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現世乱武小説
誇りを胸に(小十佐)


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真田の旦那たちの夏休みが始まって二週間。
佐助は棟梁として新しい仕事をはじめていた。

信玄に助言を受けながら設計士との打ち合わせをはじめとし、木材を調達するため走ったりと大忙し。
下準備を終えてメンバーに連絡を入れ、作業も順調に進めていた。


薬を飲まされて襲われたあの夜から、もういくらか経つ。
あんなに落ちていたモチベーションは、忙しさに底上げされて今や忘れそうになっている。
…考える暇がないというのは。
自分と向き合う暇がないというのは、いいことだ。
逃げているといわれたらそうなのだろうが、時間の経過の力が今は有り難かった。


「よしっ、みんな休憩!」


じりじりと作業着を焦がす日差しから目を庇うようにして声を張ると、野暮ったい返事があちこちから飛んできた。
が、その中で紅一点。疲れをまったく感じさせない若い声がそれらの返事を一挙に掻き消す。


「わかったぞ佐助!水分補給というやつであろうっ!真田幸村、参るっ」


叫ぶ幸村の背に佐助が声をかける間もなく、まとめた長い髪を尻尾のように振って土埃を上げながらケータリングのもとまで猛然と駆けていってしまった。

置いていかれた形になった佐助が苦笑していると、すっと見事なプロポーションの女がその横に立った。


「あいつの体力はどうなっているのだ…」


呆れ返ったように言いながら金の前髪を掻き上げるかすが。
そう。感心より呆れが勝ってしまうのも無理からぬこと。かすがの性格だけのせいではない(本人に言ったら蹴られそうだが)。

信玄がいないということもあってか、幸村の仕事に対する姿勢は限度を知らない。
朝の仕事はじめで跳ね回るように全力で現場を駆け回り、ペース配分を注意したこちらの気遣いも虚しく夕方になってもその運動量が落ちることはなく。
連日の出勤にも関わらずそれは衰える気配がないのだ。
寧ろ覚えた仕事は人に聞くというクッションがないだけに取り組む早さが増していて、疲れるどころかペースアップしているようにすら感じる。


「そのぶん家に帰ったらすぐ寝ちゃってるけどね」


完全にオンとオフが出来上がっているのだろう。
寝るときは身体が徹底的に体力回復に努めているのかもしれない。

しかしかすがはどうも納得がいかないらしく、


「頭だけでなく身体もバカなのではないか?」


身も蓋もなかった。













「佐助、俺は高校を卒業したらここで働くのであろう?」


旦那からの唐突な質問は珍しくはない。
しかしこういった自身の進退について話すのははじめてだったのではなかろうか。

一日の作業を終えて解散になってから、幸村は不意に訊ねてきた。
佐助は幸村と並んで原付のほうへと足を向けながら(ちなみに幸村は自転車で来ている)意外に思いつつ頷いてやる。


「うん、大将もそのつもりなんじゃない?」

「……そうか。」


それきり幸村は黙り込んでしまい、首だけを振り向かせてまだまだ建築途中の家を見つめている。
自然と足が止まっていた幸村に合わせて立ち止まる。


「…旦那?」


どうしたのだろう。
もしかして大学に進学したいとか…?
いやいや、旦那の頭でそれはないだろう。
じゃあほかにやりたいことが出来たとか、か?

不安を悟らせないよう気を払いながら呼びかけると、幸村は大きく肺一杯に空気を吸った。

そして。


「ぉおやかたさむあああああ!!!」

「ええっ!ちょ…旦那っ」


周りになにもない大自然ならまだしも、普通に隣の敷地には民家があるここでその大音声はまずい。

咄嗟に止めようとしたが、幸村はこちらに一瞥もくれずに続けた。


「某はーっ…幸せ者にござりますぅあああ!!!!」

「旦那…」


吸い込んだ空気をすべて出し切るように猛々しく叫んだかと思うと、くるりと赤い彼はこちらに向き直った。


「佐助!」


その顔は晴れ晴れとしていて、でも今までの子供っぽさだけでなくどことなく大人びていて。


「…うん、なに?」

「俺はかようなところを勤め先にできることを誇りに思う!」


人手が足りないという最大の欠陥をも補えるチームワークと力量を兼ね備えた一座のような存在。
メンバーも皆それを自覚しているから自然と責任感も芽生えてくるしモチベーションにも繋がるのだ。

そして何より…


「…ほかのみんなもそう思ってくれてるから、このチームは強いんだろうね」


一人一人がこの場所を好いていて、大切にしていて、誇らしく思っているから。

いつかは旦那が俺に代わってみんなをまとめていく。
その旦那がこんなにいい顔をしてくれるなら、俺はそれだけで満足だ。


――ねぇ大将。
真田の旦那はきっと、大将と同じくらいすごい棟梁になりますよ。

胸中で呟いて、旦那と帰路についた。


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