現世乱武小説
だから頑張れる(小十佐)
*佐助side*
「気をつけてね旦那、その辺に生えてるものとか勝手に食べないようにね。あと、なんかあったらまず島の旦那に言うこと!」
荷物に押しつぶされてしまいそうな小柄な背中を見つめて佐助がまくし立てるように言うと、くるりと幸村は振り返って頼もしく頷いてみせた。
「任せろ、佐助!必ず生き延びてお館様のような大きな男になって帰ってくる!」
登山用のリュックに旅行鞄ふたつ。
ここまでの荷物にするのに相当苦労した。
一番助かったのは食料だ。
てっきり現地調達か、各自持参という扱いになるかと思っていたところで元親から救いの電話が入ったのは昨日のこと。
『明日の準備は順調かー?食いもんなんだけどよ、俺がまとめて持ってくわ』
『え…、すっごい有り難いけど……チカちゃん大丈夫?』
『おう。クルーザーに保存できるスペース作ったし、生とか持ってこられてみんなで食中毒なんて笑えねーだろ』
『…た、確かに』
元親の申し出に素直に甘えることにして、幸村の持ち物からカバンをひとつ削ることに成功した。
そのため、ハタから見たら尋常ではない量の荷物を抱える幸村を見る佐助の目からは安堵の色が窺えていて。
自然と学校までの道のりの荷物運びを手伝うという選択肢は彼の頭からはなくなっていた。
「じゃ、気をつけてくんだよー」
「承知!」
ひらひらと手を振って送ると、幸村はびしっと姿勢を正して応じ玄関から走って出ていった。
時間が迫っているわけでもないのに何故走るのか、今更訊くのも野暮だろう。
真田の旦那とは全力人間である。これが極論だ。
「さて…俺様も行きますか」
+++
原付を旅館の裏に停め、普通に裏口から入るなり事務所に向かう。なんだかここの正規の従業員にでもなった気分だ。
「おはようございまーす」
事務所のドアを開けて中を覗いてみると、パソコンと向き合う銀の髪の男が一人。
こちらに気付くなり手招きされた。
「おはようさん、佐助。コレ、制服みてーなもんだから羽織っといてくれや」
「お、なんか懐かしいや」
綱元に渡されたものは手伝いによく来ていたときにも着ていた旅館の羽織。
最近は自分の仕事のほうがばたばたしていたのと、ここに元親という新戦力が加入したことであまり足を延ばさなくなっていた。
久しぶりに羽織に袖を通しながら、佐助はがらんとした事務所を見回しながら口を開く。
「来るとき見たけど、お客さん三組くらい?」
「おう、四組だ。来たらまずこれ見てくれりゃいい。カウンターの名簿と同じようなもんだからよ。んで早速でわりーんだけど厨房手伝ってきてくれるか? 下げ繕組がそろそろピークだろうから」
「ん、了解」
「俺もあとから行くわ。頼んだぞー」
綱元の声を背中に受けながら、佐助は事務所をあとにした。
この時間の厨房は一番忙しい。
ただでさえ少ない人員が、下げられた繕を洗う者と昼食を仕込む者とで二分されてしまうのだ。
手伝いのときも佐助のポジションは大体がカウンターか厨房だったのを思い出す。
最初の頃はほとんど小十郎に会う口実だった手伝いだが、それが今ではちゃんと役に立っている。
その事実がすごく嬉しくて。
存在理由、なんていうと大それた響きになってしまうけれど、簡単に言ってしまえばまさにそれが確固としたものになった気がする。
もちろんあの人は俺がもし何もできない足手まといでも、厳めしい顔をふつりと緩めて髪を撫でてくれるのだろうが。
よし!と自分に喝を入れて厨房に続くエレベーターを降り、抗菌エプロンを付けて髪留めの帽子を被り靴を履き替えて。
勢いよく厨房のドアを開いた。
「おはよーございます!」
むっとした熱気と、いろんな食材が混じったにおい、そして陶器がかち合う騒がしい音が体を包む。
「おはよっす、猿飛さん!」
「おはようございます!よろしくお願いします」
「猿飛さんこっちいいっすか!」
怒声のような従業員たちの声があちこちから飛び交い、気合いを入れてそれらに応える。
ツラいのは判ってる。
仕事というのは大抵が割に合わないものだ。
その理不尽や不自由を受け入れて、我慢していくのが大人だから。
……まあ、それを頑張れるのは小十郎さんのためという気持ちがあるからなんだけど。
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