現世乱武小説
用なし支配人(小十佐)
各客間に備え付けられているシャワーで体を清め、佐助は上り竜の刺繍が見事な浴衣に袖を通した。
…正直、腰がものすごく痛い。
でも単純に雰囲気に流されたとか、ムラムラしたからとか、そうじゃなかったからだろうか。
体は軋むように痛いけど、そこまで怠さは感じなかった。
来て早々小十郎に少し痩せたと言われたのも、実は自覚があってのこと。
別段節制しているわけではないが、体重の変動は結構自分自身で判るものだ。
それが何キロという単位なら尚更で、体重計に乗らなくても痩せたということはなんとなく感じていた。
食べていなかったわけではなく、ただ食べた量より運動量のほうが多いとか、きっとそんなところだろう。
あとはなんだろう、真田の旦那のデビュー回ということもあって、少し気負いすぎていたところもあったかもしれない。
小十郎さんはもういないかなぁなんてことを緩慢に考えながら部屋に戻ってみると、予想に反してその目当ての人物は窓を開けて煙草を蒸かしていた。
「あれっ、小十郎さん…戻るって言ってなかったっけ?」
汚れた布団は片付けられ、代わりに新しく敷かれた二組の布団。
こういった作業もできるくらい時間があったらしい。
それらを跨いで窓際の小十郎のもとへと歩み寄ると、煙草を指に挟んで外に向けながら渋面が振り向いた。
「…今日はもう用なしだそうだ。風呂だけ入って戻ってきた」
「あー……ど、どんまい」
確かにもう夜も更けてしまっているし、やらなければならない仕事も手が足りているのだろう。
そういえば鬼庭さんも今夜はいるって言ってたっけ。
しかし小十郎の渋面は、どうやらそれだけが原因ではないようだった。
特に言及するでもなく小十郎の脇から身を乗り出し、窓に肘を突いて真っ暗な空を見上げる。
すぐ横からゆるゆると立ちのぼる煙はよく小十郎のシャツから香るものと同じで、なんだか胸が擽ったい。
「…佐助」
「ん、なに?」
「……。」
「…?」
小十郎が言いよどむなんて珍しい。
何か言いにくいことだろうかと、空に向けていた視線を精悍な横顔に注ぐ。
するとどことなく気まずそうな横目が一瞬送られ、すぐに逸らされてしまった。
…なんだろう。何か変なものでもついているだろうか。
じゃなかったら浴衣がはだけているとか?
しかしそれのどれも違う。
となると…?
いよいよ判らなくなって相手の言葉を待っていると、暫くしてからぼそりと低い声が零れた。
「…もう、ここでヤるのはなしだ」
「え…っと?」
聞こえなかったわけではない。
ただ内容が予想外のものだったから、まともな反応が返せなかっただけだ。
「…別に俺様はいいけど……また随分急だね」
「……」
なるほど。
ここが言いにくいところなのか。
まあ別に理由がないと場所を移せないというわけでもなし、無理に聞き出そうとは思わないが。
佐助がそう割り切って、じゃあどこがいいのかと思考を巡らせたとき。
一人時間の経過が遅くなっていたらしい小十郎が、一大決心したように真顔になって口を開いた。
「…スタッフどもが聞いていたらしい」
「……え。」
「そこの廊下でな。……それも今日が初めてじゃねえときてやがる」
「………………」
佐助の脳裏には、たちまち自分がきてすぐ展開された会話が再現された。
あのときは客人の俺を一人にしないようにするついでに、働きどおしの小十郎さんに休養を与えようとして強引に部屋に行かせたものだと思っていたが…
……まさか。
「それで…その手の道に目覚めた奴も少なくないらしい」
「……お、俺様たちの…アレを聞いたのがきっかけで…?」
「…あ、ああ」
まさか。
今回も二人きりにさせて会話を盗み聞くために…?
つまり俺の喘ぎや、小十郎さんの言葉責めも全部聞かれていた、と。
スタッフってどこまでの従業員だ?
いや、それ以前に一体いつから…
沸々と体温が上昇し、顔が真っ赤になっていくのが判る。
「お、お…」
「佐助…?」
両の拳を握りしめて。
心配そうにこちらの顔を覗き込む小十郎さんに構わずがばっと頭を上げると、脳天が顎に当たったのかがちんと歯がかみ合う音がしたが気にしない。
「あがっ!」
「お嫁に行けない…!!」
「さ、さすっ…待てっ、」
顎を押さえて悶える小十郎の制止も聞かずに畳を蹴って走り出し、スタンッと廊下に続く襖を開けて走り去ろうとして何かを盛大に蹴り飛ばした。
「だっ」
「うわわ!」
何かが喋った。しかも複数。
「ッ――!!」
顔を確認する前にまず、佐助は羞恥に茹で上がった顔を般若のように歪ませて廊下でもんどり打つ盗み聞き犯どもを全力で踏みつけた。
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