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現世乱武小説
棟梁の顔(小十佐)


買い物をしてから家に帰っても、自転車で隣町の現場に行っている幸村はまだいなかった。
信玄に今日の進度を報告し、本人がいないのをいいことに幸村の帰りがけの様子を少しだけ話すと、信玄は目尻のしわを深くして笑った。


「その心意気なら心配はなさそうじゃな」

「俺もそう思いますよ。ぶっちゃけいつか電池切れるんじゃないかってヒヤヒヤしてたりもしますけど」


苦笑して佐助が洩らすと、信玄も問題はそこよな、と腕を組んで唸る。


「疲れぬ人間なぞいまい。あ奴は疲れを無視しているのかもしれん」

「無視、ですか…」

「まあ、若いうちしかできぬことよ」


そう言って信玄はどこか楽しそうにヒゲを撫でる。
きっと幸村を一番心配しているのは信玄で、同時に一番信用しているのも信玄なのだろう。


「お茶淹れます」

「うむ、悪いな」


とりあえず真田の旦那が若いうちは旦那の体調に目を光らせるのは俺の役目になりそうだ。今に始まったことではないが。


佐助が台所でお茶を準備して居間に運んだとき、ちょうど幸村が帰ってきた。


「ぅおやかたさむぁぁ!!真田幸村、只今帰りましたあああ!!!」

「よくぞ戻った、幸村よ。今日もご苦労だったな」


カバンも下ろさず居間に飛び込んできた幸村と対峙するように、信玄もすっくと立ち上がる。


「なんの!この幸村…胸のうちに宿る熱い闘志を今一度確かめて参りました!!」


どん、と自身の胸を強く叩く幸村に、信玄は大きく頷いてみせた。


「そうか、なれば更なる精進を心がけぇい!!」

「お館様っ」

「幸村!」

「おおおお館様あっ」

「ゆきむるぁ!!」



「…お茶、台所に置いとくんで」

佐助は耳を塞ぎたくなるようなやりとりに温かい眼差しを向けつつ、引っくり返されないうちにお茶を安全な場所へと避難させた。






+++


しばらくすると、幸村の携帯から着信音が流れた。
幸村に電話といえばひとりくらいしかいない。本人もそれを判っているようで、嬉しそうに携帯に飛びついて応じる様子を佐助は味噌汁を作りながら横目に眺めた。

近頃こちらの仕事が忙しくなってきたため、小十郎には久しく会っていない。…いや、久しくといっても一、二週間程度だが。
ほぼ毎日顔を合わせていただけにどうしても寂しく思ってしまう。
気持ちだけならまだしも、やはりこう…身体面も溜まるものがあるわけで。

はあ、とセンチメンタルな溜め息をつきながら味噌を溶いていると、幸村が携帯を片手にこちらを振り返った。


「佐助!」

「はーい?」


視線を味噌に注いだまま気のない声を返す。

今夜あたり俺様も電話しようかな。
でも用もないのにかけるのもなぁ。


「無人島旅行は来週で大丈夫か?」

「はー……ああいっ?」


思わずカチャンと菜箸を取り落とした。

いや、いやいや。
忘れていたわけではないが急すぎるだろう!

素っ頓狂な声を上げつつもしっかりナベの火を消し、落ちた菜箸も水道できちんと洗ってから幸村のもとに大股で歩み寄る。


「いくらなんでも来週はないっしょ!夏休みは長いんだからっ」

「い、いや…そうなのだが……あと日程が合わないのは俺だけなのだ」


珍しくびくびくと小さくなっていることから、簡単に了承が出ないことくらい判っているのだろう。
最初の話では仕事に差し支えないようにすることを条件としたはず。言葉を翻すことを嫌うのはどちらかといえば俺よりも旦那なわけで。

加えてほかの参加者は皆来週が都合がいいらしい。
周りに迷惑をかけることを良しとしない佐助としても、自分たちの作業の都合でまた一から予定を立てさせるのも申し訳ないと思ってしまうわけで。


「……」

「さ、佐助…?」


…最後の夏休みだ。
好きにさせてやらないでどうする。


「だーもうっ……しょうがないなー」


がしがしと頭を掻いて声を上げると、幸村がアメフトのタックルよろしく腰に突っ込んできた。


「ぐふっ」

「すまぬ佐助っ、感謝する!!」

「いーよ別に。…あとで納期の厳しさってやつみっちり教えるから覚悟してよね」

「…う、うむ」


来週までにどこまで作業を進めるべきか頭を回転させる佐助の顔は、棟梁と呼ばれて然るべきものに成長していた。


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