはないので、厨房が一段落した今のうちに休憩をとるのだ。
「佐助」
「ん……お、小十郎さん!お疲れー」
佐助が事務所に戻ってとりあえず今は不在の政宗のデスクに座ったとき、扉が開いて小十郎が姿を見せた。
「ああ。厨房のほうはもう落ち着いたのか?」
肩を大きく回しながら歩みを進め、小十郎は自分のデスクまでくると大儀そうに腰を下ろした。
キャスター付きの椅子の背もたれが軋んで悲鳴を上げたが、小十郎の首も悲鳴を上げているご様子。
ちょっと頭を傾けるだけで骨がはずれるんじゃないかという音が響く相変わらずの支配人に佐助は苦笑し、政宗のデスクから離れると小十郎の後ろにまわり厚みのある肩に手を滑らせた。
「うん、下はもう大丈夫。…で、伊達の旦那は無事に行った?」
「バカでかいキャリーと旅行カバン抱えてな。あんな荷物でバスに乗れるか心配だが」
「あははっ、うちの旦那もバスの入り口で引っかかってそうだな」
両サイドにぱんぱんに張り詰めたカバンを提げた幸村がバスに乗り込めず、後ろから必死に兼続や元親が押し込んでいるような画を容易に想像できてしまい佐助は小さく笑った。
「でもよかったよ、ほんと。」
「っ、何がだ?」
ぐっと指に力を入れて堅く凝り固まった小十郎の肩を揉みながらしみじみと呟くと、双肩の圧迫に顔をしかめつつ小十郎が問い返す。
相手の唇から愉悦の吐息が零れると少しばかり腰のあたりに蓄積されるものがあるが、なんとか意識しないようにして佐助は肩を揉みほぐしながら口を開く。
「旦那たちだよ。一緒にバカできたり遊びに行ったりできる仲間ができてさ」
「…たまに思うが……お前本当、親気質だな」
「そうかなぁ。でも伊達の旦那には感謝してるんだよ? うちの旦那の熱意ってほら……たまに空回りするし」
「まあ…そこは否めねぇ」
ぽつぽつと話しながら頑強すぎる肩の凝りと戦っていると、不意に視線を感じた。
「…あ」
振り返ってみると少し離れたところからこちらを見つめる、厨房スタッフたちの眼差しがあって。
…もしかして、小十郎が先日言っていた男同士の愛に目覚めたというのが彼らだろうか。
すごく……なんというか、期待に満ちた視線だ。
「このあと支配人が猿飛さんをマッサージしてそのまま…に一票」
「いや、俺は肩揉みに続いての猿飛さんのご奉仕プレイに一票だな」
「じゃあオレは支配人がムラムラして今ここで、に一票!」
…なんの投票ですか、みなさん。
今まで厨房で共に働いていたときは何も変わったことはなかったのに…
この豹変ぶりはいったいなんだ。
そしてその自由すぎるよからぬ妄想はやめてくれ。
さすがに小十郎にも聞こえていたようで、ゆらりと椅子から腰を上げ彼らのほうを振り返った。
暢気な声が飛び込んできたのはそのときだ。
「よーし、じゃあその三票、オレとつなもっちゃんが引き受けた!」
事務所の入り口に全員の視線が集中する。
そこに仁王立ちしていたのは腕を組んだ成実だった。
「成実さんっ? …一人?」
オレとつなもっちゃんが、と言うくらいだから二人で来たものだと思っていたがどうやら成実は一人だけらしい。
佐助が訊ねると成実は整った形の眉をハの字にして笑った。
「厨房にいるよ。みんなに任せとけばいいのにねー」
厨房で仕事をしている人物の名を挙げて勝手に三票引き受けたらしい。
相変わらずキレイな顔をして末恐ろしい人だと思う。
小十郎も思ったところは同じらしく、呆れ顔で長い髪を一本にまとめているやんちゃな同僚に向き直った。
「成実殿、…鬼庭に何するつもりです」
「え? やだなかたくー、オレだってちゃんと同意の上で物事運ぶって」
冗談とも本気ともつかないことを軽い調子で言って、戸惑うばかりの厨房スタッフに成実はびしっと人差し指を立ててみせた。
「つなもっちゃんはオレのだから!横取りとか厳禁だよっ」
「……え、あ…りょ、了解…っす」
女顔の成実はどちらかというとネコに見えるのだろう。スタッフたちの動揺も佐助には理解できた。
「あの、鬼庭さんが……下なんすか?」
三人のスタッフのうちの一人が怖々と訊ねたが、成実は意味深に笑顔を返すだけだった。
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