現世乱武小説
スピーカー(小十佐)
政宗が無人島に一週間留まる。
これは大事件として翌日には旅館中に知れ渡った。
言い触らしたのはほかでもない、無人島話を切り出した張本人だろう。
「おい長曾我部…もう少し節度弁えろよ…?」
会う奴会う奴揃いも揃って「オーナーが無人島行っちまうってマジっすか!」などと言ってきてかなわない。もはや通算何人捌いたかなど知れない。
小十郎はようやく元親を捕まえると、呆れ果てつつ胡乱げな眼差しをじろりと隻眼に向けた。
しかし当の本人は事態を飲み込めていないらしく、ぶんぶんと首を横に振って必死に否認してくる。
「ちょっと待てって!俺こんなに口軽くねぇぞっ」
「ぁあ?」
俺も驚いてるんだ、と困ったようにぼやく元親の様子からは冗談や嘘の類は見られない。
じゃあ一体誰が…
と、そのとき。
「やーっと見つけた!かたくーっ」
廊下を走ってくる小柄な影があったかと思うと、三メートルほど離れた位置からその影が跳躍して小十郎に飛びかかってきた。
避けるわけにもいかず、なんとか踏ん張って勢いのついたそれを受け止めるが相手の長い髪が鼻に入り、盛大なくしゃみをひとつ落とした。
「…降りてください、成実殿」
「だいじょぶだいじょぶ」
……私が大丈夫ではないのですが。
足もがっちり腰にまわされ、完全にこちらにしがみついた体勢。人間ひとりぶん。当然、重い。
ついでにいうとシャツが引っ張られて少しずつ、しかし確実に首が締まっていく。
「…成実殿も政宗様のことを聞きにいらしたんですか」
こちらも辛いが、一切支えてもいないのにぶら下がり続けている成実の腕力も相当なものだ。
体術を修得している者は如何に細身であろうとやはり侮れない。
成実から脱出することを諦めて訊ねると、成実はほかに何があるのと楽しそうに頷いた。
…俺への話題は政宗様の件しかないらしい。それはそれで寂しいものだ。
「チカ兄に聞くまで政宗もかたくーも言ってくれないんだもんなぁ」
「チカ兄…」
成実殿がいうところのチカ兄というのは長曾我部元親を指す。
まさかと思い長曾我部を振り返ると、マヌケ面に瞬きを乗せて見つめ返された。
「長曾我部……お前成実殿に言ったのか」
「ん、ああ…昨日な。洗い物で一緒になってよ」
それがどうしたと言わんばかりの口振りに、小十郎は頭痛を覚えた。
よりによってこの人間スピーカーに…
しかも昨日の時点で知っていたらしい。
そうと判れば今日の異様な広まり方も納得がいく。
「成実殿…政宗様にもプライバシーというものがございます」
「えー、旅行ならいいじゃん。オレも無人島行きたいもん。あ、今度みんなでどっか行かない?島とかじゃなくていいからさー」
悪気はない。
それがこの伊達成実という男の恐ろしいところだ。
「チカ兄はどこがいい?」
「そうだなぁ…俺西日本育ちだから北の方とかいってみてぇかも」
「じゃあ北海道で決まりー!」
勝手に膨らんでいく旅行話は置いておくとして…
「…無人島って何持ってきゃいいんだ?」
正確には何を持たせるか、である。
真剣な面持ちで小十郎が呟くと、そのすぐ横の成実が目を輝かせた。
「DSははずせないでしょ!電池もねっ」
「とりあえず酒用にカバン一個確保しとかねぇと…」
「あと大富豪とかトランプ系?」
「いや待て。一週間だろ?カバン一個ぶんじゃ足りねぇか…?」
「……。」
相談する相手を間違えた。
小十郎は痛切にそう思い、いい加減重くて暑苦しい成実を引っぺがした。
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